魔王からの贈り物

綾森れん

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19、大切なものは、この絆

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 夏の風を切って舞い上がり、空の上で落ち着くと魔王が、

「美紗に聴かせたいものがあるのだ」

 と言い出した。なあに? と美紗は胸を膨らませる。

「世界一素晴らしい音楽さ。オルゴールの音色ねいろを耳にすると、たくさんのことを忘れてしまうが、あの美しい旋律だけでも聴かせたいのだ」

 ほどなくして黒飛は、桜の木が葉を茂らせるあの河原に降り立った。魔王は黒飛から飛び降り、続いて飛び降りた美紗を抱きとめると、河太郎がかついでいた黒くて長い袋を受け取り、美紗と二人、桜の木の一番下の枝に腰掛けた。下の河原で水遊びを始めた河太郎と黒飛を見下ろして、

「静かにしろ」

 と声をかけてから、黒いソフトケースからギターを取り出して、ちょっと弦の強さを確かめると、一呼吸置いて弾き出した。コード弾きに、メロディをハミングしてあわせる。雲間から森へ光が流れるような大きくて透明な旋律が、桜の木を包んでゆく。美紗は哀しくもないのに泣き出しそうになった。森の奥深くから清水があふれ出すみたいに、その曲は心の深いところに届いて熱いものを湧き起こさせる。そして、あったかい気持ちでいっぱいになる。木の下で河太郎も目を閉じ、黒飛は羽を休めている。弾き終わって、

「うまいだろ」 

 言わなきゃいいのにまた自慢する魔王に、美紗はぷっと吹きだして、きれいな曲だと言う代わりに、

「うまい。心が洗われるよ」

 とほめてあげた。魔王は気分をよくして、

「ほかのバージョンも聴かせてやろう」

 と、今度はリズムを変えて弾き始める。調子のよいアレンジに、下の二人ははしゃぎだし、足でリズムを取っていた美紗も、

「あたしその曲に詩をつけてあげる!」

 と提案した。

「次のアレンジは――」

 言いかけて、魔王は突如顔色を変え、美紗を隠すように抱き寄せた。

「どしたの?」

 ただならぬ雰囲気に、声をひそめる美紗に、

「いじわる天使だ。私が音楽に興じている隙に、また力を封じようと出てきたのだ。みつかったかもしれぬ」

 魔王がにらむ空の上、パンチパーマにお腹の出た、おばさん天使が弓矢を片手に飛んでいく。だが矢をつがえてもいないし、地上をにらんでいるふうもない。

「だいじょぶだよ」

 美紗は魔王の手を握ったまま、起きあがった。
「きっと天使も、デイヴィーの歌を聴きに来たんだよ」

「そうかな、確かにみつかったと思ったんだが」

 と、魔王は腑に落ちない顔。いじわる天使は、遠くへ飛んでいってしまった。

「見逃してくれたのかな」

 美紗は目を細めて、枝の間から空を見上げる。

「じゃあ、次のアレンジ行くか!」

「うん!」

 二人はうなずきあって、それからつないだままの手を見て笑いあった。夏の日差しが葉から漏れて、美紗と魔王の頭の上で踊っている。

 大切なものは、この手のぬくもり。誰かとつながっている、この絆。
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