3 / 15
第03話、婚礼の儀と初夜
しおりを挟む
ヴァルツェンシュタイン帝国の皇太子セザリオと、アルムハルト王国の王女ミシェルの婚礼の儀は、いっけんおごそかに進んでいた。だがよく見れば帝国側の騎士団が勝ち誇ったような顔つきで参列し、アルムハルト王国の者たちは涙をこらえて笑顔を作ろうと苦心していた。
それもそのはず、この結婚でミシェルは人質となるに等しい。
二年前、ヴァルツェンシュタイン帝国は言いがかりをつけてアルムハルト王国に進軍した。アルムハルト王国は国土こそ小さいが海運の要に位置していたから、父は王国の港を欲したのだ。
優秀な魔術師を多く抱える帝国の魔術騎士団に叶うはずもなく、アルムハルト王国はほどなくして敗北し、ヴァルツェンシュタイン帝国の一部となった。そして終戦協定において両国の融和をはかるためという名目で、アルムハルト国王は帝国に愛娘を差し出すこととなったのだ。
よく見れば大広間のそこかしこに魔術師が立って神経をとがらせている。魔術の気配を察知するためだろう。アルムハルト王国側のテロを警戒しているのだ。
純白のドレスを着てベールで顔を隠したミシェル姫と並んで、私は複雑な思いでバージンロードを歩いた。控室にあらわれたときすでに、彼女はベールで顔を隠していた。泣いているのかもしれない、と私は心が痛んだ。
祭壇の前でベールアップをするとき、ミシェルの身長が意外にも私と変わらないことに気が付いた。女性としてはかなり高いほうではないかしら? そういえば肩幅もしっかりしていらっしゃるし、我が帝国を恐れて鍛えたとか? などと考えていると、ミシェルは優雅な仕草で腰を沈めた。ベールの両端を持ってめくりあげると、ピンクブロンドの美しい髪があらわになる。
目をふせたままかがんでいるミシェルの両腕をそっと支えて立たせてあげる。今夜にもあの冷酷な兄が目をさますかもしれない。今だけでも私がやさしくしてあげたい。
「誓いのキスを――」
という神官の言葉に、ミシェルがふとまぶたをあげる。明るい海のように透き通った瞳が私を見た。まばたきするたび髪と同じピンクがかったまつ毛がふるえる。
か、かわいい……! 兄め、こんな美少女を妻にするなんて!!
私はゆっくりと彼女の肩を抱き寄せると、参列者から見えない角度で唇を重ねるふりをした。横暴な父の命令とはいえ、乙女のファーストキスを女性に捧げる義理はないわよね!
ミシェルは少し驚いた表情をしたが、そのまま何事もなかったかのように祭壇に向きなおった。まあ彼女も、敵国皇太子の口づけなど欲しくはないだろう。しかも中身は皇女ときている。
というわけで婚礼の儀は乗り切ったものの、夜になっても兄は目覚めない。
「ちょっと…… 初夜とかどうしてくれるのよ?」
私は兄の服装のまま、ぐるぐると兄の部屋を歩き回っていた。
「まあ、体調が悪いとか何か理由をつけて、今夜は断るしかありませんよね」
ニーナの言う案くらいしか私も浮かばない。
「まったくあの父は何を考えているのかしら?」
「電気を消してなさるとか?」
「は? そんなのバレるでしょ、いくらなんでも」
「そうでしょうか? ミシェル皇太子妃殿下は生娘でしょうから、ルシール様でしたらだませるかも……」
なんとなくニーナの視線が私の胸のあたりを泳ぐ。
「ちょっとなんか失礼なのよ!?」
私が声を荒らげると、ニーナは逃げ出した。
「私はとなりの間におりますから、お幸せに~」
「お幸せに、じゃないわよ」
私はため息をついた。ニーナが逃げ帰ったのとは反対側に、この部屋と同じくらいの大きさの部屋が続いている。そこが皇太子夫妻の寝室として用意されているのだ。
意を決して扉を開けると、ミシェルはすでにベッドの上に座っていた。
「今日はだいぶ疲れたろう」
咽頭を下げて、なるべく低い声で話しかける私。
「……はい」
と答えたミシェルの声が、心なしか震えている気がする。
「今夜からこの王宮がきみの家だ。リラックスしてほしい」
となりに腰かけると、燭台の炎に照らし出された彼女の頬は青ざめている。
「寒くないか?」
私は自分のガウンを脱いで彼女の肩にかけた。その肩はまるで初陣にいどむ少年騎士のように震えていた。
こんなにおびえるものかしら? なんだか腑に落ちない。私も本来ならあさっての夜、ジョルダーノ公国のユーグ様と初夜を迎えるはずだったが、ここまで思いつめた自分など想像できない。
とはいっても、人質として差し出された彼女とは立場が違いますわね……
「きみの立場は理解しているつもりだ。この結婚が望んだ結果ではないことも」
彼女は両手で胸元を押さえたまま、少し意外だというふうに私を見た。
「ヴァルツェンシュタイン帝国の皇太子として謝罪したい。きみにも、きみの国の人々にも」
兄は間違ってもこんなことは言わない。だが私は伝えたかった。
「セザリオ様…… こんなおやさしい方だったなんて――」
ミシェルは明るい海の色をした瞳を見開いて、わずかにかすれた声で言った。これほど驚いているのは、アルムハルト王国にも兄の冷血な人柄が伝わっていたからだろう。
「きみが望むなら、今夜は一人で休んでほしい。私たちはこれからもずっと夫婦だ。いそぐ必要はないからね」
と、ほほ笑みかける私。
「そ、それはそうですが……」
意外にも困った顔をするミシェル。私はまた違和感を覚えた。
「もし不安ならきみが寝付くまでここにいよう」
「あ、それは―― ではあの、お言葉に甘えて……」
何か言いかけたものの、ミシェルはシーツの中にもぐりこんだ。
分からない。彼女には何か秘密があるような気がする。
結局私は彼女が寝息を立てるまでかなり長い時間、ベッドに座って美しい横顔をながめていた。
それもそのはず、この結婚でミシェルは人質となるに等しい。
二年前、ヴァルツェンシュタイン帝国は言いがかりをつけてアルムハルト王国に進軍した。アルムハルト王国は国土こそ小さいが海運の要に位置していたから、父は王国の港を欲したのだ。
優秀な魔術師を多く抱える帝国の魔術騎士団に叶うはずもなく、アルムハルト王国はほどなくして敗北し、ヴァルツェンシュタイン帝国の一部となった。そして終戦協定において両国の融和をはかるためという名目で、アルムハルト国王は帝国に愛娘を差し出すこととなったのだ。
よく見れば大広間のそこかしこに魔術師が立って神経をとがらせている。魔術の気配を察知するためだろう。アルムハルト王国側のテロを警戒しているのだ。
純白のドレスを着てベールで顔を隠したミシェル姫と並んで、私は複雑な思いでバージンロードを歩いた。控室にあらわれたときすでに、彼女はベールで顔を隠していた。泣いているのかもしれない、と私は心が痛んだ。
祭壇の前でベールアップをするとき、ミシェルの身長が意外にも私と変わらないことに気が付いた。女性としてはかなり高いほうではないかしら? そういえば肩幅もしっかりしていらっしゃるし、我が帝国を恐れて鍛えたとか? などと考えていると、ミシェルは優雅な仕草で腰を沈めた。ベールの両端を持ってめくりあげると、ピンクブロンドの美しい髪があらわになる。
目をふせたままかがんでいるミシェルの両腕をそっと支えて立たせてあげる。今夜にもあの冷酷な兄が目をさますかもしれない。今だけでも私がやさしくしてあげたい。
「誓いのキスを――」
という神官の言葉に、ミシェルがふとまぶたをあげる。明るい海のように透き通った瞳が私を見た。まばたきするたび髪と同じピンクがかったまつ毛がふるえる。
か、かわいい……! 兄め、こんな美少女を妻にするなんて!!
私はゆっくりと彼女の肩を抱き寄せると、参列者から見えない角度で唇を重ねるふりをした。横暴な父の命令とはいえ、乙女のファーストキスを女性に捧げる義理はないわよね!
ミシェルは少し驚いた表情をしたが、そのまま何事もなかったかのように祭壇に向きなおった。まあ彼女も、敵国皇太子の口づけなど欲しくはないだろう。しかも中身は皇女ときている。
というわけで婚礼の儀は乗り切ったものの、夜になっても兄は目覚めない。
「ちょっと…… 初夜とかどうしてくれるのよ?」
私は兄の服装のまま、ぐるぐると兄の部屋を歩き回っていた。
「まあ、体調が悪いとか何か理由をつけて、今夜は断るしかありませんよね」
ニーナの言う案くらいしか私も浮かばない。
「まったくあの父は何を考えているのかしら?」
「電気を消してなさるとか?」
「は? そんなのバレるでしょ、いくらなんでも」
「そうでしょうか? ミシェル皇太子妃殿下は生娘でしょうから、ルシール様でしたらだませるかも……」
なんとなくニーナの視線が私の胸のあたりを泳ぐ。
「ちょっとなんか失礼なのよ!?」
私が声を荒らげると、ニーナは逃げ出した。
「私はとなりの間におりますから、お幸せに~」
「お幸せに、じゃないわよ」
私はため息をついた。ニーナが逃げ帰ったのとは反対側に、この部屋と同じくらいの大きさの部屋が続いている。そこが皇太子夫妻の寝室として用意されているのだ。
意を決して扉を開けると、ミシェルはすでにベッドの上に座っていた。
「今日はだいぶ疲れたろう」
咽頭を下げて、なるべく低い声で話しかける私。
「……はい」
と答えたミシェルの声が、心なしか震えている気がする。
「今夜からこの王宮がきみの家だ。リラックスしてほしい」
となりに腰かけると、燭台の炎に照らし出された彼女の頬は青ざめている。
「寒くないか?」
私は自分のガウンを脱いで彼女の肩にかけた。その肩はまるで初陣にいどむ少年騎士のように震えていた。
こんなにおびえるものかしら? なんだか腑に落ちない。私も本来ならあさっての夜、ジョルダーノ公国のユーグ様と初夜を迎えるはずだったが、ここまで思いつめた自分など想像できない。
とはいっても、人質として差し出された彼女とは立場が違いますわね……
「きみの立場は理解しているつもりだ。この結婚が望んだ結果ではないことも」
彼女は両手で胸元を押さえたまま、少し意外だというふうに私を見た。
「ヴァルツェンシュタイン帝国の皇太子として謝罪したい。きみにも、きみの国の人々にも」
兄は間違ってもこんなことは言わない。だが私は伝えたかった。
「セザリオ様…… こんなおやさしい方だったなんて――」
ミシェルは明るい海の色をした瞳を見開いて、わずかにかすれた声で言った。これほど驚いているのは、アルムハルト王国にも兄の冷血な人柄が伝わっていたからだろう。
「きみが望むなら、今夜は一人で休んでほしい。私たちはこれからもずっと夫婦だ。いそぐ必要はないからね」
と、ほほ笑みかける私。
「そ、それはそうですが……」
意外にも困った顔をするミシェル。私はまた違和感を覚えた。
「もし不安ならきみが寝付くまでここにいよう」
「あ、それは―― ではあの、お言葉に甘えて……」
何か言いかけたものの、ミシェルはシーツの中にもぐりこんだ。
分からない。彼女には何か秘密があるような気がする。
結局私は彼女が寝息を立てるまでかなり長い時間、ベッドに座って美しい横顔をながめていた。
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む
柴野
恋愛
おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。
周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。
しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。
「実験成功、ですわねぇ」
イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!
ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。
気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる