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そして、文化祭の日がやってきた。よく晴れた暑い日だった。大学の構内には所狭しと出店が並び、どこもかしこも人で溢れている。それはバンドのステージ前も例外ではない。
私は楽譜を握りしめて譜面を追いつつ、頭の中では全く別のことを考えていた。
「明日のステージが終わった後、根岸先輩と2人にしてくれないかな? 一瞬でもいいから」
「明日のステージの後、ユリに告白する。いつでもいいからユリと2人になれるようにしてほしい」
前者はユリ、後者は涼の言葉だ。つまりは告白の大渋滞。私だけが部外者だ。ずっと3人でいたのに。バランスの取れた三角形のつもりでいたのは、私だけだった。私も涼を好きだと気づいた今、バランスなんてものはどこかに消え去ってしまったも同然だけれど。
どうすれば良いんだろう。私はぎゅっと楽譜を握りしめる。涼にユリが根岸先輩に告白することを伝えるべき? いや、言ったって傷つくだけだし、どうせ告白したら知ることになる。そもそもどちらの告白を先にすれば良いんだろう。
そんなことをずっと考えていたせいか、リハーサルは散々だった。普段ならミスをしないところで音が飛び、焦っているうちに1人だけ取り残される。まるで今の私たちの関係みたいだ、と呆然と白黒の鍵盤を見つめながら思った。
「マルどうした、あんま気負うな」
本番直前、ステージ裏で楽譜を追う私に声をかけたのは、意外にも根岸先輩だった。涼はイヤホンをつけてエアドラムを叩いているし、ユリもギターをアンプに繋がずに練習している。
「すみません……」
私は唇を噛んで俯いた。恋愛に振り回される自分が情けない。
「楽譜通りに弾かなくても、最悪コード押さえてりゃ大丈夫だから」
ベースのチューニングをしながら根岸先輩は言う。すみません、ともう一度小さな声で繰り返した。
「1曲目のBメロのここ」
そう言いながら私の楽譜に顔を寄せた途端に、先輩の胸ポケットから煙草の箱が落ちた。先輩が拾おうと屈んだ瞬間、首元に赤い小さな噛み跡のようなものが見えた。チェーンに通して首から下げた指輪も。
「え」
私は声を上げた。先輩も私が声を上げた理由に気づいたのか、はっと首筋を手で押さえる。
「……見た?」
私は咄嗟に目を逸らして首を振った。でも、嘘だと言うのはわかったらしい。
「……見られたら仕方ないか、彼女にやられたんだ」
「彼女?」
「3つ上のオンナ。独占欲つえーんだ」
肩をすくめてそう言うと、人差し指を口に当てる。黙っててくれよ、と言うように。私は呆然と先輩の顔を見つめた。
「え、でも先輩、ユリのことが好きって噂が」
思わずそう言うと、先輩は笑い飛ばした。
「なんだそれ。妹みたいで可愛いなって誰かに言ったのを勘違いしたんだろ」
ねぎしせんぱーい、とユリが呼ぶ。今行く、と返事をして先輩は私の前から離れた。
私は楽譜を握りしめて譜面を追いつつ、頭の中では全く別のことを考えていた。
「明日のステージが終わった後、根岸先輩と2人にしてくれないかな? 一瞬でもいいから」
「明日のステージの後、ユリに告白する。いつでもいいからユリと2人になれるようにしてほしい」
前者はユリ、後者は涼の言葉だ。つまりは告白の大渋滞。私だけが部外者だ。ずっと3人でいたのに。バランスの取れた三角形のつもりでいたのは、私だけだった。私も涼を好きだと気づいた今、バランスなんてものはどこかに消え去ってしまったも同然だけれど。
どうすれば良いんだろう。私はぎゅっと楽譜を握りしめる。涼にユリが根岸先輩に告白することを伝えるべき? いや、言ったって傷つくだけだし、どうせ告白したら知ることになる。そもそもどちらの告白を先にすれば良いんだろう。
そんなことをずっと考えていたせいか、リハーサルは散々だった。普段ならミスをしないところで音が飛び、焦っているうちに1人だけ取り残される。まるで今の私たちの関係みたいだ、と呆然と白黒の鍵盤を見つめながら思った。
「マルどうした、あんま気負うな」
本番直前、ステージ裏で楽譜を追う私に声をかけたのは、意外にも根岸先輩だった。涼はイヤホンをつけてエアドラムを叩いているし、ユリもギターをアンプに繋がずに練習している。
「すみません……」
私は唇を噛んで俯いた。恋愛に振り回される自分が情けない。
「楽譜通りに弾かなくても、最悪コード押さえてりゃ大丈夫だから」
ベースのチューニングをしながら根岸先輩は言う。すみません、ともう一度小さな声で繰り返した。
「1曲目のBメロのここ」
そう言いながら私の楽譜に顔を寄せた途端に、先輩の胸ポケットから煙草の箱が落ちた。先輩が拾おうと屈んだ瞬間、首元に赤い小さな噛み跡のようなものが見えた。チェーンに通して首から下げた指輪も。
「え」
私は声を上げた。先輩も私が声を上げた理由に気づいたのか、はっと首筋を手で押さえる。
「……見た?」
私は咄嗟に目を逸らして首を振った。でも、嘘だと言うのはわかったらしい。
「……見られたら仕方ないか、彼女にやられたんだ」
「彼女?」
「3つ上のオンナ。独占欲つえーんだ」
肩をすくめてそう言うと、人差し指を口に当てる。黙っててくれよ、と言うように。私は呆然と先輩の顔を見つめた。
「え、でも先輩、ユリのことが好きって噂が」
思わずそう言うと、先輩は笑い飛ばした。
「なんだそれ。妹みたいで可愛いなって誰かに言ったのを勘違いしたんだろ」
ねぎしせんぱーい、とユリが呼ぶ。今行く、と返事をして先輩は私の前から離れた。
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