上 下
15 / 17
高校進学編

特殊会話 前の席の彼

しおりを挟む
 文化祭を2週間前に控えたクラスには、どこか浮ついた空気感が蔓延していた。普段ならばその喧騒の一員となるところだが、今日の俺は違う。
 スーツケースの奥から引っ張り出してきた小説を捲りながら、思い出すのは昨日のやり取りだった。

────『この前、学校で告白されたんだ』

 そう切り出した弟に、俺は天を仰いだ。
 弟がケツを狙われている。
 即座に臀部に注がれた俺の視線に気付いてか、「彼はどうやらネコらしい」と世界一要らない補足を入れてくる弟。
 男所帯というだけあって、見目の良い男子生徒が祭り上げられたり、そういう目で見られること自体は無いことはない。が、入学して半月も経たないうちに『ホンモノ』を釣ってくる弟は、間違い無く逸材と呼ばれてしかるべきだ。
 悄然と説明する俺に、弟もこころなしゲッソリした様子で答える。
「俺の膂力じゃ中々太刀打ちできなくて……だってついこの前まで中坊だったんだよ」
 剥かれかけている。しかもおそらく先輩に。
 そこまで深刻になる前に。もっと早く言ってくれという叫びを、すんでで飲み込む。あいつを避けていたのは、確かに俺の方だったからだ。
「……もう黙れお前………………」
 結果、俺の口から出てきたのは、そんな情けない呻き声で。口を開くたびに判明していく最悪の状況に、もう耐えられなかった。

「その犯人、20ページ目で出てきた技師だよ」
「はい?」
 素っ頓狂な声が漏れる。苦い記憶から意識を引き戻し、弾かれるように顔を上げる。
いつのまにか、前の席の男子生徒が俺の手元の小説を覗き込んでいた。
 伏せられた睫毛は絨毯みたいに長く、肌は真っ白でいて陶器のように滑らかで。総じて、40年弱で培われた俺の無神論的価値観を、根本から覆すような美貌だと思った。こんなの、神の力作としか思えない。
「な、なんて?」
「その小説の犯人は20ページ目で出てきた技師だって言ってる」
「ドえらいネタバレだ……」
 人によっては一発で縁を切られかねない非常識をカマしながらも、律儀に一言一句違わずに答えてくれる美丈夫。
 その席は、確か、主人の欠席によって、新学期が始まって以来常に空席であったはず。
 彼のくつろぎようから見るに、彼の席で間違いは無いのだろう。
「反目(そりめ)くん?」
 言えば、無機質な黒目が、手元の本からこちらへと向けられる。
「ええと。初めましてだよね?」
「そうだね」
 会話が終わってしまった。
 胸を掻きむしりたくなるような衝動を抑えて、片目を開ける。反目くんは、どこを見ているかよくわからない目で、「僕の名前」と言った。
「僕の名前、覚えてたの?」
「そりゃ前の席だし……」
 ごく自然に嘘をつきながら、頬を掻く。彼の名前が脳裏に残っていたのは、決して前の席だからというだけでは無い。だからと言って、それを共有したとて、俺が早々に『頭のおかしい奴』認定されて終わりだ。
「それより、俺に何かよう?」
 居た堪れなくなって話を逸すも、光を反射しない目は微動だにしない。きつい。間が独特すぎる。
 いっそ叫び出してやろうかなどと考え始めた時。
ぐる、と、模糊とした黒目が虚空に幾何学を描いた。
「お隣さんとお向かいさんには挨拶するものだろう」
「へ?」
「交友関係においては第一印象が肝心だ」
「交友関係。交友関係って言ったか、今」
「うん」
「誰と誰の」
「僕と君の」
 絶句である。この男、なんと俺と友達になる気でいたらしい。だとすればあのネタバレは、『席前後だな、仲良くしてくれよな』みたいな挨拶感覚で繰り出された暴挙なのだろうか。コミュニケーションが下手すぎるだろ。
「ならこうしよう」
 何かを察したように声を上げる反目くん。俺は自分がどんな表情をしているのかわからないが、多分満面の笑みとかでは無いのは確かだ。
「僕は君の困りごとを一緒に解決してあげる」
「思ったより必死だったりする?」
「なぜなら友達とは助け合うものだから」
「必死だ……」
 腕を組みながら唸る。
 俺とて鬼ではないので、ここまでの必死な売り込みを無下にするのは胸が痛くなる。平生ならば、渋々ながらも「1年間よろしくね」と素直に手を差し出していたところだろう。
 相手が反目くんでさえなければ。

────この小説シリーズの重要人物である、『反目優介』と同姓同名の男でさえなければ。

 迷った末に口に出した言葉は、始業のチャイムに掻き消された。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

早瀬くんは部活に集中したい

ベポ田
BL
バレーにかけた青春 みんな目が死んでる 道端で泣いてたイケメンに巻き付かれて、早瀬くんは鬱気味。

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

蔑まれ王子と愛され王子

あぎ
BL
蔑まれ王子と愛され王子 蔑まれ王子 顔が醜いからと城の別邸に幽閉されている。 基本的なことは1人でできる。 父と母にここ何年もあっていない 愛され王子 顔が美しく、次の国大使。 全属性を使える。光魔法も抜かりなく使える 兄として弟のために頑張らないと!と頑張っていたが弟がいなくなっていて病んだ 父と母はこの世界でいちばん大嫌い ※pixiv掲載小説※ 自身の掲載小説のため、オリジナルです

過保護な不良に狙われた俺

ぽぽ
BL
強面不良×平凡 異能力者が集まる学園に通う平凡な俺が何故か校内一悪評高い獄堂啓吾に呼び出され「付き合え」と壁ドンされた。 頼む、俺に拒否権を下さい!! ━━━━━━━━━━━━━━━ 王道学園に近い世界観です。

【完結・短編】もっとおれだけを見てほしい

七瀬おむ
BL
親友をとられたくないという独占欲から、高校生男子が催眠術に手を出す話。 美形×平凡、ヤンデレ感有りです。完結済みの短編となります。

BLドラマの主演同士で写真を上げたら匂わせ判定されたけど、断じて俺たちは付き合ってない!

京香
BL
ダンサー×子役上がり俳優 初めてBLドラマに出演することになり張り切っている上渡梨央。ダブル主演の初演技挑戦な三吉修斗とも仲良くなりたいけど、何やら冷たい対応。 そんな中、主演同士で撮った写真や三吉の自宅でのオフショットが匂わせだとファンの間で持ち切りに。 さらに梨央が幼い頃に会った少女だという相馬も現れて──。 しゅうりおがトレンドに上がる平和な世界のハッピー現代BLです。

悪役令息は断罪を利用されました。

いお
BL
レオン・ディーウィンド 受 18歳 身長174cm (悪役令息、灰色の髪に黒色の目の平凡貴族、アダム・ウェアリダとは幼い頃から婚約者として共に居た アダム・ウェアリダ 攻 19歳 身長182cm (国の第2王子、腰まで長い白髪に赤目の美形、王座には興味が無く、彼の興味を引くのはただ1人しか居ない。

処理中です...