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高校進学編
特殊会話 前の席の彼
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文化祭を2週間前に控えたクラスには、どこか浮ついた空気感が蔓延していた。普段ならばその喧騒の一員となるところだが、今日の俺は違う。
スーツケースの奥から引っ張り出してきた小説を捲りながら、思い出すのは昨日のやり取りだった。
────『この前、学校で告白されたんだ』
そう切り出した弟に、俺は天を仰いだ。
弟がケツを狙われている。
即座に臀部に注がれた俺の視線に気付いてか、「彼はどうやらネコらしい」と世界一要らない補足を入れてくる弟。
男所帯というだけあって、見目の良い男子生徒が祭り上げられたり、そういう目で見られること自体は無いことはない。が、入学して半月も経たないうちに『ホンモノ』を釣ってくる弟は、間違い無く逸材と呼ばれてしかるべきだ。
悄然と説明する俺に、弟もこころなしゲッソリした様子で答える。
「俺の膂力じゃ中々太刀打ちできなくて……だってついこの前まで中坊だったんだよ」
剥かれかけている。しかもおそらく先輩に。
そこまで深刻になる前に。もっと早く言ってくれという叫びを、すんでで飲み込む。あいつを避けていたのは、確かに俺の方だったからだ。
「……もう黙れお前………………」
結果、俺の口から出てきたのは、そんな情けない呻き声で。口を開くたびに判明していく最悪の状況に、もう耐えられなかった。
「その犯人、20ページ目で出てきた技師だよ」
「はい?」
素っ頓狂な声が漏れる。苦い記憶から意識を引き戻し、弾かれるように顔を上げる。
いつのまにか、前の席の男子生徒が俺の手元の小説を覗き込んでいた。
伏せられた睫毛は絨毯みたいに長く、肌は真っ白でいて陶器のように滑らかで。総じて、40年弱で培われた俺の無神論的価値観を、根本から覆すような美貌だと思った。こんなの、神の力作としか思えない。
「な、なんて?」
「その小説の犯人は20ページ目で出てきた技師だって言ってる」
「ドえらいネタバレだ……」
人によっては一発で縁を切られかねない非常識をカマしながらも、律儀に一言一句違わずに答えてくれる美丈夫。
その席は、確か、主人の欠席によって、新学期が始まって以来常に空席であったはず。
彼のくつろぎようから見るに、彼の席で間違いは無いのだろう。
「反目(そりめ)くん?」
言えば、無機質な黒目が、手元の本からこちらへと向けられる。
「ええと。初めましてだよね?」
「そうだね」
会話が終わってしまった。
胸を掻きむしりたくなるような衝動を抑えて、片目を開ける。反目くんは、どこを見ているかよくわからない目で、「僕の名前」と言った。
「僕の名前、覚えてたの?」
「そりゃ前の席だし……」
ごく自然に嘘をつきながら、頬を掻く。彼の名前が脳裏に残っていたのは、決して前の席だからというだけでは無い。だからと言って、それを共有したとて、俺が早々に『頭のおかしい奴』認定されて終わりだ。
「それより、俺に何かよう?」
居た堪れなくなって話を逸すも、光を反射しない目は微動だにしない。きつい。間が独特すぎる。
いっそ叫び出してやろうかなどと考え始めた時。
ぐる、と、模糊とした黒目が虚空に幾何学を描いた。
「お隣さんとお向かいさんには挨拶するものだろう」
「へ?」
「交友関係においては第一印象が肝心だ」
「交友関係。交友関係って言ったか、今」
「うん」
「誰と誰の」
「僕と君の」
絶句である。この男、なんと俺と友達になる気でいたらしい。だとすればあのネタバレは、『席前後だな、仲良くしてくれよな』みたいな挨拶感覚で繰り出された暴挙なのだろうか。コミュニケーションが下手すぎるだろ。
「ならこうしよう」
何かを察したように声を上げる反目くん。俺は自分がどんな表情をしているのかわからないが、多分満面の笑みとかでは無いのは確かだ。
「僕は君の困りごとを一緒に解決してあげる」
「思ったより必死だったりする?」
「なぜなら友達とは助け合うものだから」
「必死だ……」
腕を組みながら唸る。
俺とて鬼ではないので、ここまでの必死な売り込みを無下にするのは胸が痛くなる。平生ならば、渋々ながらも「1年間よろしくね」と素直に手を差し出していたところだろう。
相手が反目くんでさえなければ。
────この小説シリーズの重要人物である、『反目優介』と同姓同名の男でさえなければ。
迷った末に口に出した言葉は、始業のチャイムに掻き消された。
スーツケースの奥から引っ張り出してきた小説を捲りながら、思い出すのは昨日のやり取りだった。
────『この前、学校で告白されたんだ』
そう切り出した弟に、俺は天を仰いだ。
弟がケツを狙われている。
即座に臀部に注がれた俺の視線に気付いてか、「彼はどうやらネコらしい」と世界一要らない補足を入れてくる弟。
男所帯というだけあって、見目の良い男子生徒が祭り上げられたり、そういう目で見られること自体は無いことはない。が、入学して半月も経たないうちに『ホンモノ』を釣ってくる弟は、間違い無く逸材と呼ばれてしかるべきだ。
悄然と説明する俺に、弟もこころなしゲッソリした様子で答える。
「俺の膂力じゃ中々太刀打ちできなくて……だってついこの前まで中坊だったんだよ」
剥かれかけている。しかもおそらく先輩に。
そこまで深刻になる前に。もっと早く言ってくれという叫びを、すんでで飲み込む。あいつを避けていたのは、確かに俺の方だったからだ。
「……もう黙れお前………………」
結果、俺の口から出てきたのは、そんな情けない呻き声で。口を開くたびに判明していく最悪の状況に、もう耐えられなかった。
「その犯人、20ページ目で出てきた技師だよ」
「はい?」
素っ頓狂な声が漏れる。苦い記憶から意識を引き戻し、弾かれるように顔を上げる。
いつのまにか、前の席の男子生徒が俺の手元の小説を覗き込んでいた。
伏せられた睫毛は絨毯みたいに長く、肌は真っ白でいて陶器のように滑らかで。総じて、40年弱で培われた俺の無神論的価値観を、根本から覆すような美貌だと思った。こんなの、神の力作としか思えない。
「な、なんて?」
「その小説の犯人は20ページ目で出てきた技師だって言ってる」
「ドえらいネタバレだ……」
人によっては一発で縁を切られかねない非常識をカマしながらも、律儀に一言一句違わずに答えてくれる美丈夫。
その席は、確か、主人の欠席によって、新学期が始まって以来常に空席であったはず。
彼のくつろぎようから見るに、彼の席で間違いは無いのだろう。
「反目(そりめ)くん?」
言えば、無機質な黒目が、手元の本からこちらへと向けられる。
「ええと。初めましてだよね?」
「そうだね」
会話が終わってしまった。
胸を掻きむしりたくなるような衝動を抑えて、片目を開ける。反目くんは、どこを見ているかよくわからない目で、「僕の名前」と言った。
「僕の名前、覚えてたの?」
「そりゃ前の席だし……」
ごく自然に嘘をつきながら、頬を掻く。彼の名前が脳裏に残っていたのは、決して前の席だからというだけでは無い。だからと言って、それを共有したとて、俺が早々に『頭のおかしい奴』認定されて終わりだ。
「それより、俺に何かよう?」
居た堪れなくなって話を逸すも、光を反射しない目は微動だにしない。きつい。間が独特すぎる。
いっそ叫び出してやろうかなどと考え始めた時。
ぐる、と、模糊とした黒目が虚空に幾何学を描いた。
「お隣さんとお向かいさんには挨拶するものだろう」
「へ?」
「交友関係においては第一印象が肝心だ」
「交友関係。交友関係って言ったか、今」
「うん」
「誰と誰の」
「僕と君の」
絶句である。この男、なんと俺と友達になる気でいたらしい。だとすればあのネタバレは、『席前後だな、仲良くしてくれよな』みたいな挨拶感覚で繰り出された暴挙なのだろうか。コミュニケーションが下手すぎるだろ。
「ならこうしよう」
何かを察したように声を上げる反目くん。俺は自分がどんな表情をしているのかわからないが、多分満面の笑みとかでは無いのは確かだ。
「僕は君の困りごとを一緒に解決してあげる」
「思ったより必死だったりする?」
「なぜなら友達とは助け合うものだから」
「必死だ……」
腕を組みながら唸る。
俺とて鬼ではないので、ここまでの必死な売り込みを無下にするのは胸が痛くなる。平生ならば、渋々ながらも「1年間よろしくね」と素直に手を差し出していたところだろう。
相手が反目くんでさえなければ。
────この小説シリーズの重要人物である、『反目優介』と同姓同名の男でさえなければ。
迷った末に口に出した言葉は、始業のチャイムに掻き消された。
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