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地元編

追加クエスト 夏休みの帰省

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 その後も、俺は弟に扱かれながら勉学に励み、受験当日を迎えた。
 受験時間いっぱいを寝て過ごそうと考えていた俺を、弟は「兄貴は本当に家族が大事なんだね」と父母の背後で微笑みながら見送った。
 父母の命を背負わされた俺は、受験時間いっぱいを使ってひたすらに検算と見直しをした。
 本当に危なげなく貴船に受かってしまった。

***

 さて、そんなこんなで俺は貴船高校での生活を満喫──だなんてそうは問屋が卸さない。
 流石に電車を二駅乗り継いで体操服を借りに来ることは無かったが、弟の監視は健在だった。
 具体的には、オープンスクールの際に俺の交友関係を把握。然るのちに、友人とクラスメイトに接触し、その日のうちに連絡先を交換した。
 俺は友人とクラスメイトを通して弟に監視される学園生活を送っていた。

「憂鬱だ…………」
 バスのステップを降り切って、キャリケースを下ろす。蝉の鳴き声は学校よりかは控えめであるが、アスファルトの照り返しでプラマイゼロだ。
 夏休み。
 長期休暇中も寮は開放されてはいるが、希望者は帰省することが許されている。高学年に進むに連れて寮に残る生徒が増えて来るらしいが、俺含めた新入生は殆どが地元への帰省を希望した。
 額に汗を浮かべながら、陽炎にゆらゆら揺れる街並みを見回す。半年も経っていないと云うのに、どことなく知らない場所のように思えて。
 どことなく心細い気持ちのまま、キャリーケースを転がしながら家路を辿る。

「高倉さん?」

 立ち止まる。高倉とはどこにでもいる苗字でもないし、その声に少なからず聞き覚えがあったから。
 振り返れば、「やっぱり高倉さんだ」と、セーラー服の少女が顔を綻ばせた。

 ジーワジーワと蝉が鳴いている。
 コンクリートジャングルから少し離れた場所にある公園のベンチに腰掛けて、アイスキャンデーの袋を破る。パキンと割って片方を隣の少女に渡せば、黒目がちな双眸を少しだけ見開いて、「ありがとう」と言った。
 「見知った背中を見かけたから、つい声かけちゃった。ごめんね」
「いやいや、俺も久々の地元で結構心細かったからさ。ありがとね、美樹ちゃん。声かけてくれて」
 美樹ちゃん、と。俺がその名を口にすると、少女──美樹ちゃんは「覚えててくれたんだ」表情を綻ばせた。
 美樹ちゃんは、弟の同級生である。家も近所で、地域の寄り合いがあれば会釈をする程度の面識。
 潤んだ双眸に、血管が透けるような真っ白な肌。ほっそりとした肢体はところどころまるみを帯びていて、柔らかそうな、こちらの庇護欲を煽るような風態だ。三つ編みに纏められた長髪も、手入れが行き届いていて艶めいていて。
 物静かなので目立つ方では無かったけれど、密かに彼女に思いを寄せる男子生徒は少なくなかった。
 在学中はこれといった接点は無かったはずで、覚えていたのかと驚くべきは、どちらかと云うと俺の方だろう。
「高倉さんは今日帰ってきたの?」
「そう、見ての通り。……美樹ちゃんは?制服ってことは、学校帰り?」
「夏課外で午前出校。高校でもこう云うのあるのかな、やんなっちゃう。貴船くらい頭が良ければ格好つくんだろうけど」
 小さな口でアイスを齧って、憂鬱そうに呟く。そんな年相応の姿が、前世の姪っ子に重なってなんだか微笑ましい。俺もアイスを齧りながら、「そんなことないよ」なんて笑って。
 それから、美樹ちゃんとは他愛のない話をした。寮生活がどうだとか、アイツとアイツが付き合いだしたとか。互いの近況から、最近のニュースまで。他愛のない話を続けていれば、すでに日が傾きかけていた。
「もうこんな時間」
 スマホを見ながら目を剥く美樹ちゃんに、「送っていくよ」と答える。最近、近辺が何やらぶっそうなことになっていると云うのは、先刻話題に上がったばかりだった。
「えっ」
「『えっ』?」
 また目を剥く美樹ちゃんに、俺は何か不味いことをしたかと仰反る。うろうろと彷徨う節目がちな黒目を、ヒヤヒヤした心地で見守った。
「……なんか、そんな大人だったっけ、高倉さん」
「ン!?」
「いや……中学時代はもっとはっちゃけてる感じだったって云うか。こう、送って行こうかとかサラッと言うタイプじゃ無かったよね」
 眉間を揉みほぐしに掛かる右手を、咄嗟に左手で押さえる。そうだった。俺は今16歳なのだ。中学時代だって、俺はもっとフレッシュではっちゃけたクソガキだった。それが、何だ。先刻は車で姪っ子を送り迎えする社会人の感覚で、「送って行こうか」などと。
「い、いやほら、最近ぶっそうだって話だしさ!もう直ぐ夕方で危ないし、美樹ちゃんち通り道だし、それに──」
「ふふ」
 鈴を転がすような笑み声に、振り回していた手を止める。唇を引き結び、まじまじと美樹ちゃんを見ると、細められた上目遣いの視線とかちあって。頬をかすかに上気させ、はにかむように微笑む。
「高倉さん、カッコよくなったね」
 最近のガキはマセている。
 どこか戦々恐々とした心地のまま、俺は美樹ちゃんを家に送った。

***

「お帰り、兄貴」
「うおお!?」
 玄関を開けたら弟が居た。後ろ手に手を組んで、こちらを和かに見据えている。
「お、お前なんで?」
「なんでって。ここは俺の家でもあるんだよ、兄貴」
「そうじゃなくて玄関に────」
「あはは、兄貴が帰ってくるって聞いて。楽しみで居ても立っても居られなくて」
 いつから?まさかずっと玄関で待ってたのか?
 怖すぎて聞けなかった。俺は弱い。
 冷や汗が噴き出てきた顔面を見られないように、弟に背を向けてキャスターの汚れを拭き取る。相貌こそ見えないが、背中にじっと視線が突き刺さっているようで居心地が悪い。
「そういえばお前、夏課外だったんだろ。今年から始まったの?俺の時はそんなん無かったけど」
 沈黙を埋めるように話題を切り出す。スーツケースを持ち上げてリビングに向かう俺の横で、弟は「そうだよ」と言った。
「俺の学年、あんま成績良くないらしくてさ。夏休みの月曜は一日中課外」
「一日中?スパルタだな。でも今日は午前中だけだって──」
「最近ぶっそうな事件起きてるでしょ。だから大事をとって午前で切り上げ。それより兄貴」
 リビングの扉に手を伸ばせば、俺よりも先に弟の手がノブにかかる。行き場を無くした右手を見て、傍の弟を見て。俺はようやく、自分が何らかの墓穴を掘ったことを理解する。
「何で課外のこと知ってるの?」
「いや……」
「俺、話したっけ?それとも誰かから聞いたの?帰りが遅かったのはそのせい?」
 案の定、弟がノブを回す気配はない。俺が質問に答えるまで開ける気はないのだろう。俺は俺で、先刻の自分の言動を振り返るのに忙しい。どこだ、どこが不味かったというんだ。
「兄貴」なんて云う、妙に凄みを孕んだ口調に、俺は咄嗟に「美樹ちゃん」と答えた。
「美樹ちゃん?……ああ、春野」
「そうそう、春野さんちの。偶然会ってさ」
「こんな時間まで話し込んでたんだ?随分と話が弾んだんだね」
「ああ……」
 ぎゅう、と細められた双眸は、苛立ちを覆い隠すためものであると俺は知っている。把握する交友関係が増えることが気に入らないのだろうか。否、どちらかと言うとこいつは、俺に大事なものが出来るごとに、『人質が増えた』と小躍りするタイプだった筈。
 片目を細めれば、弟がノブを回す。
 リビングの扉が開いて、カレーの匂いがプンと漂ってきて。「あら、お帰り」なんて云う母親の言葉に、意識を引き戻す。
 返事をしながら盗み見た弟の横顔からは、既に負の感情は読み取れなくなっていた。
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