イシュラヴァール戦記

道化の桃

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第一章 乱世到来

甘美なる悪夢

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 ――泣いている。誰かが、果てしなく続く砂丘の彼方で。
 手を伸ばしても届かない。駆け寄りたいのに、足は砂に埋もれ、もどかしいほど前に進まない。
 精神こころを引き裂き続けるような、悲痛な声を漏らし、泣いている。――あれはよく知っている女だ。縋るような瞳で男を惑わせながら、それでいて誰にも支配されない女。犯され苛まれ、細い肢体に無数の疵痕を刻みつけられて、それでも一片も汚されることのない女。
 泣いている――かつて、すべてをなげうって愛した女が。
 駆け寄って、この腕に抱きしめたい。その涙と悲しみをすべて吸い取って、全身に口付けたい。あたたかく濡れた内奥深く繋がって、おのれで満たしたい。お前の苦痛をすべて引き受け、共に地獄に堕ちても構わない――。

「――っ……」
 どこか甘美な悪夢から覚醒して、マルスは小さく息を吐いた。無意識に抱き寄せた腕の中では、恋人のルビーが、すうすうと寝息を立てている。その身体は、豊満な胸から引き締まった腰へと見事な曲線を描き、なめらかな肌には疵ひとつない。
 枕元の小卓に置かれた水差しから杯に水を注ぎ、粘つく口中を洗い流す。ふと窓外に視線を巡らすと、夜明け前の群青色の空に白い月が出ている。
 マルスはぐっすり眠っているルビーの首筋に、唇を這わせた。マルスの長い銀色の直毛が、ルビーの真珠のような肌の上に流れ落ちる。
 よほど眠りが深いらしく、ルビーは反応しない。マルスは構わずに彼女の肉感的な唇を塞ぎ、豊かに張り詰めた乳房を揉みしだいた。そして、曖昧な夢の中で昂った自身の先端を、彼女の腹部に押し付けた。
「ん……」
 舌を執拗に絡め取られて、ルビーはようやく小さく喘いだ。眠りから強引に引き上げられて、困惑する間もなく快感がルビーの全身を貫いた。マルスの長い指が乳房の先端を摘み上げ、同時にもう片方の手が股の間に滑り込んで陰核を剥く。
「ん……っあ……!」
 腰が浮き上がり、爪先が反り返る。くちゅり、とマルスが指を侵入させると、そこはしっとりと潤いを帯びてひくひくと吸い付いてきた。
 マルスのそれは、既に硬く張り詰めていた。ルビーの膝を大きく割り広げ、痛いほどの欲求が脈打っている器官を、まだ緩みきっていない入り口に押し当てる。
「――あ!や、あ……っ!」
 ルビーが両眼を見開いて喘いだ。いつになく性急な挿入に、身体が追いつかない。逃げかけた腰をマルスの両手が捕まえて、強引に先端をねじ込んだ。
「あぁ!」
「――っく……」
 マルスを半分だけ呑み込んだところで、ルビーのそこは限界だった。他方、マルスの陰茎は怒張しきって、猛り狂っている。
「マ……ルス……おねが……っ」
 ルビーが眼尻まなじりに涙を滲ませて懇願する。
「もう少し……ゆっくり……っあ!」
 言い終わる前に、マルスはずぶりと奥深く貫いた。この日、マルスには恋人の願いを聞いてやるほどの余裕はなかった。マルスの中で言いようのない不安が渦巻いて、出口を求めて暴れている。
 砂漠を統べるイシュラヴァール王国の、かつて王だったマルス。追放されていた弟が首謀したクーデターによって玉座を追われたが、戦力を蓄え、虎視眈々と復権の時を狙っていた。
 マルスには、恐れも不安も無縁だ。必要なのは鋭い洞察力と冷徹な判断力で、マルスは常にそれをわきまえていた。マルスにとって、玉座は権力の象徴ではない。王になるべくして生まれ、王になるべくして育てられたマルスには、王であることが生きる理由であったし、王として国を統べ栄えさせることは義務であった。マルスは玉座を欲したことなどない。玉座がマルスを必要としているのだ。欲望がなければ、失う恐怖もない。
 だから、時折沸き起こる不安をマルスは恐れ、そんな自分に怒りを覚えた。
 不安の正体はわかっている。わかっていても、どうしようもない。マルスは何も知らないルビーをめちゃくちゃに抱いて、行き場のない感情をぶつけるしかできなかった。
「いやあ……!だめ、もう……っ!」
 強制的に絶頂させられ、ルビーは小さく痙攣した。そのままぐったりとベッドに沈み込む。マルスはルビーの腰を背後から掴んで高く上げさせ、ぐっしょりと熟れきった秘所に自らの屹立を突き立てた。硬く膨らみきったマルスの楔が一気に子宮を突き上げ、内壁をえぐった。
「あ…ーっ……!」
 シーツにしがみついて、ルビーが悶える。と同時に、透明な潮が噴き出してシーツを濡らした。
 マルスは脱力したルビーを仰向けにして、唇に喰らいついた。ルビーは自らの潮で下半身を膝まで濡らして、羞恥のあまり涙を流している。ルビーの舌を貪りながら、マルスは再び挿入した。
 どれだけルビーを抱いても、満たされることなどない。
 そんなことは、わかりきっている。

 欲望がなければ、不安も恐怖も無縁なのだ。
 マルスはかつて、ただひとついだいた欲望を封印した。それはもう何年も前に、失ってしまった女。
(それでもいまだに夢に見るのは、未練か)
 泣いているのだろうか、砂漠のどこかで。そう想像するだけで、胸中に墨を流すように不安が湧き起こる。だが自分には、その涙を拭いてやることすらできない。
「叶わぬ夢など、見なければ良いのに……」
 抱き潰されて眠ってしまったルビーを見下ろして、マルスはぽつりと呟いた。
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