片桐くんはただの幼馴染

ベポ田

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藤白とは同中同チームメイトです。けど、それだけ

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藤白侑希とは、可能性の塊のような少年だった。
少なくとも、右成にとっての第一印象とは、その通りである。右成がジュニア時代に得た技術・経験は圧倒的で、強豪と呼ばれる中学でも、それは充分通用する物だと考えていた。実際にその通りだったが、唯一にして最大の相違点を挙げるなら、彼自身が『1番』ではなかったと言う点である。
そのイレギュラーこそが、『藤白侑希』だった。
センスも、基礎体力も違う。なによりも、バレーに関する貪欲さとストイックさは、同世代では群を抜いていた。
努力する天才。
同世代に存在する怪物の幼体に、畏れを抱くと同時に、何より興奮したのを覚えている。
程なくして、右成は藤白と一際深い交流を持つことになる。選手としての藤白ではなく、人としての藤白と接してしばしば感じたのは、霞を追うような掴みどころの無さだった。
表す喜怒哀楽が常に作り物めいていて、どこか白々しい。
感情自体が無いわけではないようだが、常に自分の手綱を握っていて、感情の発露にセーブが掛かっている。彼が『心の底から』喜んだり、怒ったりする事は無かった。
しかし本人には悪意は無く、自覚すらしていないようだった。自分自身に対する、理解と関心の薄さが故。自分に向けられる感情には、殊更鈍感であるように感じた。
先輩や同僚からの誹りを、全く意に介さない。逆に向けられる好意にも、全く気付かない。自分が誰にどう思われようと、心底どうでも良い。
それ故、彼は常に満ち足りているようであったし、孤独なようにも見えた。
そんな飄々とした男が、右成の前で初めて地の感情を顕にしたのが、『片桐くん』を庇った時だった。
藤白に殴られ、軽い脳震盪を起こした右成。意識を取り戻して初めて聞いた声は、バスケ部の先輩に向けられた低い声である。
肌がひり付くような殺気。
滲み入るような、暗澹たる負の感情。
そんな物をひたひたと滲ませた声で、藤白は確かに怒っていた。この伽藍洞にここまでの感情を向けられる『片桐くん』に、右成が少々の対抗心と、多大なる関心を向けるようになったのはこの時からである。
元々、片桐については知っていた。それは片桐秀司と言う男の名が、学年だけでは無く学校中に知れ渡っていたからに他ならない。
眉目秀麗にして、篤実温厚。バスケットボール部期待のルーキーで、実力は同世代の中でも群を抜いている。そして藤白の、小学校からの幼馴染。
『特定の球技を狂気的に愛している』と言う一点以外、風態も内面も、藤白の対極にあるような男である。
それでも前々から、2人の間には独特な空気感があった。緩やかでいて排他的でいて、それが何色かはわからない。ただ、『仲が良いのだ』と言うのは一目瞭然で、誰も彼もがその関係性に興味津々でいながら、指摘する事ができないで居る。
「藤白と会ったのっていつ?」
そう右成が切り込んだのは、片桐と直接面識を持って数ヶ月経った頃だった。予期せぬ来客に向けるような表情を、一瞬だけ浮かべる片桐。僅かに見せたその表情は、彼もまた、仮面の厚い人間である事を悟らせるのに十分な物だった。
「小学2年のとき」と。そう穏やかに答えた青年に、右成は内心、おやと首を傾げる。藤白は確か、「小学4年のドッヂボール大会」と答えたからである。
「クラブチームの練習場所がね、体育館の隣同士だったの」
「へー、結構昔からなんだな」
「うん。でも、認知されたのは多分、4年のドッヂボール大会。……おれは、最初から侑希を知ってたし見てたけど」
照れ臭そうに笑う表情は、普段彼が人の輪の中で見せる笑顔とはかけ離れた物だった。本来こういう笑い方をする男なのだろうと思う。
そしてここに来て、右成は理解する。
藤白と片桐は、対極では無い。2人は非常に似た類の虚を抱えている。周りに人がいようと居まいと彼らは空虚で、何処か孤独だ。
「チームメイトとかじゃなくて、バレークラブの藤白なんだな」
「何が?」
「いや。競技違うのに、なんか特別仲良いのが不思議で」
嘘だった。右成は本能的な部分で、2人が引かれ合う理由を理解していた。「あはは、よく言われる」と笑うその挙動を、注意深く観察する。
「小2の頃にね、おれ実は一回侑希と喋った事あるんだよね。色々あって、チームメイトとうまく行かなくて」
「ええ、片桐クンが?」
「意外?」
「うん」
「それは嬉しい。けど、昔はもう負けず嫌いでね。ハリネズミみたいって叔母さんに嗜められるくらい。それでもうバスケやめたいーってなった時に、侑希が『じゃあバレーやる?』って、誘ってくれたんだよね」
「ええ、藤白が?」
「意外?」
「うん」
耐えられないと言ったように、また片桐が笑う。それだけの絡みを持っておきながら、すっかりと忘れてしまえるのが藤白らしいとは思う。「まあ、誰でも良いから練習相手が欲しかったんじゃない」と言う片桐の言葉に、右成は妙に納得する。
「練習が始まるまでパスして、『やっぱ俺、バスケの方が楽しいわ』って気付けたわけ。凄いよね。俺が何週間何ヶ月悩んでだ事を、侑希は10分で解決してくれた」
「……はぁ」
「それから、なんか侑希のこと気になってさ。あいつが隣でバレーしてるの、休憩時間とかに眺めてはどう話しかけようかヤキモキして。あいつ、バレーしてるとき本当夢中だよね。それしか見てないって言うか。……一回も目が合わなかった」
照れ臭そうに笑う表情は、何処か自嘲が滲んでいるみたいだった。「仲良くなれて良かったじゃん」と言えば、一瞬だけ心の底から嬉しそうな顔をして、「でも2年もかかった」なんて、また自嘲する。すぅっと細められた瞳は、遥か遠陵。ここではない、遠い昔を懐かしむみたいだった。
「侑希はね、いつも俺の欲しい言葉をくれるし、知りたい事を教えてくれるんだよ。侑希だけが教えてくれる。バスケの楽しさに、目指すべき場所。人の動かし方もぜんぶ」
「…………」
キャラメル色の目に、蕩けるような恍惚を滲ませて語る。その笑みは穏やかでありながら、何処か薄寒さを感じさせるような美しさだった。
殆ど強張った表情で、右成は回想する。
妙に排他的なバスケ部連中に、一歩踏み込めない周りの人間。
特に片桐を軸に回る集団は、個々ではなく、集団自体が意志を持っているような印象を受けた。それは他でも無い。
集団の意思に見えたそれは、片桐個人の意思であり拒絶であったのだから、当たり前である。
藤白についても、最近分かったことがある。彼は周りに無関心なようでいて、実は人一倍、人間を観察しているという事だ。名も知らぬ先輩を穏やかに諭したと思えば、右成に対しては手を上げ、『実力差』と言う事実で捩じ伏せる。それが右成を黙らせる上で、最も効果的である事を理解しているからだ。
藤白は誰よりも、観察し、適応し、他人をコントロールする事に長けていた。
『人を動かす方法を教わった』と片桐は言った。藤白が何を片桐に吹き込んだのかは、右成の知る所では無いが。
人に繰り糸を括り付ける喜びをこの怪物に教えたのは、少なくとも彼で間違い無いのだと思った。
執着と盲信、崇拝。
そんな、形容し難い悍ましい感情から逃げるみたいに、右成はその場を離れたのを覚えている。

どれだけ人に囲まれていようと、片桐は孤独だった。藤白の孤独もまた、時が経つごとに深くなっていくようだった。少なくとも、右成の目にはそう写った。
そして、彼のジュニア時代からの先輩が部を卒業した時に、その孤独の正体を知る。
『こーくん』と。藤白がそう口を滑らせるのを聞いた。こーくん……浩平先輩は、この部で唯一、藤白よりも上手いと明確に断言できる選手だった。そして藤白自身が、地で羨望やら憧憬やらを向ける唯一の相手だった。
「お前がいて良かった」
ある日そう言った藤白を、保健室まで引き摺ったのは記憶に新しい。平熱である事を確かめて、「ニセモノめ!本物の藤白を何処へやった!」と詰め寄った右成。その鳩尾に拳を叩き込み、藤白は床のシミを数えながら口を開く。
「こーくんが言ってた意味が分かったかも」
「は?」
「『同期と仲良くしろ』って」
「仲良くって、もしかして俺のこと言ってる?俺のサブイボ見る?できたてのやつだけど」
「昼練、一人でする羽目になってた」
薄く笑う藤白に、呆気に取られる。平生の朴訥とした様子からは、考えられないようなしおらしさだった。
自分に向けられる感情に鈍感で、向けられる好意にも、悪意にも気付かない。誰からどう思われても構わない、霞みたいに掴みどころが無い。
概ね、藤白に対する印象は変わらない。
「……お前、思ってたより人間なんだな」
「はぁ?」
ただ、完全無欠では無かった。一人で戦い続けられるほど、人間離れしてはいなかった。
「安心しろよ。お前より上手くなってやるから」
「……」
普段は死んだように色の変わらない目が、驚いたように見開かれる。2年目にして初めて見る同期の素顔に、右成は昂然と笑った。やや於いて少し濡れた目は、帰る家を見つけた子供のような色をしていた。

こーくん……一つ上の代を超える功績を残した時、藤白の表情は、より一層孤独に沈んだ。そして偶像を追うように、藤白は浩平の通う学校に進学を決めた。右成もまた、同じ学校に進学した。隣に並び立てるまで、その背を追うと決めていた。



***



母親に手を繋がれた少女が、男子中学生が。トレーにハンバーガーやポテトを乗せた女子高生が、その席を横目で見ては頬を染める。
注文用のレジカウンターのすぐ隣。テーブル席に向かい合った青年2人は、よく衆目の目を惹いた。
1人は襟足の長い黒髪に、二重幅の広い、深い色をしたブラウンの目を持つ。桜と一緒に攫われそうな儚さを纏う青年だった。そしてもう1人は、短く切り揃えられた濡羽色の髪に、鼻筋の通った面差しをしている。凛とした空気と、ぴんと伸びた背筋。何処か洗練された空気感を纏う青年だった。
両者とも恵まれた体躯に、均整の取れた手足が付随しており、その一挙手一投足は銀幕の1シーンを思わせる。
好奇、羨望、或いは期待。それらの入り混じった視線をほしいままにしながら、青年───背筋の伸びた方は、穏やかな目元を涼しげに細めた。
「片桐クンはさぁ」
脚を組み替えポテトを咥えながら、事も無げに首を傾げる。
「藤白のことが好きなの?」
「……?」
「好きなの?」
「うん。好きだよ?」
『片桐クン』が嬉しそうにハンバーガーを咀嚼し、嚥下するのを見届けて、また気怠げに米神を揉み解す。
「…………ラブって意味で?」
きょと、と目を瞬いて、片桐は「どうして?」と笑う。頑是無い少年のような無邪気さに、話題を振った方の青年──右成は、顔を顰める。それを自分の口から説明するのは気が進まない。この青年を誘き寄せるために捻出したジャンクフード代を数えて、席を立ちたい衝動を抑え込んだ。
「藤白が片桐クンと付き合ってるのって、最近クラスの女子から聞かれる」
「…………」
「それって君の提案だよね。藤白から聞いた」
「そうだよ」
事態を理解したのか、片桐はハンバーガーを置く。長い指を組めば、がらりと空気が変わるようだった。悠然と微笑む青年に、また「藤白の事、好きなの」と尋ねる。少し考えるような素振りすら、右成の目には白々しく写った。
「違う、と思う」
「そうなの?俺はてっきり、そうだと思ってたよ」
目を細める。宿った怜悧な光を、覆い隠すような所作だった。
「『下心無い』って言い張るのは、流石にキツくない?」
「下心」
「恋のおまじないしたり、恋人ごっこしたがったり」
「…………」
「─────藤白のこと好きな子、寝取ったり」
湯田さん、と言ったか。下の名は忘れた。学年で1、2を争うと呼び声の高い美女で、中学の頃、唯一藤白と連絡のやり取りをしていた。
マメな方でも無い藤白に、健気に好意を伝えていた。藤白の横から冷やかしていたから、右成は知っている。
けれど、すぐに湯田からの連絡は来なくなった。
鈍感、モノグサ、連絡不精の藤白に愛想を尽かしたのだと、最初は考えていた。けれどすぐに、それは間違いだと分かる。
程なくして学年1の美男美女が付き合い、別れたと言う噂が流れたからだ。
今でこそ断言できるが、片桐が見ていたのは、学年1の美女では無かったのだろう。昔も今も、青年の頭の中には、藤白侑希しか居ない。
「やだなぁ」と間延びした声で笑う声に、右成は表情を落とす。どう否定しようと、『自分の都合で、他人の恋心を弄んだ』と言う事実は譲らないつもりだった。
こて、と青年が首を傾げれば、濡羽色の髪が、彫像じみた相貌に不自然な影を落とした。
「あの子は、侑希と付き合ってすら無かったでしょ?寝取り、とは全然違う。俺はただ、健全にお付き合いして、健全に別れただけ。何もおかしな事なんて無い」
「……表の文脈はね」
「そもそもね。あの子とは、身体の関係なんて無いよ。キスもしてない」
「好きでも無い相手とは、キスもセックスはもできない?」
「おれってロマンチストなのかな」
「片桐クンって、意外とクズなんだ」
声音に反して、右成の表情は剣呑さを増す。ハンバーガーを頬張って、鈴を転がすみたいな笑み聲を上げて。片桐は、悪戯が見つかった子供のような笑みを浮かべる。
「そもそもおれ、下心無し、なんて一言も言ってないよ」
「…………」
「目的はちゃんとある。なんの見返りも無く頑張れるほど、おれは出来た人間じゃないよ」
「ウチの選手にゲイだの何だのの風評を撒き散らすだけの、正当な目的があるんだろうね?」
「顔が怖いよ、右成くん」
薄い唇から、真っ赤な舌が覗く。指先に付いたケチャップを舐めて、薄らと目を細める。僅かに滲んだ、纏わりつくような悪意。それを覆い隠すのが、あの白々しい稚気なのだと、右成はまた理解する。
「おれはただ、侑希と一緒にいたいだけ」
何が悪いの、と、言外に問いかける。
「学校卒業しても、ハタチになっても、プロになっても、おじさんになっても、おじいさんになっても、お墓に入っても。ずーっと一緒にいたいだけ」
「だから?」
「そのために1番確実なのが『恋人』なら、おれは侑希と恋人になるために何だってする」
「キスもセックスもできねぇ奴が、恋人を手段みたいに言うんだ?」
「キスもセックスも、侑希とならできるよ、おれ」
……侑希以外の男とは、多分ちょっと無理だけど。
今度こそ、右成はえずいた。心の底からの嫌悪感を露わにして、心の底からの侮蔑を眼前の青年へと向けた。
それを恋慕と言わず何と言うのか、と。
大層な言葉で飾り立ててはいるが、この男は、自分の恋慕を満たす事しか考えていない。名もしれぬ少女の心も、藤白本人すらも。それら全てを踏み躙って、剰えそれを正当化しようとしている。
ここまで邪悪な生き物を、右成は今日まで見たことがなかった。
「……あの子みたいな正しさも無ければ、君みたいな実直さもない」
独り言のように言いながら、紙コップに刺さったストローをクルクルと回す。青年の声を聞きたくなくて、氷が擦れ合う音に意識を集中させて。
「おれはね、おれが無能なのを理解してる。人より劣ってる事も」
思わず視線を戻す。
先刻までの白々しさは無く、片桐の相貌には、得も言われぬ空白があるだけだった。オレンジ色の照明を反射した目が、冷たいだけの宝玉のように思えた。
右成が訝しむように目を細めると、思い出したように、真っ新な顔が笑みの形に歪んだ。
「だから何かを手に入れたい時は、人よりもずっと慎重に、念入りに事を進めなきゃならない。選り好みなんてしてられないし、妥協は許されない。正当も不当も事実も、侑希自身の意思も。そんな物考えてたら、おれは何も手に入れられない」
「おれはおれのためだけに、おれに出来る最善を尽くす」
「だからコツコツ布石を打ってきたの。君が侑希と出会うずっと前からね」
滑らかに、唄うように語る。本当に、心の内を吐露しているだけと言う様子だった。
右成は、昔見た特撮映画を思い出す。人類の脅威となる、巨大生物の姿。
誰よりも巨大で、強靭で、優れた怪物。
自分が人間に劣っていると本気で信じ込み、巨腕を振り回して、我武者羅に足掻いて。周りの何もかもを薙ぎ倒し、押し潰し、蹴散らしていく。

「そういうのを恋って言うんなら、好きに呼ぶと良いいんじゃない。おれは違うと思うけどね」

その通りだと思った。
この男が抱える感情は、『恋慕』などではなかった。『恋慕』などと言う、生易しい物ではない。
もっと重く、凶悪で、悍ましい何か。剥き出しの欲望だ。
「……お前が本気なのはよく分かったよ。なりふり構ってられないのも」
強張った指を、ゆっくりと解き解す。指先の感覚を確かめながら、「でも」と硬い声で言葉を継いだ。
「あいつのバレーの邪魔すんなら、俺もなりふり構ってられないから」
「それは心配要らないでしょ。何があろうと、バレーを疎かにはしないよ。俺と違って、侑希は凄いから」
透き通った目のまま、小首を傾げる。「それに」と言った口調は、中学の時に見せた表情と、全く同じ物だった。這い寄ってくるような悪寒に、右成は肩を揺らす。
「侑希はおれを選ぶよ」
穏やかでいながら、確信めいた声音。それは願望でも何でもなく、ただそこにある事実を述べているだけだった。
────『だからコツコツ布石を打ってきたの。君が侑希と出会うずっと前からね』
先刻の青年の言葉が、脳内を駆け抜ける。自らと出会う前に、この男が藤白にどんな種を植え付けたのかは知らない。ただこの男──どこまでも慎重で、我慢強いこの男が動き出したと言う事が、絶望的な事実を示唆しているように思えた。
「侑希は、もう俺を拒絶できなくなってるよ。あいつは孤独だから」
「孤独ではないだろ」
「そうなの?でも大事なのは、侑希から見た世界だよ。事実がどうだろうと、あいつがそう思う限り、あいつは孤独だ」
「………本当に彼奴に何吹き込んで……」
「大好きな先輩が、いつか居なくなる事を知っている。切磋琢磨してきた友達は、自分よりずっと後ろにいる」
優しげに目元を撓ませ、口端を吊り上げた。完全無欠な笑みだった。綻び一つなく、満ち足りている。
「何でも良いんだよ。どんなに馬鹿らしくても、強引でも。きっかけさえあれば、今の侑希は落ちてくる」
「………」
「この一瞬でも、侑希に遅れを取ったのは失敗だったね」
前触れもなく自らに向けられた矛先に、身を固くする。まるで自らが、その一端を担ったとでも言いたげな口調。身構える右成を、愉快そうに眺めて。
「ダメじゃない、ちゃんとバレー頑張らないと」
とん、と。おもむろに伸ばされた指先が、右成の胸を軽く叩いた。
『称賛するなよ』
『そうだけど、お前はだめだろ』
『お前は張り合って来いよ。いつも通り』
記憶と後悔が、濁流のように押し寄せる。同期の言葉が、反芻するごとに悲痛な叫びに変わっていくようだった。
なぜ、忘れていたのか。
あれが孤独なのは理解していた。だから、並ぶ時まで追い続けると決めた。なのに、自分は何を弱気になっていたのか。
一瞬でも、同じ土俵に立つことを諦めた。そして、それをよりにもよって本人に悟られた。
……あの時、あいつはどんな顔をしていたっけ。
呆然としたまま、目の前の男へと視線をだけを向ける。男はやはり、笑っている。
「おれ、そろそろ出なきゃ。9時から侑希とランニング」
乾いた笑み声は、たしかに、嘲笑と呼ばれるそれだった。
右成は、確かに自分の頭から血の気が引いていくのを感じた。
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