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変な学校の変なΩ

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 前提として。
 世の中には、六つの性別が存在する。雄と雌。そしてさらに、α、β、Ωの三種類のバース性に分類される。人口に占める割合としては、βが全体の95.0% 。そして、αとΩが5.0%である。
 まず、人口における大部分を占めるβ。
この性別を最も分かりやすく形容するならば、『平凡』である。
 ごく一般的な能力値を持つ、大多数の人々。ただ、その母数の多さから察せられる通り、「平凡」と一纏めに言えど、個体差による能力値の分布は広範である。社会規範を逸脱する個体も居れば、高い社会的地位を持つ個体も存在する。
 そしてαは、「生まれながらの強者」と度々形容されるバース性である。
 と言うのも、彼らは容姿、知能、身体能力とあらゆる点で生物的に優れた能力を持っている。圧倒的なマイノリティであるにもかかわらず、王族に政治家、革命家に経営者、学者。古来から古今東西、人間社会を牛耳ってきたのは彼らだった。
 そして、残りのΩ。
 同じくマイノリティでありながら、その社会的立ち位置はαと真逆と言って差し支えない。彼らの抱える致命的な欠陥────定期的に訪れる、「ヒート」と呼ばれる発情期は、社会生活に於ける大きなハンディキャップとなっていた。
 Ωは発情期を迎えると、強力なフェロモンを放つ。
 本来は番となるαを惹きつけるためのフェロモンであるが、それはαだけではなくβにも深刻な影響を及ぼす。故に彼らは定職に就くことが難しく、番となったαの庇護下で生きることを余儀なくされることも多い。
 αを「生まれながらの強者」とするならば、Ωとはまさしく「生まれながらの弱者」と評されて差し支えないバース性であって。
 しかし、何事にも例外という物は存在する。
 αとΩにおける例外は、Ⅰ型、Ⅱ型と呼ばれる。
 αとΩは、そのフェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型に分類される。並び順はそのまま、発達順。
 そしてⅠ型、Ⅱ型は、バース性に関わらず、全ての性別に対する生物的優位性を持っていた。
 例えば容姿、例えば知能、例えば体格。そして、生殖行為についても。
 その圧倒的なフェロモン濃度と耐性で、全てのバース性に優越する。αは勿論のことΩすら、Ⅰ型、Ⅱ型に限っては選ばれる側ではなく、選ぶ側の強者であった。
 ただ例外と呼ばれるだけあって、αとΩが総人口の5.0%であるならば、Ⅱ型は0.4%。Ⅰ型に至っては、0.1%という、ほぼ都市伝説と呼べるような存在だった。
しかし。
「────我が校の学祭には、例年二十万人程度の来場者が見込まれます。それは役二百年の歴史の中で、先輩方が築き上げてきた功績と信頼が故の名誉の数字です」
 しかしである。
「そして我が校────この、帝楓学園に身を置く以上、君たちにはその伝統を守り、継承していく義務がありますね」
 もう一度言おう。
 何事にも、例外というものは存在する。
 教卓で熱弁を奮う教師に、その言葉に耳を傾ける小奇麗な生徒たち。教室という名の箱内に規則正しく整列させられた彼らの後頭部を、右最奥の席から見回す。
 この教室に身を置く三十五人のうち二人がⅡ型である。さらに十人が、Ⅲ型とはいえαかΩであった。
────名門私立帝楓学園。
 国内でも有数の進学校にして、金持ち学校。この学園におけるバース性の正規分布の狂いは、まさに社会的な『例外』と言えた。
 そしてかくいう俺はβ。この学園内に於いて、種馬にも種袋にもならぬ、空気にも等しい存在。
「それを踏まえて、尋ねます。学祭の実行委員に立候補する者は」
 故に、こういった場面に於いては、膝を抱えて教室の隅で縮こまっているに限る…………
「…………なーーーんてな!」
 えいっと手を上げれば、諦観と無関心を丁寧に織り込んだような視線が、教室中から集まった。
『九条博人(くじょう ひろと)』と。
『学祭実行委員』の空白を俺の名で埋めるペンの音だけが、気まずく響いていた。

「ねぇ~~、博人博人博人博人ひろとひろと」
 ホームルームが終わるなり襲来しては、そいつは俺に巻き付いた。
「酷いよぅ、話がちがうよぅ。実行委員になっちゃうなんて!」
 デカいというよりかは、細長いと形容する方がしっくりくるような体躯に、繊細な割に存外強い力。
 大蛇みたいに巻き付いて来るこの男は、驚くことなかれ、あのΩだった。だが、強者の庇護下に入ることを想定された生物の膂力ではない。
「おんなし係になろーって!一緒にパネルペタペタしようって約束したじゃんんん」
「は、離せ!離せⅡ型!」
 こいつこそが、この教室に於けるΩⅡ型である。
「品目で呼ばないで!」
「だだだだだだだ離せ原(はら)!」
「名前で!名前のほうで呼んで!」
「あ…………背骨が、ミシッミシッ…………」
「充(みちる)って!」
 充!と叫べば、ようやっとベアハッグから解放される。俺はバキボキに歪んだ背骨のまま、その場にドシャっと崩れ落ちた。
 そんな死に体の俺を、β連中は遠巻きに眺め、αとΩ連中に至っては、視線すらくれずに素通りした。あまりにもあんまりな無関心に、内心で中指を立てて。
「ひーろと」
「ヴー!ワンワン!」
 俺の視界を占拠するようにしゃがみこんではこちらを覗き込んでくる男に、せめてもの抵抗として唸った。
 …………原充(はら みちる)。
 陶器みたいな白肌に、線の細い、繊細な輪郭。常に優し気に撓んだアンバーの瞳は、蜂蜜を。動くたびに揺れるミルクティーベージュの髪は、ふわふわの綿菓子を連想させる。総じて甘ったるい、砂糖細工みたいな青年だった。
「実行委員の顔合わせ、あるんでしょ」
 見目に違わぬ、甘ったるい声で手を伸ばしてくる。
「終わるまで教室で待ってるね」
「いいよ、先に帰っとけよ」
「遠慮しないで。嘘つきひろとくんとも、変わらず一緒に帰ってあげるから」
 俺ってば優しいからね!と。
 いつまでも手を取ろうとしない俺の腕を、痺れを切らしたように掴んでは引き寄せる。長い睫毛が顔に触れるほどの至近距離で、そいつはやはり柔らかく微笑んだ。
 俄かに色めきだった教室に、白目を剥きつつ視線を巡らせる。
 雄も雌も、αもβも。そして、Ωすらも。
 皆が皆、欲を孕んだ目で原を見ていた。全ての性を魅了する、0.4%の上澄み。原充──ΩⅡ型とは、Ωの中のΩでいて、この教室の羨望の的だった。
「てかあれ、今日の勉強会ひろとんちじゃん。どうにしろ一緒に帰らなきゃでしょ」
 そしてそんな男は、なぜかいつもこちらへやって来る。
 そのせいで俺は、αとΩからは要らん敵愾心を向けられ、同胞であるはずのβ達からも遠巻きにされる。「αもΩもないから、楽なんだよね。ひろとは」と、クソみたいな理由でこいつに捕まった、中等部一年からずっと。
「解せない…………」
 悄然と漏れた俺の悲鳴は、終業のチャイムに掻き消された。
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