暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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動き始めた

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 やけに寝起きが良かった。気分も頭もすっきりとしていて、こんなの初めてな気がする。
 ぼーっとしていると、キッチンの方からいい匂いが漂ってきて、なんだかお腹が空いてきた。時間を確認すると、八時だ。となると、十二時間も寝ていたのか。こんなに寝たのも久しぶりな気がする。
 入ってくる情報を処理しながら、ぼーっとしていると視界の中にディータとピピルが入り込んできた。
『おはよう、主。良く寝れたか?』
『おっはー』
「あぁ、おはよう」
 寄ってくる二匹の頭を撫でてから、ベッドから降りる。
 キッチンの方に顔を出すと、パデラが味噌汁を作っていた。卵焼きも作ってある。とても美味しそうだ。
 こちらに気付くと、一旦手を止め振り向く。
「マール、おはよーさん」
「おはよう、パデラ」
 牛乳を取り出しコップに注いでから、椅子に腰かける。
 すぐに、パデラがご飯を出してくれた。
 炊飯器からお米をよそい、大盛りを渡してきた。
「おいパデラ、ご飯そんないらない」
 流石にこんなに食べられないとマールは言うが、パデラはわけあってこの量にしたらしい。
「お前、軽すぎだぞ。米食え、米」
 そんな軽いなんて、心外だ。平均は知らないが、そんな言われるほどじゃないはず。
「軽いって、平均くらいだ。たぶん」
 文句を言うと、パデラが「じゃあ何キロよ?」と訊いてきた。
「えっと、三十……五とかだな」
「だと思った! ほら食え。痩せすぎだ」
「まてまて、しばらく測ってないから、四十はある」
 ほんとかぁ? と言いたげな目で見てくる。疑うなよ。そのくらいはある……はず。
『どっちにしろ軽いよね』
『だな。主よ、食った方が良いぞ』
 使い魔二匹にも、食べるように促された。親か。成長期真っ盛りな息子の親か。いくらお腹空いているからって、朝からこんなに食べられないっての。寝起きだし。
「お前等まで……というかパデラ、なんで僕が軽いの知ってんだよ」
 そもそも、体重の話なんてしたことないはずだ。訊くと、パデラは朝の出来事を話した。
「朝起きたら、お前が抱きついてて離れなかったからよ。母さんの使い魔思い出して微笑ましかったけど、ご飯作んないといけないから、持ち上げて離したら軽かったんだ。驚いたぜ」
「へー」
 聞きたくなかった単語が聞こえた気がしたが、気のせいだ。うん、きっと。
 マールは目の前の料理を食べることにした。
「いただきます」
「おう、召し上がれ」
 微笑を浮かべ、パデラも箸を取った。
 マールったら、美味しそうに食べて。嬉しいなぁ。自分も食べつつも、相手の反応を窺い続けていると、ふと何かが違う気がした。
 一体、何が……。
「……何? じっとみて」
 見詰めてくるパデラを不審に思ったのか、マールが首を傾げる。その時、ぴたっと目が合った。
 あぁ、なるほど。なにが違うのかが分かった。しかし、なぜだろうな。それを見て、とても安堵した。
「んー、いや。美味しそうに食べてくれてるなーって」
 パデラはそう言って口元を綻ばせた。



 目が覚めると、大きな窓から見える景色が暗竜様の視界に入った。木々の隙間から、海と青い空が覗いている。とてもいい天気だ。
 あくびを一つし、ググっと伸びる。そして、昨晩送られてきた教師たちの報告書という名の交換日記を魔力で引き寄せ、ページをめくった。
『……ふむ、異常はなしと』
 全てに目を通すと、返信を書き込み各持ち主の部屋に転送する。
 朝一番の仕事はこれで終わりだ。あとは軽く民の様子を確認し、何かあったらその対処にあたるだけ。神といっても暇なものだ。
 海が見える庭に出て、なにとなく瞑想する。少しして、真っ赤な瞳が開かれると暗竜様は城の中に戻っていった。



 リールは、家の物置の中で何やらがさごそしている父親を見つけ、何やってんのあの人と足を止めた。
「なにやってるの、お父さん」
 訊くと、父親はいきなり問題を出してきた。
「んー。リール、そうだな。問題です。ルキラの先祖様で一番有名なのはだーれだ」
 何がしたいのか。しかし、答えは簡単だ。伝説の魔法使いの一人、エテルノ・マールだ。
「何いきなり。エテルノの事?」
 リールの兄であるマールの名前はここから取ったと言っていた。
 その容姿は一般で知っている者はいないが、一部の大人は知っているとの事だ。しかし、それがどうしたというのか。
「正解。流石リールだ」
「え、何? それがどうした」
 隣にしゃがみ、父親が手に持っている本を確認する。結構な厚さのある古い本だ。といっても、魔力でしっかり守られていたらしく、埃をかぶっていたり汚れていたりはしない。
「いやな、折角マールが学校に入学して、会いに行けるようになったからさ。このチャンス逃がす訳にはいかないと思ってな」
 本を持ち出し、リビングに歩いていく。リールはその後ろに付いていった。
「けど、マールの事だから、こっちの話なんて聞いてくれない」
「うん。確実にね」
 リールが即答すると、父親は「だよな」と苦笑を浮かべる。
 可愛い弟である自分に対してもあの態度だ。親の声なんて聴きたくもないだろう。
「それなら、マールが食いつきそうな餌でも持ってけばいい話」
「それがこれだ」
「なにそれ?」
「一部の大人しか知らない『伝説の裏』の書物」
 なにその魅力的な響きな本。目を輝かせたリールを見て、父親はふふっと笑った。
「ほんと兄弟だな」
 そして、リールに本を渡す。
「ほら、読んでていいぞ。昼くらいに出るから、それまでに返してな。あと、内容は公に言っちゃダメだぞ」
 そんな事言っておいて、言えないように魔法かけているくせに。そんな事思いつつ、リールは受け取った本を抱え、笑顔を見せた。
「うん! ありがと、お父さん」



 今日の授業は午前からで、主達は朝ご飯を食べてから準備して出て行った。今日は行きに図書館に寄るとも言っていた、パデラもそれについていっていたのだろう。
 我も行きたいな。けど、この身体じゃ魔力を使わなきゃページをめくれん。強さの象徴の爬虫類使い魔も、こういう時に不便だ。
 それにしても。
『ディータ! みてみて~、逆立ち!』
 うるさい。一体いくつなんだ、この使い魔は。
 主がいないからってはしゃぎすぎだ若造が。
『ほら見てよ! 逆立ちで歩けるんだぜ、俺』
 それは普通に凄いな。というか、なんで逆立ちしてその帽子ぬげないんだよ。魔力でくっつけているのか。そこまでして取りたくないモノか? あれかキャラというヤツだな。
『うむ、凄いと思う』
『だろ』
 目だけで伝わる『俺凄い』というセリフ。この分かりやすさは、顔に言葉が出ているようなモノだな。面白い。まあ、うるさいがどうせ一日暇だ。このくらいのバカの方が一緒にいて楽しいよな。
 主のベッドの上で伸びていると、ピピルが上に飛び乗ってきた。いたい。
 上から顔を伸ばして、覗いてくる。何がしたいんだ、降りろ。振りほどこうとするが、こいつ魔力籠めてやがる。降りる気は微塵もないだろう。まったく……。
 こいつ、バカのくせに魔力が強い。おそらく、我と同じくらい。
 頭脳と実力は比例しないというのは知っているが、なんか認めたくない。
『はぁ……ピピル、一つ訊こう』
『おん』
『お前はなぜあんなに無知なのだ。普通、生まれた時に頭に入っているはずだろ?』
『あー』
『俺、なんも覚えてないんだよね。前の主の事も、今までの主の事も。そして、俺等の事も。ぜーんぶ忘れちゃった』
『ただ、最初の主は、とても暖かかった。それだけは覚えているんだ』
 ピピルから発せられた、どこか哀愁を感じる声。
 そんなことあるのか……。使い魔が主の事を、しかも自分の存在についての知識も忘れてしまうとは。
『ま、そのうちどうにかなるぜ。だって、生きてはいるもん』
 物凄くプラス思考だな。生きてりゃいいってか。まあ、一理あるのかもしれん。
 生きてさえいれば、どうとでもなるのだ。




 なにも感じない。喜びも、悲しみも、悔しさも。
 誰よりも強きものになる為に私は氷で全てを閉ざしたというのに、目標を果たした今、私の心を占めるのは虚無だ。
 私は、一体なぜ強きものになりたかったのだろうか。極上の喜びを味わいたかったのではないのか。達成感を、誰よりも感じたかったのではなかったのか。
 あぁ、だとしたら私の行為はきっと間違っていた。
 ははっ、気付くのが遅すぎだな。目先の近道に惑わされ、進むべき道から外れ、崖に気付かず落ちてしまった。私は愚か者だ。
 優しすぎると他人から言われても、その優しすぎる心のせいで実力を発揮できなくとも、私は皆で楽しく笑っていられるだけでよかった。それが幸せだった。
 今、何もかもに気付いた。もう、遅すぎる。
「おい! どこに行くつもりだ?」
「……すまない、友よ。許してくれ」
「なんのつもりだ? おい、まさか。死ぬってんじゃないよな!」
「……あぁ」
「まて、早まるな。俺は、お前の感情がなくなっていようが……俺は!」
「すまない。今まで、楽しかった」
「待て! ディーサ!」
「今まで、こんな私と一緒にいてくれて、ありがとな」
 最期に浮かんだ感情。久しぶりすぎて、これがなんという感情なのかすら分からなかった。
 しかし、涙が流れるなんていつぶりだろうな。
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