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サクラ
3.思いの丈、すれ違い
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「ヤっさんはさ、この後どうするの」
会計を済ませ、店を出たところで、サクラは沼田に問いかけた。
刹那、暗い影が沼田の表情に現れたが、すれ違う学生風の集団の騒ぎ声で掻き消され、すぐに消えた。
「別に……」
明らかに明言を避けた沼田に、サクラは何度目かの不安を覚えた。
「今日はさ、とりあえず一緒に帰ろうよ!」
「何処にだ?」
「そんなの、私の家に決まってるじゃん」
「っ馬鹿な―――」
あまりに突飛な提案に面食らった様子の沼田だったが、サクラは構わず言葉を続けた。
「だって、このままだと、また変なこと考えちゃうかもしれないじゃん」
語尾が少しだけ震え、サクラは再び涙しそうになることを必死に堪えていたが、ひとつ、ふたつと溢れた涙がサクラの頬を駆けた。
「わかった、わかったから、もう泣くな」
まったく、と頭を掻き俯く沼田を眺めながら、サクラは頬を拭い、ふっと柔らかく微笑んだ。
目覚ましの音に交じり、下から鼾の音が響く。
ロフトから身を乗り出し下を覗くと、ソファの上で沼田が気持ちよさそうに眠っていた。
時計は朝の六時を指している。
カーテンの隙間から、既に昇った太陽の光が差し込み、外は良く晴れていることを知らせているようだった。
サクラは、梯子を下りると、沼田を起こさないように抜き足でソファの横をすり抜け、洗面所へと向かった。
はじめて沼田がこの家に来たときは、かなり気を遣ったが、朝に弱いのか、サクラが家を出るまで起きることはないことを、この二か月で学んだ。
(もう二か月か……)
朝食兼弁当の卵焼きを焼きながら、サクラは沼田が来てからの日数を数えていた。
正直、サクラもこの先どうすることが正解なのか、悩み始めていた。
父と同じ影を見た沼田をどうにか救いたいと勢いで家へと連れてきたものの、彼自身がこのまま好転することなど、まずないということは目に見えていた。
かといって、サクラ自身がこれ以上何かしてしまうのも、きっと彼には負担になるだろう。
負担と感じれば、彼はそのまま家を出て、再び命を絶とうとするかもしれない。それだけは避けたかった。
(どうするのが正解なのかなぁ……)
考え事をしながら焼いた卵焼きは、少し苦く仕上がった。
きれいな部分を皿に分け、冷蔵庫にしまうと、いつものようにメモ書きと沼田への昼食代を机に置き、サクラは仕事へと出掛けた。
「サクラちゃんってさぁ、最近疲れた顔してるよね」
ベッドサイドで煙草を吹かしている常連の客が、帰り支度を始めるサクラの背中に言葉をかけた。
「そ、そうですかぁ?」
「うん、なぁんか、切羽詰まってますって感じ」
はっ、と振り返ると、予想していない反応だったのか、客は驚き、吹かした煙草に噎せてしまった。
「ごめんなさい!驚かせるつもりなくて」
平謝りするサクラに大きくかぶりを振り、客は煙草を揉み消すと、立ち上がり、サクラの手を握った。
「ま、色々あるだろうけど、俺はサクラちゃんの味方だからさ」
握られた手の中に何かを握らされた感覚があり、開くと、折りたたまれた一万円札がそこにあった。
「美味しいものでも食べておいで」
「いいんですか??」
「もちろん!」
サクラは、客に優しくハグをして、お礼を言い、部屋を出た。
客に突かれた図星の所為もあってか、正直貰った一万には、あまり心が躍らなかった。
(ヤっさんと、ちゃんと話さないとかなぁ)
朝からつきまとう悩みに頭を抱えながら、サクラはホテルの入口で待つドライバーのもとへとぼとぼと歩いて行った。
結局その日は大して指名も入らず、お茶を挽いてばかりの一日だった。
沼田にどう切り出そうか考えていたら、あっという間に自宅の玄関までたどり着いてしまった。
(やっぱりいつも通り、普通にお話ししよう)
サクラはひとつ深呼吸をし、ドアを勢いよく開けた。
「ただいまーっ!!」
テレビを見ているのか、沼田はこちらに背を向けていて反応がない。いつもであればおかえりと返してくれていたのに、である。
小さな違和感を感じながらも、サクラは沼田へ話しかけた。
「ねぇねぇ、ヤっさん。実は今日お客さ―――」
「サクラ」
被せる様に沼田は喋り始めた。いつもと違う。サクラは、嫌な想像が頭を巡った。
「お前さ、どういうつもりなんだ?」
「何?何の話??」
「見ず知らずのおっさん家に上げて、挙げ句毎日金渡して。何なんだよ」
「なんで怒ってるの??わたし、ヤっさんの気に障るようなことした?」
動揺が隠せないサクラは、未だテレビから目を離さず背中を向かる沼田の後ろに腰を下ろし、沼田の答えを待った。
「……別に」
その言葉に、サクラの心の内を見透かされたような気がした。
サクラは、自身の焦りを隠すように、早口で言葉を並べる。
「そんな、別にって。だったらそんな言われ方する覚えはないよ。確かに、ちょっと怪しいかもしれないけど、でもさ、こっちだって色々考えて……今のヤっさんのしてることって、ただの八つ当たりだよ!」
言い過ぎた、と思ったが時既に遅く、放たれた言葉に切り返すようにして、沼田は小さく呟いた。
「何とかしてくれなんて、頼んだつもりはない」
その言葉を聞いた途端、サクラは頭が真っ白になり、気が付けば沼田の肩を掴み引き寄せ、勢いそのまま頬を平手打ちしていた。
「ヤっさんのばかっっ!!」
サクラは駆け出し、そのまま家の外へと飛び出した。
何も考えたくなかった。
会計を済ませ、店を出たところで、サクラは沼田に問いかけた。
刹那、暗い影が沼田の表情に現れたが、すれ違う学生風の集団の騒ぎ声で掻き消され、すぐに消えた。
「別に……」
明らかに明言を避けた沼田に、サクラは何度目かの不安を覚えた。
「今日はさ、とりあえず一緒に帰ろうよ!」
「何処にだ?」
「そんなの、私の家に決まってるじゃん」
「っ馬鹿な―――」
あまりに突飛な提案に面食らった様子の沼田だったが、サクラは構わず言葉を続けた。
「だって、このままだと、また変なこと考えちゃうかもしれないじゃん」
語尾が少しだけ震え、サクラは再び涙しそうになることを必死に堪えていたが、ひとつ、ふたつと溢れた涙がサクラの頬を駆けた。
「わかった、わかったから、もう泣くな」
まったく、と頭を掻き俯く沼田を眺めながら、サクラは頬を拭い、ふっと柔らかく微笑んだ。
目覚ましの音に交じり、下から鼾の音が響く。
ロフトから身を乗り出し下を覗くと、ソファの上で沼田が気持ちよさそうに眠っていた。
時計は朝の六時を指している。
カーテンの隙間から、既に昇った太陽の光が差し込み、外は良く晴れていることを知らせているようだった。
サクラは、梯子を下りると、沼田を起こさないように抜き足でソファの横をすり抜け、洗面所へと向かった。
はじめて沼田がこの家に来たときは、かなり気を遣ったが、朝に弱いのか、サクラが家を出るまで起きることはないことを、この二か月で学んだ。
(もう二か月か……)
朝食兼弁当の卵焼きを焼きながら、サクラは沼田が来てからの日数を数えていた。
正直、サクラもこの先どうすることが正解なのか、悩み始めていた。
父と同じ影を見た沼田をどうにか救いたいと勢いで家へと連れてきたものの、彼自身がこのまま好転することなど、まずないということは目に見えていた。
かといって、サクラ自身がこれ以上何かしてしまうのも、きっと彼には負担になるだろう。
負担と感じれば、彼はそのまま家を出て、再び命を絶とうとするかもしれない。それだけは避けたかった。
(どうするのが正解なのかなぁ……)
考え事をしながら焼いた卵焼きは、少し苦く仕上がった。
きれいな部分を皿に分け、冷蔵庫にしまうと、いつものようにメモ書きと沼田への昼食代を机に置き、サクラは仕事へと出掛けた。
「サクラちゃんってさぁ、最近疲れた顔してるよね」
ベッドサイドで煙草を吹かしている常連の客が、帰り支度を始めるサクラの背中に言葉をかけた。
「そ、そうですかぁ?」
「うん、なぁんか、切羽詰まってますって感じ」
はっ、と振り返ると、予想していない反応だったのか、客は驚き、吹かした煙草に噎せてしまった。
「ごめんなさい!驚かせるつもりなくて」
平謝りするサクラに大きくかぶりを振り、客は煙草を揉み消すと、立ち上がり、サクラの手を握った。
「ま、色々あるだろうけど、俺はサクラちゃんの味方だからさ」
握られた手の中に何かを握らされた感覚があり、開くと、折りたたまれた一万円札がそこにあった。
「美味しいものでも食べておいで」
「いいんですか??」
「もちろん!」
サクラは、客に優しくハグをして、お礼を言い、部屋を出た。
客に突かれた図星の所為もあってか、正直貰った一万には、あまり心が躍らなかった。
(ヤっさんと、ちゃんと話さないとかなぁ)
朝からつきまとう悩みに頭を抱えながら、サクラはホテルの入口で待つドライバーのもとへとぼとぼと歩いて行った。
結局その日は大して指名も入らず、お茶を挽いてばかりの一日だった。
沼田にどう切り出そうか考えていたら、あっという間に自宅の玄関までたどり着いてしまった。
(やっぱりいつも通り、普通にお話ししよう)
サクラはひとつ深呼吸をし、ドアを勢いよく開けた。
「ただいまーっ!!」
テレビを見ているのか、沼田はこちらに背を向けていて反応がない。いつもであればおかえりと返してくれていたのに、である。
小さな違和感を感じながらも、サクラは沼田へ話しかけた。
「ねぇねぇ、ヤっさん。実は今日お客さ―――」
「サクラ」
被せる様に沼田は喋り始めた。いつもと違う。サクラは、嫌な想像が頭を巡った。
「お前さ、どういうつもりなんだ?」
「何?何の話??」
「見ず知らずのおっさん家に上げて、挙げ句毎日金渡して。何なんだよ」
「なんで怒ってるの??わたし、ヤっさんの気に障るようなことした?」
動揺が隠せないサクラは、未だテレビから目を離さず背中を向かる沼田の後ろに腰を下ろし、沼田の答えを待った。
「……別に」
その言葉に、サクラの心の内を見透かされたような気がした。
サクラは、自身の焦りを隠すように、早口で言葉を並べる。
「そんな、別にって。だったらそんな言われ方する覚えはないよ。確かに、ちょっと怪しいかもしれないけど、でもさ、こっちだって色々考えて……今のヤっさんのしてることって、ただの八つ当たりだよ!」
言い過ぎた、と思ったが時既に遅く、放たれた言葉に切り返すようにして、沼田は小さく呟いた。
「何とかしてくれなんて、頼んだつもりはない」
その言葉を聞いた途端、サクラは頭が真っ白になり、気が付けば沼田の肩を掴み引き寄せ、勢いそのまま頬を平手打ちしていた。
「ヤっさんのばかっっ!!」
サクラは駆け出し、そのまま家の外へと飛び出した。
何も考えたくなかった。
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