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地元編
チュートリアル 敵の性質を理解しましょう
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何か長い悪夢でも見ているのかと思ったけれど、俺は既に一度死んでいた。会社からの帰宅途中、車に轢かれて享年25歳。夢を見れるような身分ではない。
俺は高倉明希の兄として転生してしまったのか。
そんな仮説を確かめるべく、一応検証らしきことをした。死にかけたショックで、俺自身の頭がおかしくなってしまった可能性も大いにあり得ると思った。
けれども、そんな淡い期待もしっかりと打ち砕かれる。原作小説でアキは、自作の標本をとある廃墟に隠していた。日差しが届かないため、夏は涼しく冬は寒い。ただし、放置された発電機とヒーターがあって、冬はそれで温度を上げることができる。つまり、湿度と温度を一定に保つことに適した穴場だった。
朧げな記憶を頼りに訪れたそこには、虫の標本が几帳面に並べられていた。そして傍には、標本になり損なったカエルやネズミの死骸が、無造作に点在していて。
俺は池での一見以前は、この事を全くと言って良いほどに知らなかった。誓っても良い。
無から湧き出てきた妄想が、現実と合致する通りもなく。
俺はとうとう、「創作物」として扱ってきた世界に、自分自身が転生を果たしてしまったのだと認めざるを得なくなった。
「アキ」
すっかりと健康体に戻った俺は、腕を組み、神妙に唸る。
「なぁに、兄ちゃん」
眼前には正座させた弟。大きなどんぐりまなこを瞬いて、ぽやぽやと首を傾げる。猫っ毛に反射した光の輪も相舞って、さながら天使のような可愛さだ。だが、これがどちらかと言うと完全に悪魔寄りの生命体であると俺は知っている。
咳払いをして、絆されるな、俺はこいつに殺されかけたと自らに言い聞かせる。
「……おまえ最近、何か悩み事とかないか」
「?急にどうしたの」
「いや、俺も死にかけて思ったわけだ。いつ死ぬか分からん人生だ。こう、ぶっちゃけ弟のおまえの記憶には、『良い兄』として残りたいというかゴニョゴニョ…」
「兄ちゃん」
俺のゴニョゴニョを、弟は朗らかに遮る。
「たかしおじちゃんみたいな話し方をするんだね?」
婉曲的に、喋り方がオヤジくさいと言われた。
「……それに。兄ちゃんは、もう充分優しいでしょ」
優しげな目元をたわませて。純粋無垢な顔で、100%の世辞を言う弟。齢10である。末恐ろしすぎる。
……悩みに悩んだ末俺が選んだのは、弟を真っ当に更生させよう!ではなく、『俺だけでも助けてください』作戦だった。
作中でアキは、徹底して異常者として描かれている。表面的には魅力的だが、本性は冷酷で残虐。衝動性のままに凶行に及ぶこともある。だがその全てを、持ち前の知能の高さと卓越した適応能力でリカバリーして。
現に原作では、『突き落とされたんだ!このバケモノに!』と弟を指差して必死で訴えたらしい兄に対し、アキは自分の幼さと愛らしさをフル活用し、周りを味方につけて事なきを得る。そしてアキに目をつけられた兄は、高3にして自殺まで追い込まれる。当のアキは、それを『排除した』の一言で片付けた。
要は、最悪最凶のナチュラルボーンサイコパスなのだ。
応戦など論外。凡人俺が太刀打ちできる相手でもなしに、この善良な一般家庭から突然変異的に生まれ落ちた、生粋のモンスター。あからさまな環境要因が無いぶん、矯正にしても望み薄だ。アキ自身に変化を望むことはできない。
結果こうして指摘も追求もせず、何も気付かない、間抜けなお兄ちゃんのフリをする羽目になっている。
お察しの通り、自分だけは毒牙から逃れようという、人間性を完全に捨てた結論だった。
「じゃあほら、なんか欲しいものとかある?お兄ちゃんもう全部買ってあげちゃう!」
完全に三下だった。ハタチを超えたオッサンが、一生懸命小4のガキに媚を売っている。
そんな、ごく控えめに言って『オワッてる』現状に、弟の双眸から一瞬だけ色が消える。昆虫じみた、一片の感情すらない瞳だった。
「……兄ちゃんさえいてくれれば、ぼく、もう何もいらないよ」
そんな虚無を包み隠すように、すぐに翠眼がゆみなりにたわむ。
あまりにも空々しい言葉に、俺はとうとう白目を剥いた。
俺は高倉明希の兄として転生してしまったのか。
そんな仮説を確かめるべく、一応検証らしきことをした。死にかけたショックで、俺自身の頭がおかしくなってしまった可能性も大いにあり得ると思った。
けれども、そんな淡い期待もしっかりと打ち砕かれる。原作小説でアキは、自作の標本をとある廃墟に隠していた。日差しが届かないため、夏は涼しく冬は寒い。ただし、放置された発電機とヒーターがあって、冬はそれで温度を上げることができる。つまり、湿度と温度を一定に保つことに適した穴場だった。
朧げな記憶を頼りに訪れたそこには、虫の標本が几帳面に並べられていた。そして傍には、標本になり損なったカエルやネズミの死骸が、無造作に点在していて。
俺は池での一見以前は、この事を全くと言って良いほどに知らなかった。誓っても良い。
無から湧き出てきた妄想が、現実と合致する通りもなく。
俺はとうとう、「創作物」として扱ってきた世界に、自分自身が転生を果たしてしまったのだと認めざるを得なくなった。
「アキ」
すっかりと健康体に戻った俺は、腕を組み、神妙に唸る。
「なぁに、兄ちゃん」
眼前には正座させた弟。大きなどんぐりまなこを瞬いて、ぽやぽやと首を傾げる。猫っ毛に反射した光の輪も相舞って、さながら天使のような可愛さだ。だが、これがどちらかと言うと完全に悪魔寄りの生命体であると俺は知っている。
咳払いをして、絆されるな、俺はこいつに殺されかけたと自らに言い聞かせる。
「……おまえ最近、何か悩み事とかないか」
「?急にどうしたの」
「いや、俺も死にかけて思ったわけだ。いつ死ぬか分からん人生だ。こう、ぶっちゃけ弟のおまえの記憶には、『良い兄』として残りたいというかゴニョゴニョ…」
「兄ちゃん」
俺のゴニョゴニョを、弟は朗らかに遮る。
「たかしおじちゃんみたいな話し方をするんだね?」
婉曲的に、喋り方がオヤジくさいと言われた。
「……それに。兄ちゃんは、もう充分優しいでしょ」
優しげな目元をたわませて。純粋無垢な顔で、100%の世辞を言う弟。齢10である。末恐ろしすぎる。
……悩みに悩んだ末俺が選んだのは、弟を真っ当に更生させよう!ではなく、『俺だけでも助けてください』作戦だった。
作中でアキは、徹底して異常者として描かれている。表面的には魅力的だが、本性は冷酷で残虐。衝動性のままに凶行に及ぶこともある。だがその全てを、持ち前の知能の高さと卓越した適応能力でリカバリーして。
現に原作では、『突き落とされたんだ!このバケモノに!』と弟を指差して必死で訴えたらしい兄に対し、アキは自分の幼さと愛らしさをフル活用し、周りを味方につけて事なきを得る。そしてアキに目をつけられた兄は、高3にして自殺まで追い込まれる。当のアキは、それを『排除した』の一言で片付けた。
要は、最悪最凶のナチュラルボーンサイコパスなのだ。
応戦など論外。凡人俺が太刀打ちできる相手でもなしに、この善良な一般家庭から突然変異的に生まれ落ちた、生粋のモンスター。あからさまな環境要因が無いぶん、矯正にしても望み薄だ。アキ自身に変化を望むことはできない。
結果こうして指摘も追求もせず、何も気付かない、間抜けなお兄ちゃんのフリをする羽目になっている。
お察しの通り、自分だけは毒牙から逃れようという、人間性を完全に捨てた結論だった。
「じゃあほら、なんか欲しいものとかある?お兄ちゃんもう全部買ってあげちゃう!」
完全に三下だった。ハタチを超えたオッサンが、一生懸命小4のガキに媚を売っている。
そんな、ごく控えめに言って『オワッてる』現状に、弟の双眸から一瞬だけ色が消える。昆虫じみた、一片の感情すらない瞳だった。
「……兄ちゃんさえいてくれれば、ぼく、もう何もいらないよ」
そんな虚無を包み隠すように、すぐに翠眼がゆみなりにたわむ。
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