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交渉決裂

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「そういや今日、愛宕居なかったな」
「βいじめて部停だってよ。大会前だってのによくやるわ」
「ま、Ⅱ型様だからな。問題ないんじゃね、顧問のオキニだし」
「あはは、『実力主義』な」
「どうせまたⅠ型に負けるんだろうけどな」
 部活用かばんを肩にかけた男子生徒たちとすれ違いながら、階段を駆け上がる。
 そのまま早足で空き教室の戸を引けば、窓際の席に腰掛けた男子生徒の肩が揺れる。
 凛々しい柳眉に、反面優しげに垂れた黒目。センター分けの黒髪を揺らしては、気怠げな所作でこちらを向いた。
「やっほ、委員長」
「…………愛宕、悪い。遅くなった」
「気にせんで良いよ」
 言えば、へら、と笑いながら、右手を振る。
 「それで」と伸びをしては、うっすらと開いた目を手元のスマートフォンに向けて。
「用って?僕のΩになる気になった?」
「ならない。ただちょっと、話したい事があっただけだ」
「ふぅん。話って何かな。しかも、こーんなところに呼び出してさ」
「教室じゃ待ち辛いだろ」
「あはは、待ち辛い?なんで」
 しらばっくれたまま朗笑するその性悪加減に、こめかみが鈍く痛んだ。
 苦い心地のまま、愛宕の正面席の椅子を引く。
「……あの騒動でのお前の言動は、少なからず反感を買うものだった」
「流石に自覚はあるよ。腫れ物扱いやもんね、僕」
「すごくどうでも良さそうだな」
「すごくどうでも良いけんね」
 あっけらかんと両断する口調は、辺幅を飾らないものだった。事実その言葉に、嘘はないのだろう。この学校の連中は、バース性関わらずプライドが高い。
 あんな、全方面に肘をぶつけながら全力疾走するような真似をすれば、Ⅱ型様といえど嫌厭されるのは妥当だった。
 けれども、このα───個人主義の権化のようなαは、それを歯牙にもかけていないのもまた事実なのだ。
「…………お前にとって問題なのは、部活動停止の方だろう」
頭を抱えて唸れば、処世の滲んだ笑みが消える。代わりにその黒目には、こちらを検分するような光が宿って。僅かな警戒心とともに細められた双眸に、いくらか溜飲が下がるようだった。
「その件、俺がどうにかしてやる」
「…………は」
「幸い、教師にはいくらか顔が利くんだ」
 言い終わる頃には、端正な相貌からは完全に色が削げ落ちていた。「ええ」と零さた声には、穏やかでありながら、肩を抱かずにはおれない凄みが孕まれていて。
「…………どういう風の吹き回し?」
「大会が近いんだろう?」
「委員長に得があるとは思えんっちゃけど」
「そうか?では、あれだ。週に一回、準備に参加するよう努力すること」
 息の詰まるような沈黙が落ちる。
 それはそうだ。俺の発言は、『交渉』と呼べないレベルで破綻していた。
 要求が義務ではなく努力という時点で、履行されるかどうかは愛宕の善意に委ねられる。さらに、部活動に参加できるようになれば、彼は猶更準備に顔を出す事を渋るだろう。
 実際口実さえ与えられればそれで良いと思ってはいたのだが、流石にあちら側に有利が過ぎただろうか。
その沈黙の長さは、俺に対する不信感の程度に他ならなかった。。
 窓の外では、部活動生の掛け声が妙に大きく響き渡っていて。
「わからん、わからんなぁ」と。沈黙を裂いたのは、例のうすら寒い笑みを貼り付けた愛宕の方だった。
「委員長、僕のこと嫌いなんやなかったっけ?」
「…………」
「あ!それともあれ?実は大好きだったり?みんなの前で素直になれんだけでぇ」
「嫌いだよ」
 言葉を遮る。「かなり嫌いだ」と追撃すれば、愛宕の綺麗なツラにグシャと皺が寄った。
「だが、他人だとは思えなかった」
────「Ⅱ型だからって調子乗ってんなよ」と。
 思い返してみればあの時、愛宕が牙を剝いたのはその言葉を投げかけられてからだった。
 当時は何が彼の地雷を踏みぬいたのか、考えもしなかったものだが。今思えば、無理もない反応だと思った。
 何か一つの目標を持って、それに打ち込みたいと考えること。
そこに、αもβも、Ⅰ型もⅡ型も関係ない。それなのにそれを──自分の努力を、内面を。全てを、何も知らない連中が、知ったような口で『バース性』の一言で括ろうとする。
 腹立たしくて、何より耐えがたい屈辱だ。
 愛宕の所業が擁護しようの無い蛮行であったことは、大前提として。
 少なくともその憤怒は、理解できるものだと思った。
 …………本当に、よく分かる。
「協調性がないのはいただけないが。…………努力する人間を応援したいと考えるのは、おかしなことか?」
「知ったような口きくねぇ」
「…………ああ、そうだな。確かに、そうだ」
忘れてくれ、と言えば、愛宕はうっすらと目を伏せた。
ぐる、と。何かを逡巡するように視線を虚空に彷徨わせて。
「なんか…………『解釈違い』?」
「ああ?」
「委員長はあんまそういうこと言わんタイプと思っとったけん」
「?」
「邪道より覇道ってかんじやろ」
 言わんとすることを察して、頬を掻く。ブランディング以前に、自分でもらしくない事をしたと思ってはいたから。人差し指をこね合わせながら、口をむずむずさせる。
「…………目的以外のことに時間を取られるのはストレスだ」
「委員長の『目的』って?」
 散瞳する。散瞳して、色あせた記憶を反芻する。
────おれたち、番になろうね。
────誰にも選ばれない、可哀想で不毛な性別。
────ごめんね、博人。αに生んであげられなくてごめんなさい。
視線がかち合うと同時に、愛宕は僅かに上体を逸らした。
部活動生の声は、もう聞こえなくなっていた。
「気に食わない連中を、叩き潰す」
「…………」
「勉学においても、無論、学祭も例外ではない」
「ふぅん」
 先刻とは打って変わって、その声音は乾いた物だった。俺から一切の興味を失ってしまったような。
 聞いておいて何だその反応。
 釈然としない心地の俺を置き去りに、愛宕は悠然と立ちあがる。立ち上がり、早々と鞄を肩にかける所作は無造作で。「どこへ?」と言う俺の問いに、「帰る」と答えた。
「話の途中だ」
「話は終わったよ。気持ちは嬉しいけど、その申し出は要らんかな」
「…………愛宕」
「僕、忙しいんよ。委員長も忙しいんやろ?はよ帰りい」
「愛宕」
「くどいなぁ」
 低い声が、俺の言葉を遮る。
 鉱物みたいな瞳が、冷え切ったまま俺を見下ろしている。とぐろを巻くような威嚇フェロモンが、じわりと空気を濁らせた。
 真綿で絞められるような息苦しさ。相貌を歪めた俺の前髪を、いつかのように掴み上げる。
「…………足元見るような真似すんなっつてんだよ。あんま舐めんなや、β風情が」
 見開いた瞳孔で、低く唸った。
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