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エピローグ、女帝ルシールの誕生
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それから五年後――
私はミシェルとのあいだに愛らしい娘を授かった。
そして第一子が女の子だったこの機会に、帝国の法律を改正した。――女子も皇帝位につけるように。
多少の反対はあったものの、周辺地域には女王が治めている王国も複数存在することから、反対派の「帝国の伝統が――」などという意見は妥当性に欠けるとしてしりぞけられた。
さらに七年の時が経ち、アルメール治療院で父が息を引き取った。
誰もが、私が皇帝の座に就くと思っただろう。だが私はあえてそうしなかった。念入りに準備を進めたうえでついに十二年の時を経て、私がルシールであることを国民に明かすこととしたのだ。
この十二年間、それこそ毎年一人か二人という慎重さで、本当に信頼できる法衣貴族や家臣にだけ私は真実を明かしてきた。そうして城内に秘密を共有する協力者を増やしていったのだ。そうでもしなければ皇太子が出産などできたものではない。
その年、ヴァルツェンシュタイン帝国史上初となる女帝が誕生した。
初めてドレスを着て公の場にあらわれた私を、帝国民は熱狂的に迎えてくれた。
「本当によかったわ、国民が受け入れてくれて――」
女帝ルシールとしての即位式を終えて、宮殿の自室に戻ってきた私は張り詰めた糸が切れたようにソファに倒れ込んだ。
「僕も大臣たちも皆、受け入れられないはずがないと言っていたじゃありませんか。この十二年間、あなたの善政の恩恵をもっとも受けてきたのは帝国民なのですから」
慣れない男装姿のミシェルが、となりに座って両手で私の手を包み込む。
「そうは言っても、不安で不安でしょうがなかったのよ」
「ふふっ、いつもお強いあなたがそんなことをおっしゃるなんて――」
ミシェルは私を抱き寄せると耳元に唇を寄せて、
「――かわいい」
と、いきなり低い声でささやいた。
「ちょっ……」
ふいを突かれて鼓動が速くなる。私の反応がお気に召したのかミシェルは満足そう。
手紙の束を持って入ってきたニーナが、
「いつまでもお熱くてよろしいですね」
と、からかいながら、
「即位式の賛辞がたくさん届いております」
テーブルの上で仕分けをしてくれる。私が女帝として即位することは本日の即位式に先だって内外に伝えてあったので、帝都まで来られない遠方の貴族たちが当日に間に合うように祝辞を送ってくれたのだ。
「ジョルダーノ公国の兄上様からも届いていますね」
そう、私がルシールであることを明かしたら、兄はどうなったのか―― 重大な問題なので私は事前にジョルダーノ公国を訪れ兄と話していた。
「それじゃあ俺様も正体を明かすかな、そろそろ。甥と姪を養子にしたときはまだ明かさなかったがな」
「そんな軽々しく―― ユーグ様との婚姻関係はどうされるおつもりですか?」
「ん? 我がジョルダーノ公国では十年前に法改正してすでに同性婚を許可してるんだぞ?」
「え、そうでしたっけ――」
「帝国にもちゃんと伝えたが?」
「そういえば――」
公国には自治が認められているが、帝国への報告義務がある。
「ふんっ、我がジョルダーノ公国は進んでいるのさ。伝統に縛られて女帝くらいで大騒ぎする帝国とは違ってな!」
ふんぞり返る兄。いくつになってもやっぱり小憎らしい。
ジョルダーノ公国ではこの十年間に同性間の婚姻が一般的になっていたそうで、兄の告白も驚きと共に、だがおおむね好意的に受け入れられたそうだ。
帝国はまだまだ伝統を重んじるので、ジョルダーノ公国のように身軽には法改正できないが、私の治世の課題の一つとして同性婚についても考えておこう。
* * *
帝都に住む、とある庶民の反応――
「やっぱり陛下は女性だったのよ! だから帝国民の生活を第一に考えて下さって、帝国は平和になったのよ!」
「お前はまたすぐ女だから良いなどと論理性に欠けたことを――」
「なんですって!? あんただってあたしたちが子供のころと違って、皇太子様の治世は平和でいいっていつも言っていたじゃないか」
朝から夫婦喧嘩を始めた両親にうんざりして、モニカはダイニングキッチンから子供部屋に避難した。部屋に入ると、
「あぁぁショック!」
セザリオ殿下の似顔絵が載った新聞や雑誌の切り抜きに囲まれて、姉が大げさな声で叫んでいる。
「私の理想の貴公子セザリオ殿下が女性だったなんて!」
「確かにセザリオ様っていくつになっても少年みたいにきれいな肌で、若々しい声で、不老不死なんじゃないかって言われたもんね。実は皇女様と入れ替わっていたって納得よ」
「イケメンは歳をとらないのよっ」
あ、こりゃダメだ、と心の中でつぶやきつつ、うるさい姉から逃げて兄の部屋へ行くと――
「あぁぁショックだ!」
ミシェル妃殿下の似顔絵が載った新聞や雑誌の切り抜きに囲まれて、兄が大げさな声で叫んでいる。
「俺の理想の淑女たるミシェル妃殿下が男だったとは!」
うわ~こっちもかぁ、とモニカはげんなりした。
――セザリオ様もミシェル様も、国民のアイドルだったもんなぁ……
家族全員うるさくてかなわないので、家を出て石畳の坂道を広場まで歩く。道行く人々は明るい声で談笑し、物売りの声が飛び交う。空からはさんさんと日差しが降り注ぐ。
今日も帝国は平和だ。
私はミシェルとのあいだに愛らしい娘を授かった。
そして第一子が女の子だったこの機会に、帝国の法律を改正した。――女子も皇帝位につけるように。
多少の反対はあったものの、周辺地域には女王が治めている王国も複数存在することから、反対派の「帝国の伝統が――」などという意見は妥当性に欠けるとしてしりぞけられた。
さらに七年の時が経ち、アルメール治療院で父が息を引き取った。
誰もが、私が皇帝の座に就くと思っただろう。だが私はあえてそうしなかった。念入りに準備を進めたうえでついに十二年の時を経て、私がルシールであることを国民に明かすこととしたのだ。
この十二年間、それこそ毎年一人か二人という慎重さで、本当に信頼できる法衣貴族や家臣にだけ私は真実を明かしてきた。そうして城内に秘密を共有する協力者を増やしていったのだ。そうでもしなければ皇太子が出産などできたものではない。
その年、ヴァルツェンシュタイン帝国史上初となる女帝が誕生した。
初めてドレスを着て公の場にあらわれた私を、帝国民は熱狂的に迎えてくれた。
「本当によかったわ、国民が受け入れてくれて――」
女帝ルシールとしての即位式を終えて、宮殿の自室に戻ってきた私は張り詰めた糸が切れたようにソファに倒れ込んだ。
「僕も大臣たちも皆、受け入れられないはずがないと言っていたじゃありませんか。この十二年間、あなたの善政の恩恵をもっとも受けてきたのは帝国民なのですから」
慣れない男装姿のミシェルが、となりに座って両手で私の手を包み込む。
「そうは言っても、不安で不安でしょうがなかったのよ」
「ふふっ、いつもお強いあなたがそんなことをおっしゃるなんて――」
ミシェルは私を抱き寄せると耳元に唇を寄せて、
「――かわいい」
と、いきなり低い声でささやいた。
「ちょっ……」
ふいを突かれて鼓動が速くなる。私の反応がお気に召したのかミシェルは満足そう。
手紙の束を持って入ってきたニーナが、
「いつまでもお熱くてよろしいですね」
と、からかいながら、
「即位式の賛辞がたくさん届いております」
テーブルの上で仕分けをしてくれる。私が女帝として即位することは本日の即位式に先だって内外に伝えてあったので、帝都まで来られない遠方の貴族たちが当日に間に合うように祝辞を送ってくれたのだ。
「ジョルダーノ公国の兄上様からも届いていますね」
そう、私がルシールであることを明かしたら、兄はどうなったのか―― 重大な問題なので私は事前にジョルダーノ公国を訪れ兄と話していた。
「それじゃあ俺様も正体を明かすかな、そろそろ。甥と姪を養子にしたときはまだ明かさなかったがな」
「そんな軽々しく―― ユーグ様との婚姻関係はどうされるおつもりですか?」
「ん? 我がジョルダーノ公国では十年前に法改正してすでに同性婚を許可してるんだぞ?」
「え、そうでしたっけ――」
「帝国にもちゃんと伝えたが?」
「そういえば――」
公国には自治が認められているが、帝国への報告義務がある。
「ふんっ、我がジョルダーノ公国は進んでいるのさ。伝統に縛られて女帝くらいで大騒ぎする帝国とは違ってな!」
ふんぞり返る兄。いくつになってもやっぱり小憎らしい。
ジョルダーノ公国ではこの十年間に同性間の婚姻が一般的になっていたそうで、兄の告白も驚きと共に、だがおおむね好意的に受け入れられたそうだ。
帝国はまだまだ伝統を重んじるので、ジョルダーノ公国のように身軽には法改正できないが、私の治世の課題の一つとして同性婚についても考えておこう。
* * *
帝都に住む、とある庶民の反応――
「やっぱり陛下は女性だったのよ! だから帝国民の生活を第一に考えて下さって、帝国は平和になったのよ!」
「お前はまたすぐ女だから良いなどと論理性に欠けたことを――」
「なんですって!? あんただってあたしたちが子供のころと違って、皇太子様の治世は平和でいいっていつも言っていたじゃないか」
朝から夫婦喧嘩を始めた両親にうんざりして、モニカはダイニングキッチンから子供部屋に避難した。部屋に入ると、
「あぁぁショック!」
セザリオ殿下の似顔絵が載った新聞や雑誌の切り抜きに囲まれて、姉が大げさな声で叫んでいる。
「私の理想の貴公子セザリオ殿下が女性だったなんて!」
「確かにセザリオ様っていくつになっても少年みたいにきれいな肌で、若々しい声で、不老不死なんじゃないかって言われたもんね。実は皇女様と入れ替わっていたって納得よ」
「イケメンは歳をとらないのよっ」
あ、こりゃダメだ、と心の中でつぶやきつつ、うるさい姉から逃げて兄の部屋へ行くと――
「あぁぁショックだ!」
ミシェル妃殿下の似顔絵が載った新聞や雑誌の切り抜きに囲まれて、兄が大げさな声で叫んでいる。
「俺の理想の淑女たるミシェル妃殿下が男だったとは!」
うわ~こっちもかぁ、とモニカはげんなりした。
――セザリオ様もミシェル様も、国民のアイドルだったもんなぁ……
家族全員うるさくてかなわないので、家を出て石畳の坂道を広場まで歩く。道行く人々は明るい声で談笑し、物売りの声が飛び交う。空からはさんさんと日差しが降り注ぐ。
今日も帝国は平和だ。
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