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6,王太子は病んでしまったようです

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 時間はさかのぼって、ベネディクト王太子がパミーナ妃と一日中べったりできるようになったころ――

 二人の距離はぐっと近くなり、パミーナは気軽に王太子の部屋を訪れるようになった。

 ベッドに入ろうとしたとき、トントンと扉をたたく音がして愛するパミーナが入ってきた。

「殿下、今ちょっといいかしら?」

「なんだい? 明日の朝早くケイラー侯爵領を訪問しないといけないから、もう寝ようと思っていたんだが――」

「お願い! 五分でいいの!」

 パミーナは目に涙をためて懇願した。

「君の五分はいつも一時間では……?」

「うわぁぁぁん、あなたのパミーナへの愛は冷めてしまったのね!」

 すぐ泣く上、いつも話が飛躍するパミーナ。

「ごめんパミーナ。今日は疲れていて―― 隣国の大使との会談が長引いたから」

「パミーナより隣国の大使が大事ってこと!?」

「いや、違う――」

「嘘つき! 卑怯者! キィィィ!」

 耳をつんざくような悲鳴に何ごとかと、使用人が飛び込んできた。

「どうなされました!?」

「あ、いや、大丈夫だから」

 使用人を追い返したベネディクトは結局その後、二時間パミーナの悩みを聞く羽目になった。

「あの庭師、パミーナに色目を使ってくるの。どうしましょう?」

 たったそれだけの話が、呪いのオルゴールかと思うほど延々繰り返される。

「気持ち悪いわ!」

 感覚的な単語は、にぶい王太子には響かない。

「ゾッとしちゃう」

 身震いするパミーナの横で、王太子は居眠りしないよう頑張っている。

「怖いのよぉ」

 話すのは自分の感情ばかり。彼女の頭は髪を空目指して高く結い上げるためのもので、考える役目は担っていないようだ。

「安心して、パミーナ。彼はそんなつもりで君を見ていない」

「どうしてよ!? パミーナは魅力的でしょう!?」

(あれっ? この返答は違うのか)

 王太子は混乱する。どうすれば話が終わって眠れるんだろう?

「う、うん。君は魅力的だけど、彼は女性に興味を持たないんだ」

 これは本当の話だった。つまり全てはパミーナの思い込み。

「嫌だわ! そんなの神の教えに反していますっ!」

(ええ…… また怒りだしちゃったよ……)



 意味をなさない会話が夜通し続き、王太子はたった三時間の睡眠で遠い領地へ出かけ、馬車の中で居眠りして窓に思いっきり側頭部を打ちつけた。



 食事の時間もパミーナのマナー講習をしなければいけないから、王太子はろくに食べられない。

 パミーナが寝入っている外国語や地理の授業も、横にいて付き添っていろというのが国王の命令。

 今まで通りの政務をこなしながら一切プライベートの時間がなく、眠れない、食べられない日々に、王太子はやつれていった。

 その上パミーナは起きていればよくしゃべる。しかしその内容は使用人への批判や、現状への改善点を装った文句ばかり。王太子は妃の毒吸収係になった。



 遠い領地を訪れる機会だけが、彼に残された唯一の自分の時間だった。しかし――

「パミーナは殿下と離れたくないの……」

 と、どこへでもついてくるようになった。王宮の侍女たちはもろ手を挙げて喜んでいるらしい。

 まだ王太子妃らしい振る舞いができない彼女を大切な社交の場へ連れて行くことはできないから、王太子が仕事の時間に妃は観光気分で遊び回っていた。



 一ヶ月も経つと王太子はベッドから起き上がれなくなったが、その寝室にもパミーナが見舞いに来た。

「パミーナ、殿下に元気になってもらいたくてお料理したの!」

 下手くそな手料理を持ってくる。料理など使用人の仕事だから経験がないのだ。

「食べて食べて!」

 食べ終わるまで枕元で見張られるから、こっそり下げてもらうこともできない。

「ありがたいんだけどパミーナ」

 一切ありがたくないのに、ありがたいと言う能力を王太子は身につけた。

「私は胃が弱っていて油を使った料理はきついんだ……」

 なぜかパミーナの料理は全て揚げ物だった。揚げて塩をかける――それが料理だと信じているらしい。しかも高確率で中身が生だった。

「でも殿下、元気になるためには栄養を付けなければなりませんわ。私の作ったものなら真実の愛があるから召し上がれるでしょう?」

「う、うん―― じゃあ次からはさっぱりしたもので頼むよ」

 そのリクエストを、彼は翌日後悔した。

「殿下、今日はさっぱりとしたスープを作ってきましたわ!」

 スープなら食べやすいかと思いきや――

「すっぱ!!」

 調味料はビネガーオンリーだった。そしてまたもや具は生。

「真実の愛で治しましょう!!」

 パミーナだけが元気だった。
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