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第一話 後悔するなんちゃって武士
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「かぁー、騙された! 何故に某がこんな目に会わなければならんのだ! はぁー、嫌だ嫌だ」
某は愚痴を吐きながら近江国を彷徨よっていた。大鎧を着用しているが兜と肩鎧である大袖は無い。乱戦の最中――平治の乱で無くしてしまったのだ。
あれは先月のことだ。源氏の棟梁である源義朝の家人が実家を訪問し、某が源氏の招集に応じたのが運の尽きだ。
某の実家は平安京にある。ただ、優雅な場所ではない。平安京を左右に隔てる大路の西側――右京と呼ばれている場所にあり、荒凉とした田畑広がっていて人家がちらほらとあるだけだ。
いわゆる農民の出なのだが末っ子の某を含む一〇人の兄弟は広大な畑を自衛するために刀や弓を武装する――いわゆる武装農民で農閑期には武士として動員されることもある。ちなみに一〇人兄弟の末っ子なので名は十郎と言う。
今回、某は立身出世を夢見て源氏の招集に応じた。実家にやってきた家人曰く、
「既に謀反は成功した! そなたも加わるがよい! 聞けば、兄上は武装農民から源氏の家人に成り上がったとか!」
謀反が成功したというのは、このとき既に義朝らは後白河上皇を幽閉して政権を掌握していたのだ。ちなみに某の兄上は数年前、武士になり、今や内裏(天皇が住む邸宅)の警備をやっていて少し羨ましいと思ったぐらいだ。
「少し考えさせて下さい」
「何をいうか!」
やってきた男は身を乗り出す。
かなり圧を感じてしまうのだが……。
「今、我々に加われば官位も思いのまま!」
「⁉︎」
某は瞠目する。
「ぐふふっ、その上、宮廷には多くの女官がおる」
「な、なんですと!」
口元を綻ばせる男。嫌な笑みだが耳を傾けてしまう。
「今の身分では到底、宮仕えする女性には釣り合わぬ。しかし武士として名を上げて恩賞を貰えれば……一人、いや二人、いや! もっと多くの女官と関われる可能性がある! 農民のままでいるか、それとも宮廷で名を馳せるかはそなた次第である」
「行きます!」
某は即答。男の熱い演説に心打たれた。富、名声、地位……全てが手に入るのでは? と思った。
しかし、現実は甘くない。某が馳せ参じた次の日――平治元年一ニ月ニ六日。平清盛が軍勢を率いて攻めてきた。散々だった。
某は馬に乗れるため、義朝の嫡男――ニ〇歳の源義平の騎馬隊に組み込まれた。馬には乗れるが鎧など着たことない、義平の正気を疑った。早急な出来事だったので某のことを把握していなかったかも知れなかったが。
だが、やはり正気を疑った。義平は勇みながら敵に突撃する。相手を打ち破るまで。名高い義平だけあって怒涛の攻めを見せていた。ちなみに某は死にたくなかったので騎馬隊の後方に位置していた。
しかし、平家側三〇〇〇騎に対して此方は三〇〇騎だ。結果的に敗退し、皆散り散りとなってしまったのだ。
そのご、落武者となった某は平安京から離れて不本意ながら流浪していた。
「そもそも何故に義平公の隊に組み込まれたのだ。はぁー、突撃するわ、退くわ、突撃するわの繰り返し……気が狂っておるな」
愚痴を言わずにはいられなかったが近くに流れている川のせせらぐ音で心がひんやりと癒される。
「川はこんなに綺麗なのに心はどんよりと曇っておるわ」
川面に映るニニ歳の某。そして、その横には――、
「誰の気が狂ってるか聞かせてもらおうか?」
「げぇ‼︎ 義平公!」
落武者と化した義平がいた。
某は愚痴を吐きながら近江国を彷徨よっていた。大鎧を着用しているが兜と肩鎧である大袖は無い。乱戦の最中――平治の乱で無くしてしまったのだ。
あれは先月のことだ。源氏の棟梁である源義朝の家人が実家を訪問し、某が源氏の招集に応じたのが運の尽きだ。
某の実家は平安京にある。ただ、優雅な場所ではない。平安京を左右に隔てる大路の西側――右京と呼ばれている場所にあり、荒凉とした田畑広がっていて人家がちらほらとあるだけだ。
いわゆる農民の出なのだが末っ子の某を含む一〇人の兄弟は広大な畑を自衛するために刀や弓を武装する――いわゆる武装農民で農閑期には武士として動員されることもある。ちなみに一〇人兄弟の末っ子なので名は十郎と言う。
今回、某は立身出世を夢見て源氏の招集に応じた。実家にやってきた家人曰く、
「既に謀反は成功した! そなたも加わるがよい! 聞けば、兄上は武装農民から源氏の家人に成り上がったとか!」
謀反が成功したというのは、このとき既に義朝らは後白河上皇を幽閉して政権を掌握していたのだ。ちなみに某の兄上は数年前、武士になり、今や内裏(天皇が住む邸宅)の警備をやっていて少し羨ましいと思ったぐらいだ。
「少し考えさせて下さい」
「何をいうか!」
やってきた男は身を乗り出す。
かなり圧を感じてしまうのだが……。
「今、我々に加われば官位も思いのまま!」
「⁉︎」
某は瞠目する。
「ぐふふっ、その上、宮廷には多くの女官がおる」
「な、なんですと!」
口元を綻ばせる男。嫌な笑みだが耳を傾けてしまう。
「今の身分では到底、宮仕えする女性には釣り合わぬ。しかし武士として名を上げて恩賞を貰えれば……一人、いや二人、いや! もっと多くの女官と関われる可能性がある! 農民のままでいるか、それとも宮廷で名を馳せるかはそなた次第である」
「行きます!」
某は即答。男の熱い演説に心打たれた。富、名声、地位……全てが手に入るのでは? と思った。
しかし、現実は甘くない。某が馳せ参じた次の日――平治元年一ニ月ニ六日。平清盛が軍勢を率いて攻めてきた。散々だった。
某は馬に乗れるため、義朝の嫡男――ニ〇歳の源義平の騎馬隊に組み込まれた。馬には乗れるが鎧など着たことない、義平の正気を疑った。早急な出来事だったので某のことを把握していなかったかも知れなかったが。
だが、やはり正気を疑った。義平は勇みながら敵に突撃する。相手を打ち破るまで。名高い義平だけあって怒涛の攻めを見せていた。ちなみに某は死にたくなかったので騎馬隊の後方に位置していた。
しかし、平家側三〇〇〇騎に対して此方は三〇〇騎だ。結果的に敗退し、皆散り散りとなってしまったのだ。
そのご、落武者となった某は平安京から離れて不本意ながら流浪していた。
「そもそも何故に義平公の隊に組み込まれたのだ。はぁー、突撃するわ、退くわ、突撃するわの繰り返し……気が狂っておるな」
愚痴を言わずにはいられなかったが近くに流れている川のせせらぐ音で心がひんやりと癒される。
「川はこんなに綺麗なのに心はどんよりと曇っておるわ」
川面に映るニニ歳の某。そして、その横には――、
「誰の気が狂ってるか聞かせてもらおうか?」
「げぇ‼︎ 義平公!」
落武者と化した義平がいた。
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