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第34話、先王の遺品から見つけたもの
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帰り道は往路と違い、各領地の貴族たちに贅を尽くした歓待を受ける必要がなかったので、馬車は四日で王都に戻ってきた。
うるさがたの侍従や侍女たちが「殿下たちは旅の疲れでぐっすりお眠りに違いない」と思っている深夜、好奇心に瞳をらんらんと光らせたミケーレが手燭片手にロミルダの部屋を訪れた。
「お待ちしておりました、殿下」
「その殿下という呼び方やめぬか? ちと他人行儀かと……」
不満そうに口をとがらせながら、ミケーレは室内にすべり込んだ。
数日王宮で休んだらロミルダは侯爵邸に帰ることになっているから、先王の遺品を調べに行くなら早い方がいい。それで二人は帰宅した日の夜中に、計画を実行に移すことにした。
「ミケーレ様とお呼びしましょうか?」
声をひそめてロミルダが尋ねると、
「ミケくんがよいと所望したはずだが――」
素直に希望を伝えたミケーレだったが、
「しっ、お静かに」
ロミルダは人差し指を唇にあてて黙らせた。
「次の間に寝ているサラが目を覚ましてしまいます」
目を据えて不機嫌そうなミケーレは、仕方なく口をつぐんだ。
二人は夜勤の衛兵がいないのを確認して廊下に出ると、大階段へ向かった。
ロミルダは片手で重いスカートを持ち上げ、もう一方の手を大理石の手すりにすべらせて、足音を立てないように階段を降りていく。
「足元に気を付けたまえ」
口調こそ偉そうだが、ミケーレが手燭をかかげてロミルダの足元を照らしてくれる。
一階まで降りると、
「こっちだ」
ロミルダの手を優しく引いて、井戸のある中庭に出た。月明かりに照らされて上階の窓から見つからぬよう建物の壁すれすれを歩くミケーレに、ロミルダは尋ねた。
「先王陛下の遺品が保管されているのは、お城の中からはたどり着けない部屋なのですね」
「西の棟の最上階なのだ。一階から三階までは城内でつながっているが、衛兵が立っているかもしれん」
外から回る方が、見回りの衛兵に見つかるリスクを軽減できるのだ。
西棟の入り口には、背の高い錬鉄製の門扉が立ちはだかっていた。ミケーレは手燭をロミルダに手渡すと、ジュストコールのポケットから鍵を取り出した。
「夜になる前に借りておいたのさ」
「用意周到ですこと」
ロミルダがやわらかくほほ笑むと、ミケーレは嬉しそう。
「ふふふ、褒められてしまったな」
静寂の底で眠り込んだかのような夜に、カチャンと鍵のはずれる音が響いた。
「最上階までのぼるぞ」
ロミルダから手燭を受け取るとミケーレは、大理石の階段の一段目に足をかけて振り返った。
「お手をどうぞ、姫様」
冗談めかしてささやくと、すっと片手を差し出した。ロミルダは頬を染めて、彼の手のひらに指先を乗せる。
(ミケーレ様ってこんな方だったかしら!?)
前回、行方不明になって戻って来たあとから距離が縮まったのは覚えているのだが――
(お姿が見えなくなって戻っていらっしゃると毎回、以前より親愛の情を示してくださるのはなぜ!?)
ロミルダは疑問に思ったが、深く考えない質なので、そのまま流してしまった。
「最上階って結構、遠いですわね」
各階の天井が高いせいで、なかなかたどり着かない。
「急ぐ必要はない。ゆっくり行こう」
ミケーレは踊り場で立ち止まった。彼のうしろに開いたアーチ窓から三日月がのぞいている。
「私、ご迷惑をおかけして――」
「迷惑? なんのことかな? そなたと城内を探検できて余は楽しいぞ」
満足そうに笑うミケーレに、ロミルダはほっとした。
ようやく最上階に着くと、ミケーレが古めかしい木の扉を押した。
「鍵は掛かっていないのですね」
「うむ。価値あるものは、ここにはないからな」
貴重品ではないからといって処分するわけにもいかず、屋根裏に放り込んであるのだろう。
「真っ暗ですわね」
「窓が小さくて月明かりが届かぬのだな」
ミケーレが手燭を高くかかげると、太い梁が低い天井を支えているのが分かった。その下には、白い布のかけられた古い家具や書物が所狭しと並んでいる。
「これは絵画かしら」
床に置かれた大きな長方形のものを覆う布をそっと持ち上げると、ドレスから片側の胸をあらわにした女性の肖像画があらわれた。
「まあ、きれいな方」
「この女は―― 娼婦であろう」
ミケーレがすぐに分かったのは、片方の乳房を見せて絵画に収まるのが、高級娼婦お決まりのポーズだったからだ。
「まさかアルチーナ夫人のお母様ではありませんよね?」
ロミルダは腰をかがめて、肖像画の女性に目線を合わせてのぞきこむ。
「その、まさかかもしれんぞ」
ミケーレが額縁を持って絵画を傾け、裏板に手燭の灯りを近付けた。
「日付は今から大体四十年前―― なになに……『我が最愛の女性、ナナと呼ばれしアルミーダ』。まさしく彼女だ」
「そう言われてみれば、どことなくお義母様の面影があるような……」
ロミルダはロウソクのゆらめく炎に照らし出された四十年前の美女に、うっとり見とれた。
「それにしても、ぱっと人目を引く華やかな方。先王陛下が心を奪われたのも納得ですわ」
「何を言っておる。そなたのほうがよっぽど美人であるぞ、ロミルダ」
「まあ、ご冗談を」
笑いながら見上げると、ミケーレ殿下は真摯なまなざしでまっすぐロミルダを見つめていた。
「余は偽りのあでやかさになど興味はない。そなたの持つ純粋無垢な美しさこそ、史上最高に尊い」
「はい……」
ミケーレの真面目な告白に、ロミルダは真っ赤になってうつむいた。
(もう、ミケーレ様ったらどうしちゃったのよ!)
微妙な雰囲気になる二人の耳に、階段を駆け上る複数人の足音が近づいてくるのが聞こえた。閉まっていた扉が開け放たれ、衛兵が手燭を高くかかげて叫んだ。
「何者だ!?」
・~・~・~・~・~・~
コルテ・インテルナ(Corte interna)、もしくはコルティーレ・インテルノ(Cortile interno)は、屋敷の内側にある石畳が敷きつめられた空間。ですので緑はあまりなく「庭」らしさはありませんが、便宜的に「中庭」と表記しています。
日本語だと「パティオ」と言うほうが通りが良いようです。
お暇な方は「corte interna del palazzo」で画像検索していただけると、作者が「これこれ!」って思うような画像がたくさん出てきます。
うるさがたの侍従や侍女たちが「殿下たちは旅の疲れでぐっすりお眠りに違いない」と思っている深夜、好奇心に瞳をらんらんと光らせたミケーレが手燭片手にロミルダの部屋を訪れた。
「お待ちしておりました、殿下」
「その殿下という呼び方やめぬか? ちと他人行儀かと……」
不満そうに口をとがらせながら、ミケーレは室内にすべり込んだ。
数日王宮で休んだらロミルダは侯爵邸に帰ることになっているから、先王の遺品を調べに行くなら早い方がいい。それで二人は帰宅した日の夜中に、計画を実行に移すことにした。
「ミケーレ様とお呼びしましょうか?」
声をひそめてロミルダが尋ねると、
「ミケくんがよいと所望したはずだが――」
素直に希望を伝えたミケーレだったが、
「しっ、お静かに」
ロミルダは人差し指を唇にあてて黙らせた。
「次の間に寝ているサラが目を覚ましてしまいます」
目を据えて不機嫌そうなミケーレは、仕方なく口をつぐんだ。
二人は夜勤の衛兵がいないのを確認して廊下に出ると、大階段へ向かった。
ロミルダは片手で重いスカートを持ち上げ、もう一方の手を大理石の手すりにすべらせて、足音を立てないように階段を降りていく。
「足元に気を付けたまえ」
口調こそ偉そうだが、ミケーレが手燭をかかげてロミルダの足元を照らしてくれる。
一階まで降りると、
「こっちだ」
ロミルダの手を優しく引いて、井戸のある中庭に出た。月明かりに照らされて上階の窓から見つからぬよう建物の壁すれすれを歩くミケーレに、ロミルダは尋ねた。
「先王陛下の遺品が保管されているのは、お城の中からはたどり着けない部屋なのですね」
「西の棟の最上階なのだ。一階から三階までは城内でつながっているが、衛兵が立っているかもしれん」
外から回る方が、見回りの衛兵に見つかるリスクを軽減できるのだ。
西棟の入り口には、背の高い錬鉄製の門扉が立ちはだかっていた。ミケーレは手燭をロミルダに手渡すと、ジュストコールのポケットから鍵を取り出した。
「夜になる前に借りておいたのさ」
「用意周到ですこと」
ロミルダがやわらかくほほ笑むと、ミケーレは嬉しそう。
「ふふふ、褒められてしまったな」
静寂の底で眠り込んだかのような夜に、カチャンと鍵のはずれる音が響いた。
「最上階までのぼるぞ」
ロミルダから手燭を受け取るとミケーレは、大理石の階段の一段目に足をかけて振り返った。
「お手をどうぞ、姫様」
冗談めかしてささやくと、すっと片手を差し出した。ロミルダは頬を染めて、彼の手のひらに指先を乗せる。
(ミケーレ様ってこんな方だったかしら!?)
前回、行方不明になって戻って来たあとから距離が縮まったのは覚えているのだが――
(お姿が見えなくなって戻っていらっしゃると毎回、以前より親愛の情を示してくださるのはなぜ!?)
ロミルダは疑問に思ったが、深く考えない質なので、そのまま流してしまった。
「最上階って結構、遠いですわね」
各階の天井が高いせいで、なかなかたどり着かない。
「急ぐ必要はない。ゆっくり行こう」
ミケーレは踊り場で立ち止まった。彼のうしろに開いたアーチ窓から三日月がのぞいている。
「私、ご迷惑をおかけして――」
「迷惑? なんのことかな? そなたと城内を探検できて余は楽しいぞ」
満足そうに笑うミケーレに、ロミルダはほっとした。
ようやく最上階に着くと、ミケーレが古めかしい木の扉を押した。
「鍵は掛かっていないのですね」
「うむ。価値あるものは、ここにはないからな」
貴重品ではないからといって処分するわけにもいかず、屋根裏に放り込んであるのだろう。
「真っ暗ですわね」
「窓が小さくて月明かりが届かぬのだな」
ミケーレが手燭を高くかかげると、太い梁が低い天井を支えているのが分かった。その下には、白い布のかけられた古い家具や書物が所狭しと並んでいる。
「これは絵画かしら」
床に置かれた大きな長方形のものを覆う布をそっと持ち上げると、ドレスから片側の胸をあらわにした女性の肖像画があらわれた。
「まあ、きれいな方」
「この女は―― 娼婦であろう」
ミケーレがすぐに分かったのは、片方の乳房を見せて絵画に収まるのが、高級娼婦お決まりのポーズだったからだ。
「まさかアルチーナ夫人のお母様ではありませんよね?」
ロミルダは腰をかがめて、肖像画の女性に目線を合わせてのぞきこむ。
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ミケーレが額縁を持って絵画を傾け、裏板に手燭の灯りを近付けた。
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「そう言われてみれば、どことなくお義母様の面影があるような……」
ロミルダはロウソクのゆらめく炎に照らし出された四十年前の美女に、うっとり見とれた。
「それにしても、ぱっと人目を引く華やかな方。先王陛下が心を奪われたのも納得ですわ」
「何を言っておる。そなたのほうがよっぽど美人であるぞ、ロミルダ」
「まあ、ご冗談を」
笑いながら見上げると、ミケーレ殿下は真摯なまなざしでまっすぐロミルダを見つめていた。
「余は偽りのあでやかさになど興味はない。そなたの持つ純粋無垢な美しさこそ、史上最高に尊い」
「はい……」
ミケーレの真面目な告白に、ロミルダは真っ赤になってうつむいた。
(もう、ミケーレ様ったらどうしちゃったのよ!)
微妙な雰囲気になる二人の耳に、階段を駆け上る複数人の足音が近づいてくるのが聞こえた。閉まっていた扉が開け放たれ、衛兵が手燭を高くかかげて叫んだ。
「何者だ!?」
・~・~・~・~・~・~
コルテ・インテルナ(Corte interna)、もしくはコルティーレ・インテルノ(Cortile interno)は、屋敷の内側にある石畳が敷きつめられた空間。ですので緑はあまりなく「庭」らしさはありませんが、便宜的に「中庭」と表記しています。
日本語だと「パティオ」と言うほうが通りが良いようです。
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