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第一章 乱世到来
シハーブの使い
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屋敷の一室に集まったのはマルスとルビー、スカイと海軍将数名、そしてマルス=バセルだ。部屋の中央に置かれた大きな円卓に地図を広げ、マルスが作戦を説明する。
「砂漠の戦況はこの一年、一進一退だ。王都につながる港を全て押さえて、物資を止め、外から削いでいく。ただし、レーはカナンが押さえているから、最後でいい。まずは海軍の半数を投入して西岸の港を制圧する」
イシュラヴァール王国の王都ララ=アルサーシャは、王国の北西に位置している。アルサーシャから最も近い港がレーの港だ。レーは内乱後、カナン自由民という新興組織が支配する自由港となっている。カナン自由民の前身は、東の隣国アルナハブから逃れてきた脱走兵や政治犯だ。そこへ解放奴隷たちが加わり、カナンの兵力は国軍の一個師団と同等といわれるまでに膨れ上がって、王都を制圧した新政府もレーにはおいそれと手出しできない状態だった。
「アズハル湾には海軍船が二十隻常駐していますね。アズハル以南はこれらを出しますか」
スカイが地図に印を書き込んだ。西岸の要衝、アズハルは、早期にマルスが拠点として押さえていた。南北に長いイシュラヴァール半島西岸の、ほぼ中央付近に位置する。
「でも、新政府はアルナハブ王国と繋がっていますよ。東から物資が流れたら」
「だから、残りの半数でイシュラヴァール半島を越え、南からアルナハブ船をたたく」
スカイが口笛を吹いた。
「そのための、海賊!」
「外交上、イシュラヴァール海軍が表立ってアルナハブを攻撃するわけにはいかん。が、海賊なら」
「国際問題にならないというわけか」
ルビーが言って、マルスが頷く。
「と、同時に、ニケ王妃に密書を出す」
アルナハブ王国のニケ王妃は、長年病の床にあった国王に代わって国政を執り行ってきた。が、高齢になってもなかなか退位しない親にしびれを切らした王子たちが、それぞれに兵力をつけて雌伏している。中でも第六王子のダレイ王子は血気盛んな質で、イシュラヴァールの反乱軍と共闘してマルスと敵対した過去がある。
「アルナハブの内情も、王子派と王妃派に真っ二つに分かれています。三年前には乗ってきませんでしたが、あちらもいい加減、長引く内乱に辟易している頃合いでしょうね。王妃派を取り込むいい機会だ」
海軍将のジャミールが言った。
「アルサーシャ攻撃の前にまず、アルナハブ遠征だ」
マルスの指先が、トン、と地図上のアルナハブを叩いた。おお、と一同が沸き立つ。
「王妃への密使にはシハーブを向かわせようと思う。シハーブもここへ呼んでいたのだが――いつ着く?」
マルスは控えていた小姓に尋ねた。
「それが――シハーブ様は急用とかでおいでになれないと」
「なんだと?」
マルスは彫刻のように流麗な線を描く眉をわずかにひそめた。
「使いの者が階下で待っております。軍議が終わったらお目通りさせようと」
小姓なりに気を利かせたのだろう。が、側近中の側近であるシハーブが、マルスの命をすっぽかすほどの急用、というのが気になる。
「良い。連れてまいれ」
間もなく案内されてきたシハーブの使いは、険しい顔をしていた。その表情から、マルスはただならぬ事態を察知した。
「シハーブに何かあったのか」
「いえ……」
使いの男は室内を素早く見回して、マルスのすぐ横にいたスカイに目を留めた。
「陛下、失礼致します」
そう断って、使いの男は前へ進み出ると、スカイに何事か耳打ちした。と、スカイの顔色が変わった。
それが決して良い知らせではないことを、その場の誰もが察した。
「どうした」
マルスの声に小さな苛立ちが混じった。
「陛下、ここではちょっと――」
「なんだ。言え」
マルスは苛々と言った。
スカイがジャミールに目配せしたので、ジャミールが全員に室外に出るよう促した。ルビーは少し迷ったが、王子のバセルも席を外したので仕方なく一緒に廊下へ出た。
室内にはマルスとスカイ、シハーブの使いだけが残り、ようやくスカイが口を開いた。
「レグルス様が……行方不明です」
ヒクッ――と、マルスの喉が痙攣した。
「盗賊に襲われて、亡くなられたとの噂もあり……今、シハーブ様が手を尽くして捜索しておられます」
使いの男が後を続けた。スカイが瞑目する。
「――っ……」
喋ろうとして、声が出なくて、マルスは呼吸を忘れていたことに気付いた。
「……ファ……リアは……?」
息がうまくできず、言葉が途切れる。
「行方不明です。現場を見た者の話では、辺境の盗賊団の手に落ちたと」
ダン!とマルスの拳が卓を殴りつけた。
「ユーリ・アトゥイーは何をしていた!?あの男は!!」
その怒声は分厚い扉を通して外の廊下まで響いた。その剣幕に圧倒されながらも、使いの男は答えた。少々のことには動じない、落ち着いた壮年の男だった。腰を低く見せているが、恐らくかなり腕も立つのだろうということは、スカイにも感じ取れた。
「ユーリ・アトゥイーは『インドラの戦士』に入ったとか。魔剣のカイヤーンの」
「――っ!!」
マルスは部屋を飛び出した。スカイが後を追う。
「陛下!!」
使いの男が、驚き狼狽えるバセルたちをなだめた。
「王子、ここはスカイ殿にお任せください。一旦お部屋に――」
「……そうか」
応じたバセルの横を、ルビーがすり抜けた。
「スラジャ殿!」
制止の声も聞かず、ルビーはマルスの後を追って駆けていった。
「砂漠の戦況はこの一年、一進一退だ。王都につながる港を全て押さえて、物資を止め、外から削いでいく。ただし、レーはカナンが押さえているから、最後でいい。まずは海軍の半数を投入して西岸の港を制圧する」
イシュラヴァール王国の王都ララ=アルサーシャは、王国の北西に位置している。アルサーシャから最も近い港がレーの港だ。レーは内乱後、カナン自由民という新興組織が支配する自由港となっている。カナン自由民の前身は、東の隣国アルナハブから逃れてきた脱走兵や政治犯だ。そこへ解放奴隷たちが加わり、カナンの兵力は国軍の一個師団と同等といわれるまでに膨れ上がって、王都を制圧した新政府もレーにはおいそれと手出しできない状態だった。
「アズハル湾には海軍船が二十隻常駐していますね。アズハル以南はこれらを出しますか」
スカイが地図に印を書き込んだ。西岸の要衝、アズハルは、早期にマルスが拠点として押さえていた。南北に長いイシュラヴァール半島西岸の、ほぼ中央付近に位置する。
「でも、新政府はアルナハブ王国と繋がっていますよ。東から物資が流れたら」
「だから、残りの半数でイシュラヴァール半島を越え、南からアルナハブ船をたたく」
スカイが口笛を吹いた。
「そのための、海賊!」
「外交上、イシュラヴァール海軍が表立ってアルナハブを攻撃するわけにはいかん。が、海賊なら」
「国際問題にならないというわけか」
ルビーが言って、マルスが頷く。
「と、同時に、ニケ王妃に密書を出す」
アルナハブ王国のニケ王妃は、長年病の床にあった国王に代わって国政を執り行ってきた。が、高齢になってもなかなか退位しない親にしびれを切らした王子たちが、それぞれに兵力をつけて雌伏している。中でも第六王子のダレイ王子は血気盛んな質で、イシュラヴァールの反乱軍と共闘してマルスと敵対した過去がある。
「アルナハブの内情も、王子派と王妃派に真っ二つに分かれています。三年前には乗ってきませんでしたが、あちらもいい加減、長引く内乱に辟易している頃合いでしょうね。王妃派を取り込むいい機会だ」
海軍将のジャミールが言った。
「アルサーシャ攻撃の前にまず、アルナハブ遠征だ」
マルスの指先が、トン、と地図上のアルナハブを叩いた。おお、と一同が沸き立つ。
「王妃への密使にはシハーブを向かわせようと思う。シハーブもここへ呼んでいたのだが――いつ着く?」
マルスは控えていた小姓に尋ねた。
「それが――シハーブ様は急用とかでおいでになれないと」
「なんだと?」
マルスは彫刻のように流麗な線を描く眉をわずかにひそめた。
「使いの者が階下で待っております。軍議が終わったらお目通りさせようと」
小姓なりに気を利かせたのだろう。が、側近中の側近であるシハーブが、マルスの命をすっぽかすほどの急用、というのが気になる。
「良い。連れてまいれ」
間もなく案内されてきたシハーブの使いは、険しい顔をしていた。その表情から、マルスはただならぬ事態を察知した。
「シハーブに何かあったのか」
「いえ……」
使いの男は室内を素早く見回して、マルスのすぐ横にいたスカイに目を留めた。
「陛下、失礼致します」
そう断って、使いの男は前へ進み出ると、スカイに何事か耳打ちした。と、スカイの顔色が変わった。
それが決して良い知らせではないことを、その場の誰もが察した。
「どうした」
マルスの声に小さな苛立ちが混じった。
「陛下、ここではちょっと――」
「なんだ。言え」
マルスは苛々と言った。
スカイがジャミールに目配せしたので、ジャミールが全員に室外に出るよう促した。ルビーは少し迷ったが、王子のバセルも席を外したので仕方なく一緒に廊下へ出た。
室内にはマルスとスカイ、シハーブの使いだけが残り、ようやくスカイが口を開いた。
「レグルス様が……行方不明です」
ヒクッ――と、マルスの喉が痙攣した。
「盗賊に襲われて、亡くなられたとの噂もあり……今、シハーブ様が手を尽くして捜索しておられます」
使いの男が後を続けた。スカイが瞑目する。
「――っ……」
喋ろうとして、声が出なくて、マルスは呼吸を忘れていたことに気付いた。
「……ファ……リアは……?」
息がうまくできず、言葉が途切れる。
「行方不明です。現場を見た者の話では、辺境の盗賊団の手に落ちたと」
ダン!とマルスの拳が卓を殴りつけた。
「ユーリ・アトゥイーは何をしていた!?あの男は!!」
その怒声は分厚い扉を通して外の廊下まで響いた。その剣幕に圧倒されながらも、使いの男は答えた。少々のことには動じない、落ち着いた壮年の男だった。腰を低く見せているが、恐らくかなり腕も立つのだろうということは、スカイにも感じ取れた。
「ユーリ・アトゥイーは『インドラの戦士』に入ったとか。魔剣のカイヤーンの」
「――っ!!」
マルスは部屋を飛び出した。スカイが後を追う。
「陛下!!」
使いの男が、驚き狼狽えるバセルたちをなだめた。
「王子、ここはスカイ殿にお任せください。一旦お部屋に――」
「……そうか」
応じたバセルの横を、ルビーがすり抜けた。
「スラジャ殿!」
制止の声も聞かず、ルビーはマルスの後を追って駆けていった。
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