楽園遊記

紅創花優雷

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後編

桜、白い太陽の下に咲く。

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 長い時間熟睡出来たかのような、久方ぶりの感覚だった。軽く揺さぶられ目を開けると、そこは栗三号の上ではない。
 広い空間に、一本の木が生えている。自分はその下で寝ていたのだ。
 桜色の花びらが落ち、空には暖かな太陽が優しく地を照らしている。
 眩しくて目を細めると、そこには人がいた。自分と同じ白髪で、翡翠色の瞳をした男だ。
「……?」
『おや、覚えてないですか。小さい頃はよく遊んだではありませんか。まぁ、あれは正確に言えば貴方自身ではないのですが』
 小さく笑うと、隣に座ってくる。それ自体は別にいい、しかし妙な気持ちになるのは何故だろうか。
『桜、綺麗ですね』
「そうだな」
『旅はどうですか、楽しいですか』
「あぁ、それなりに」
『それは良かったです』
 軽い二つの問いかけに答えると、彼はふんわりと笑って白刃の頭にぽんと手を置く。その行動は、子どもにするそれと同じものだろう。そう思うと、なんか遺憾だ。
「……おい」
『すみません、貴方ももう大人なのでしょうけど、如何せん幼い頃の印象がどうもそのままでして』
『懐かしいですねぇ。貴方、この樹に登ろうとしたのですよ。流石の私も焦りましたね、こんな高い頃から落ちたらどうなる事やら』
 懐かしさに目を細め、落ちて来た花びらを掴む。不思議な事に、それは触れると同時に光となって消えていった。
「俺は、そんな事した覚えないが」
『そりゃそうでしょう。それをやったのは、子どもである事を拒んだ貴方の子ども心ですから』
 木の上を見上げても誰もいない。あるのは立派に咲く桜の花だけだ。
 一度だけ、何を思ったか木に登った事がある。屋敷にある一番大きな木、見上げてみてふとその上に行きたくなったのだ。
 そんな時、隣の彼が訊いてくる。
『……私の名前、知りたいですか?』
「別に」
『淡白ですね、まぁ知りたいと言われても答えに困ってしまいますが』
 じゃあ何故訊いたと心の中で呟くと、それが伝わったのか彼は『なんとなくです』と微笑む。マイペースなのはあの超越者と同じかと白刃は思った。
『心命原に会いに行くのですよね』
「心命原……あぁ、超越者の名前か。まぁそうだな。そもそも彼奴が来いというから行く事になった。面倒だ」
 本人の耳が届かない場所である事を良い事に、とても正直な感想を吐く。しかし、本気で嫌がってはいなさそうだ。
『お陰で楽しく過ごせているではありませんか。それに、それがあったからこそ月画慈の転身は魔から逃れられたのですよ』
「それは、鏡月か?」
『おぉ、正解です。私達も完全に別個という訳でもなさそうですね』
 完全に勘ではあるのだが、彼の言う事は間違っていない、気がする。
 そもそもここが何処かも知らないし、彼が誰かも知らない。同時に、わざわざ知る必要はないという事を感じている。妙に居心地がいい、その事実だけでいい。
 白刃は何も言わず桜を眺めている。桜は散っていると言うのに、大きな木には満開とも思える花が咲き続けていた。
『運命という奴なのですかね。一度バラバラになった私達が、またこうして同じ場所に集うとは。最も、彼等は覚えていないようですが』
『ですが、確かにあの中には私の知る彼等がいる……私は貴方が羨ましいですよ、白刃』
 美しい横顔からほのかな哀愁を感じる。
 白く輝く太陽が今も尚優しく大地を包み込んでいた。
 その時、何処からか自分の名を呼ぶ声が聞こえる。聞こえるそれは朧気だが、段々とはっきりとしてきた。
『おや、もうそんな時間が経っていましたか。久しぶりに貴方とまともに話せて嬉しかったです』
『行ってらっしゃい。私はいつでもここにいますから』
 その時、視界が暗転し、次に目を開くとそこは栗三号の上だった。
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