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文化祭2日目 呉越同舟

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「やーっと謎が解けた。そうならはよそうって言ってぇ」
 無数の視線を集めながら、人並みの真ん中から現れたそいつは、相変わらず張り付けたような薄笑みを浮かべている。
「気に食わない連中って、Ⅰ型のことやったん?」
「愛宕……」
「なるほどなるほど。あはは。いかにもI型って感じの、スカしたやっちゃな。確かに癪に障るわ。教えてくれたら、協力してやらんこともなかったのに」
 名前を呼べば、秀麗な笑みを深めては、俺の肩に手を回して体重を預けてくる。
 その宥和的な振る舞いはもとより、俺が困惑したのはその服装だった。長い脚を包む黒のスラックスに、ジャストサイズのカマ―ベスト。どこからどう見てもウエイターな愛宕は、実のところ、資材管理部であった。しかもどう見ても、愛宕の為の特注品。
 適性のある広報、誘導班等、表に出る仕事を頑なに拒んできたのがこの男。Ⅱ型として消費されることを、愛宕は何より嫌う。
だからこそ、固辞する理由こそ理解出来れども、今のような心変わりは全く理解できなかった。
「なんで────、」
 咄嗟に視線を巡らせれば、入り扉の陰からこちらへドヤ顔ウインクを飛ばしてくる綿井・飴村と目が合った。いやグーではなくて。
「委員長も言っとたやん、僕のウエイター衣装みてみたい♡って」
「そんな喜色悪いこと言ってない!適性があると言っただけで」
「そうそう。僕のカリスマ性を、たまには人様のために有効活用しちゃろーってね」
「だから、聞きたいのはそういう事じゃ────、」
 俺の言葉を鼻で笑って。
 愛宕は、「そーいうことやけん」と、俺の前髪を毟る橘の手を叩き落した。
「申し訳ございません。謝罪を受け取っていただけないのなら、我々はサービスで誠意を示すほかありませんね。ご要望は?」
「…………」
「ご要望は」
「…………」
「何とか言えや、お客様。サービスしちゃるって言いよんやぞ、この僕が。悪質クレーマーみたいなこっすい真似しよって。それとも────、」
 すう、と。据わった黒目が、敵意を滲ませた眼光で橘を睨め上げた。
「好きな子とおしゃべりしたいだけか。男子小学生みたいでかわいらしいですねぇ」
「は!?」
 素っ頓狂な声を上げた俺の口を、愛宕の無駄にデカい手が塞ぐ。
 反面橘はと言えば、殆ど初めて視線を愛宕に向けた。
「じゃあこの野次馬散らせ。今すぐ」
「…………かしこまりましたぁ♡」
 うっそりと目を細めては、ぱん、と手を叩く。
 それだけで、今までざわついていた教室内が静まり返って。
「お会計はあちらになりまぁす。あと、無断での店内の撮影はお控えくださぁい」
 僅かにフェロモンを滲ませながらの言葉に、人波が引いていく。
 人々の意思決定に、フェロモンが影響を及ぼすというのは分かっていたことだが。
 それを実行に移す人間はそう居ない。フェロモンで人心を、意図的に操作するというのは、現代において非難を免れない蛮行とされているから。何より倫理的な問題以前に、これだけの人数を一斉にコントロールする事ができる個体自体が、そう居ないのだろうが。
 だが、どうだ。
 眼前の男は、それらのハードルを易々と飛び越えて見せた。
 これまで散々誘導班総出で試みては成しえなかったことを、こうも容易く実現してしまう。Ⅰ型、Ⅱ型とは、精神的にも生物的にも、一線を画した存在なのだと。ここ最近、思い知らされてばかりだ。
 そして、何回、南百回思い知らされても──思い知らされるたびに、俺は。
「…………」
心中に滲んだ畏怖にも似た黒い感情。それを踏みつぶしては、整った横顔を横目で一瞥する。
「………ヌルい青春ごっこは嫌いなんじゃないのか」
「はい、ええ。今も全然ゲボ吐きそうやけど」
「…………」
「でもほらぁ、言ったやん?相手がI型なら話は別ですよ」
 橘を睨め付けるその目に、自らと似た類の激情を見つける。思わず口を噤んだ俺に、一瞥をくれる。
 ややおいて愛宕は、うっすらと口端を吊り上げた。
「僕も嫌いなんよね、Ⅰ型」
「……奇遇だな」
「あは。僕たち同志やん、委員長。Ⅰ型、一緒に叩き潰そうねぇ」
 組んだ肩を甲斐甲斐しく揉んで、ツンと唇を尖らせたまま、俺の頬にキスをする振りをして。
「死んでも負けんじゃねぇぞ」
 耳元に、そのまま低い声を吹き込んでくる。
 ゾワゾワと背筋を駆け抜けた悪寒に、肩に回った長い腕を思い切り振り解いた。
 その反応にカラカラ楽しげに笑った愛宕は、俺の肩を軽く叩いて、そのまま身を翻す。
 直前にこちらを流し見た黒目は、ちらとも笑ってはいなくて。
 ぴんと伸びた背が、遠ざかって行く。動き出した時間の中で、俺だけがただその場に佇んでいた。
「珍しいタイプのⅡ型だ」
 フォークが皿を突く音だけが響いた。スズキの蒸し焼きを丁寧に切り分けながら、「冷たい」と悪態を吐く。視線は皿上にだけ注がれたままだったが、確かに、橘は俺に語りかけてきていた。
「お友達が増えて良かったな?β」
「…………ああ」
 答えて、散瞳する。
 自分の口から転がり出てきた言葉に、俺自身が一番驚いていた。
 魚を滞りなく運搬していた手が止まって、切れ長の視線がこちらを透かす。
 その視線を正面から受け取めて。
「…………そういうわけだ、橘」
「あ?どういうわけだ。ちゃんと喋れ」
「俺たちは、お前を正面から叩き潰す」
「『俺たち』ね」
 それきり、橘は何も言わなかった。再び食事を再開した男に、頭を下げて踵を返す。
 込み上げて来る吐き気と、頭に響く鈍痛。誤魔化すようにネクタイを締め直しては、真っ直ぐ厨房に歩を進めた。
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