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第06話、悪役令嬢は、もはや悪役ではない
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小さなエリックの瞳の色が、にっくき王太子殿下と違っていた理由がようやく判明した。と同時に、私が決定的なミスを犯していたことにも気が付いた。
エリックの八歳の誕生日。祝ってやらねばなどと思うほど、私はすっかり姉と化していた。一日中そわそわして自分と彼が同時に一人になるときがないかと何度も千里眼を使った結果、チャンスは夜にようやく訪れた。
天蓋付きのベッドの上で、エリックはクッションに背をもたれて読書していた。
「お誕生日おめでとう、エリック殿下」
「リイ! 来てくれると思ってたよ!」
「今日は一日中お祝いでしたね」
私の両親もお祝いにあがっている。しかし私は過保護な父に体調を心配されて、使用人たちと領地で留守番していたのだ。
「うん、とっても疲れた」
かわいそうに少年はぐったりとしている。だが貴族たるもの、こうした社交には慣れていかねばならない。
「僕が一人にならないから、リイは出てこられなかったんでしょ?」
「そう――ですわね。リイはエリック様が想像された人物なんですわよ。だからまわりに人がいると出てこられないのです」
ということにしておこう。
「リイはまぼろしってこと? だから歳をとらないのか」
しまった。いつも習慣的に十五際の姿になっていたが、これはまずかったのではなかろうか? 現実の私はすでに十歳。王家との顔合わせも今後増えてくるはず。しかも十三歳からは王都にある貴族学園で寄宿舎生活をすることとなる。いつまでも十五歳の姿でエリックの前に出没している場合ではない。というか、こんな何年もこの子供に関わるはずじゃなかったのよ!!
「エリック殿下が、リイも歳をとるはずだと気付かれたなら、まぼろしも成長していきますわよ。おほほ」
適当にごまかす私。
「そうかぁ。僕は自分が早く大人になって、リイの歳に追いつきたかったな」
殿下は私より二歳年下ですから、いつまで経っても追いつけませんけどね!
「そうそう、そんな早く大人になりたいエリック殿下に私からのプレゼントですわ」
と、布に包まれた小さな何かを手渡す。
「あけていい!?」
高価な贈り物をいくらでも受け取っているだろうに、エリックは顔を輝かせた。
「もちろんですわ」
布の中から出てきたのはアメジストをあしらった留め具。貴族の男性たちが胸元に垂らしている総レースのジャボを留めるクランプだ。
「わぁ、きれい。リイの瞳の色と同じだね」
「そう。私のことをいつでも思い出していただこうと――」
ついついこういう自意識過剰な贈り物をしてしまう私。現実で会う前に忘れてもらったほうが好都合だというのに。
「ねぇ、つけてよ」
と胸元を指さして、エリックは首を上に向ける。もともと付けていたカメオをはずしてアメジストを留めていると、
「いいなあ。僕もリイみたいにきれいな瞳の色がよかったな」
と彼がつぶやいた。私は思わず手を止める。
「エリック殿下の瞳の色、私は好きですわ。まるでいつか二人で見た満月のように輝いて――。ほら、できましたわよ」
エリックはちょこちょこと、壁にかけた鏡のほうへ走っていく。私はゆったりと歩いて、そのあとを追う。
「うふふ、すてきだね」
金箔を貼った木彫りの装飾に囲まれた豪華な鏡をのぞきこんで、エリックは満足そうにほほ笑んだ。少しずつ大人びてきた彼は、少女と見まごうほど美しい少年に成長していた。
私は彼のうしろに立って、少し色の濃くなってきたブロンドをなでた。エリックは鏡に映る自分の瞳をみつめながら、
「先月、教育係の魔導士から瞳の色を変える魔術を習ったんだ。でもその術をかけるとなんだか目が疲れやすくなるから使ってなかったんだけど、今日パーティーの前に瞳の色を変えるよう言われたんだよ」
「――どうして?」
「野生動物のようで不気味だからだってさ」
「教育係がそんな無礼なことを言うの!?」
「いや、不気味っていうのは母上がおっしゃったんだ。そもそも瞳の色を変える魔術を学ばせるよう魔導士に指示したのは父上。この目の色では国民を怖がらせるってさ」
彼は自嘲気味に笑った。八歳の少年がそんなふうに笑わなければいけないことに、私は唇をかんだ。
「僕はありのままの自分で生きていってはいけないんだ」
「そんなことありません!」
私はとっさに叫んでいた。彼の両肩をつかんでその金色の瞳をのぞき見る。
ありのままで生きなかった結果が、なんの躊躇《ちゅうちょ》もなく私を処刑台に送りこんだ、あの残酷な王太子なの? 満月のようにきれいな目をしたこの少年は、こうしてよどんだ灰色の眼をしたあの男になっていくの?
「リイは、このままの僕を愛してくれる?」
エリックは涙をためて私を見上げる。
「もちろんですわ」
その答えに彼は、泣きながら笑って私の胸に顔をうずめた。
「でもエリック殿下。ありのままのあなたでも、私だけじゃなくみんなから愛されるようになりましょう。あなたの行いが素晴らしければ、人は瞳の色なんかで判断しません。あなたが名君ならば、国民はあなたを尊敬するでしょう」
背中をやさしくなでながら、静かに言って聞かせる。
「できるかな……」
私の胸に顔を押し付けたままの彼から、くぐもった声が聞こえる。
「できますよ。強い意志があれば人は変われるのですから」
そう。過去四回の人生、毒殺しか問題解決手段のなかった悪役令嬢が、魂を消去《デリート》されないために本気で子供と向き合うまでになるのだ。ソースは私!
「応援してくれる?」
不安そうなエリックに、私はにっこりとほほ笑んだ。
「もちろん! いつでもエリック殿下を信じておりますわ」
----------------------------
次回、12歳になったリーザエッテ、本物の「リーザエッテ嬢」として王太子に会います!
エリックの八歳の誕生日。祝ってやらねばなどと思うほど、私はすっかり姉と化していた。一日中そわそわして自分と彼が同時に一人になるときがないかと何度も千里眼を使った結果、チャンスは夜にようやく訪れた。
天蓋付きのベッドの上で、エリックはクッションに背をもたれて読書していた。
「お誕生日おめでとう、エリック殿下」
「リイ! 来てくれると思ってたよ!」
「今日は一日中お祝いでしたね」
私の両親もお祝いにあがっている。しかし私は過保護な父に体調を心配されて、使用人たちと領地で留守番していたのだ。
「うん、とっても疲れた」
かわいそうに少年はぐったりとしている。だが貴族たるもの、こうした社交には慣れていかねばならない。
「僕が一人にならないから、リイは出てこられなかったんでしょ?」
「そう――ですわね。リイはエリック様が想像された人物なんですわよ。だからまわりに人がいると出てこられないのです」
ということにしておこう。
「リイはまぼろしってこと? だから歳をとらないのか」
しまった。いつも習慣的に十五際の姿になっていたが、これはまずかったのではなかろうか? 現実の私はすでに十歳。王家との顔合わせも今後増えてくるはず。しかも十三歳からは王都にある貴族学園で寄宿舎生活をすることとなる。いつまでも十五歳の姿でエリックの前に出没している場合ではない。というか、こんな何年もこの子供に関わるはずじゃなかったのよ!!
「エリック殿下が、リイも歳をとるはずだと気付かれたなら、まぼろしも成長していきますわよ。おほほ」
適当にごまかす私。
「そうかぁ。僕は自分が早く大人になって、リイの歳に追いつきたかったな」
殿下は私より二歳年下ですから、いつまで経っても追いつけませんけどね!
「そうそう、そんな早く大人になりたいエリック殿下に私からのプレゼントですわ」
と、布に包まれた小さな何かを手渡す。
「あけていい!?」
高価な贈り物をいくらでも受け取っているだろうに、エリックは顔を輝かせた。
「もちろんですわ」
布の中から出てきたのはアメジストをあしらった留め具。貴族の男性たちが胸元に垂らしている総レースのジャボを留めるクランプだ。
「わぁ、きれい。リイの瞳の色と同じだね」
「そう。私のことをいつでも思い出していただこうと――」
ついついこういう自意識過剰な贈り物をしてしまう私。現実で会う前に忘れてもらったほうが好都合だというのに。
「ねぇ、つけてよ」
と胸元を指さして、エリックは首を上に向ける。もともと付けていたカメオをはずしてアメジストを留めていると、
「いいなあ。僕もリイみたいにきれいな瞳の色がよかったな」
と彼がつぶやいた。私は思わず手を止める。
「エリック殿下の瞳の色、私は好きですわ。まるでいつか二人で見た満月のように輝いて――。ほら、できましたわよ」
エリックはちょこちょこと、壁にかけた鏡のほうへ走っていく。私はゆったりと歩いて、そのあとを追う。
「うふふ、すてきだね」
金箔を貼った木彫りの装飾に囲まれた豪華な鏡をのぞきこんで、エリックは満足そうにほほ笑んだ。少しずつ大人びてきた彼は、少女と見まごうほど美しい少年に成長していた。
私は彼のうしろに立って、少し色の濃くなってきたブロンドをなでた。エリックは鏡に映る自分の瞳をみつめながら、
「先月、教育係の魔導士から瞳の色を変える魔術を習ったんだ。でもその術をかけるとなんだか目が疲れやすくなるから使ってなかったんだけど、今日パーティーの前に瞳の色を変えるよう言われたんだよ」
「――どうして?」
「野生動物のようで不気味だからだってさ」
「教育係がそんな無礼なことを言うの!?」
「いや、不気味っていうのは母上がおっしゃったんだ。そもそも瞳の色を変える魔術を学ばせるよう魔導士に指示したのは父上。この目の色では国民を怖がらせるってさ」
彼は自嘲気味に笑った。八歳の少年がそんなふうに笑わなければいけないことに、私は唇をかんだ。
「僕はありのままの自分で生きていってはいけないんだ」
「そんなことありません!」
私はとっさに叫んでいた。彼の両肩をつかんでその金色の瞳をのぞき見る。
ありのままで生きなかった結果が、なんの躊躇《ちゅうちょ》もなく私を処刑台に送りこんだ、あの残酷な王太子なの? 満月のようにきれいな目をしたこの少年は、こうしてよどんだ灰色の眼をしたあの男になっていくの?
「リイは、このままの僕を愛してくれる?」
エリックは涙をためて私を見上げる。
「もちろんですわ」
その答えに彼は、泣きながら笑って私の胸に顔をうずめた。
「でもエリック殿下。ありのままのあなたでも、私だけじゃなくみんなから愛されるようになりましょう。あなたの行いが素晴らしければ、人は瞳の色なんかで判断しません。あなたが名君ならば、国民はあなたを尊敬するでしょう」
背中をやさしくなでながら、静かに言って聞かせる。
「できるかな……」
私の胸に顔を押し付けたままの彼から、くぐもった声が聞こえる。
「できますよ。強い意志があれば人は変われるのですから」
そう。過去四回の人生、毒殺しか問題解決手段のなかった悪役令嬢が、魂を消去《デリート》されないために本気で子供と向き合うまでになるのだ。ソースは私!
「応援してくれる?」
不安そうなエリックに、私はにっこりとほほ笑んだ。
「もちろん! いつでもエリック殿下を信じておりますわ」
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次回、12歳になったリーザエッテ、本物の「リーザエッテ嬢」として王太子に会います!
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