上 下
1 / 10

第一話 後悔するなんちゃって武士

しおりを挟む
「かぁー、騙された! 何故なぜそれがしがこんな目に会わなければならんのだ! はぁー、嫌だ嫌だ」

 某は愚痴を吐きながら近江国おうみのくに彷徨さまよっていた。大鎧おおよろいを着用しているが兜と肩鎧かたよろいである大袖は無い。乱戦の最中――平治の乱で無くしてしまったのだ。

 あれは先月のことだ。源氏の棟梁であるみなもと義朝よしとも家人かじんが実家を訪問し、某が源氏の招集に応じたのが運の尽きだ。

 某の実家は平安京にある。ただ、優雅な場所ではない。平安京を左右に隔てる大路の西側――右京うきょうと呼ばれている場所にあり、荒凉こうりょうとした田畑広がっていて人家がちらほらとあるだけだ。

 いわゆる農民の出なのだが末っ子の某を含む一〇人の兄弟は広大な畑を自衛するために刀や弓を武装する――いわゆる武装農民で農閑期には武士として動員されることもある。ちなみに一〇人兄弟の末っ子なので名は十郎と言う。

 今回、某は立身出世を夢見て源氏の招集に応じた。実家にやってきた家人曰く、

「既に謀反は成功した! そなたも加わるがよい! 聞けば、兄上は武装農民から源氏の家人に成り上がったとか!」

 謀反が成功したというのは、このとき既に義朝らは後白河ごしらかわ上皇を幽閉して政権を掌握していたのだ。ちなみに某の兄上は数年前、武士になり、今や内裏だいり(天皇が住む邸宅)の警備をやっていて少し羨ましいと思ったぐらいだ。 

「少し考えさせて下さい」
「何をいうか!」

 やってきた男は身を乗り出す。
 かなり圧を感じてしまうのだが……。

「今、我々に加われば官位も思いのまま!」
「⁉︎」

 某は瞠目どうもくする。

「ぐふふっ、その上、宮廷には多くの女官がおる」
「な、なんですと!」

 口元を綻ばせる男。嫌な笑みだが耳を傾けてしまう。

「今の身分では到底、宮仕みやづかえする女性には釣り合わぬ。しかし武士として名を上げて恩賞を貰えれば……一人、いや二人、いや! もっと多くの女官と関われる可能性がある! 農民のままでいるか、それとも宮廷で名を馳せるかはそなた次第である」
「行きます!」

 某は即答。男の熱い演説に心打たれた。富、名声、地位……全てが手に入るのでは? と思った。

 しかし、現実は甘くない。某がせ参じた次の日――平治元年一ニ月ニ六日。たいらの清盛きよもりが軍勢を率いて攻めてきた。散々だった。

 某は馬に乗れるため、義朝の嫡男――ニ〇歳のみなもと義平よしひらの騎馬隊に組み込まれた。馬には乗れるが鎧など着たことない、義平の正気を疑った。早急な出来事だったので某のことを把握していなかったかも知れなかったが。

 だが、やはり正気を疑った。義平は勇みながら敵に突撃する。相手を打ち破るまで。名高い義平だけあって怒涛の攻めを見せていた。ちなみに某は死にたくなかったので騎馬隊の後方に位置していた。
 しかし、平家側三〇〇〇騎に対して此方こちらは三〇〇騎だ。結果的に敗退し、皆散り散りとなってしまったのだ。

 そのご、落武者となった某は平安京から離れて不本意ながら流浪していた。

「そもそも何故に義平公よしひらこうの隊に組み込まれたのだ。はぁー、突撃するわ、退くわ、突撃するわの繰り返し……気が狂っておるな」

 愚痴を言わずにはいられなかったが近くに流れている川のせせらぐ音で心がひんやりと癒される。

「川はこんなに綺麗なのに心はどんよりと曇っておるわ」

 川面かわもに映るニニ歳の某。そして、その横には――、

「誰の気が狂ってるか聞かせてもらおうか?」
「げぇ‼︎ 義平公!」

 落武者と化した義平がいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

柔医伝~柔術開祖・秋山四郎兵衛異伝~

佐藤遼空
歴史・時代
『某小説新人賞で最終選考に残ったこと二回あり』  戦国時代の長崎。長崎はキリシタンに改宗した藩主・大村純忠によって教会に寄進されていた。反発する仏教徒と切支丹。戦の絶えぬ世において、小児科医の秋山四郎兵衛は医の道の在り方に悩んでいた。四郎兵衛は新たな道の探究ために大陸へ渡ることを決意するが、意にそぐわぬ形で海を渡ることになるーー柔道の元になった天神真楊流柔術の源流である柔術、楊心流の開祖・秋山四郎兵衛義直の若き日を描く物語。

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

北方元寇秘録

大澤伝兵衛
歴史・時代
 大陸の大半をモンゴル帝国が支配し、そのモンゴル帝国が日本の南方である九州に襲来してきた時代、日本の北方に位置する蝦夷ヶ島——後に呼ばれる北海道の地にもモンゴルの手が迫っていた。  弱小御家人の十四男である撓気時光(たわけときみつ)は北条時宗の命を受け、北の大地に住まう民であるアイヌと共にモンゴル軍を迎え撃つ。兄弟が多すぎて相続する土地が無い時光は、勝利して恩賞を得られなければ未来がない。日本の未来のため、そして自らの未来のために時光は戦いに臨むのだった。  しかし、迫るモンゴル軍は、モンゴル人だけではなく、漢民族の将軍、ノヴゴロドの騎士、暗殺教団の生き残りなど多種多様であり、更には彼らを率いるプレスター・ジョンと呼ばれる存在があり、一筋縄で勝てる相手ではない。  強敵を打ち破り、時光は見事に自らの土地を獲得することが出来るのだろうか?

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

春恋ひにてし~戦国初恋草紙~

橘 ゆず
歴史・時代
以前にアップした『夕映え~武田勝頼の妻~』というお話の姉妹作品です。 勝頼公とその継室、佐奈姫の出逢いを描いたお話です。

柿ノ木川話譚4・悠介の巻

如月芳美
歴史・時代
女郎宿で生まれ、廓の中の世界しか知らずに育った少年。 母の死をきっかけに外の世界に飛び出してみるが、世の中のことを何も知らない。 これから住む家は? おまんまは? 着物は? 何も知らない彼が出会ったのは大名主のお嬢様。 天と地ほどの身分の差ながら、同じ目的を持つ二人は『同志』としての将来を約束する。 クールで大人びた少年と、熱い行動派のお嬢様が、とある絵師のために立ち上がる。 『柿ノ木川話譚』第4弾。 『柿ノ木川話譚1・狐杜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/905878827 『柿ノ木川話譚2・凍夜の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/50879806 『柿ノ木川話譚3・栄吉の巻』https://www.alphapolis.co.jp/novel/793477914/398880017

新説・川中島『武田信玄』 ――甲山の猛虎・御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
新羅三郎義光より数えて19代目の当主、武田信玄。 「御旗盾無、御照覧あれ!」 甲斐源氏の宗家、武田信玄の生涯の戦いの内で最も激しかった戦い【川中島】。 その第四回目の戦いが最も熾烈だったとされる。 「……いざ!出陣!」 孫子の旗を押し立てて、甲府を旅立つ信玄が見た景色とは一体!? 【注意】……沢山の方に読んでもらうため、人物名などを平易にしております。 あくまでも一つのお話としてお楽しみください。 ☆風林火山(ふうりんかざん)は、甲斐の戦国大名・武田信玄の旗指物(軍旗)に記されたとされている「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の通称である。 【ウィキペディアより】 表紙を秋の桜子様より頂戴しました。

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~

黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。 新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。 信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

処理中です...