イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第九章 海賊編

縁談

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 イシュラヴァール国王は最近めっきり星の間から出てこなくなった。
星の間ここで事足りるのならわざわざ年寄りどもの顔を拝みに出歩く必要もあるまい」
 マルスは長椅子に身を預けて、薬草を噛みながら書類を眺めていた。庭先ではスカイが剣の手入れをしている。
「――伝書鳩役も楽ではありませんがね」
 シハーブが嘆息して言った。外に出ない国王の代わりに奔走しているのは、他ならぬ彼だったから。
「間もなくお客人がお着きです。謁見のご用意を」
「ああ、今日だったか」
 マルスは書類を置いて立ち上がると、小姓に手伝わせて身支度を整える。
「テビウスの市長だったか?」
「は。そしてリアラベルデの元首の第一子ですな」
「要件は?」
「お誕生日のお祝い……とのことでしたが」
「見え透いたことを」
 支度を整えたマルスは一笑し、シハーブと共に星の間を後にした。その後ろ姿を見送って、スカイは近衛隊へと戻った。
 いくつかある謁見の間のうち、こぢんまりとしてはいるが上質な調度品で彩られ、日当たりの良い庭に面した一室に、客人は通された。
「イシュラヴァール国王は趣味が良いな」
 大きな羽飾りのついた帽子をかぶり、赤地に金の刺繍の入ったフロックコートを着た男装の麗人が、通された部屋を見回して値踏みした。
「庭木も珍しいものを植えている。そこから外に出られるのかな」
 客人は、つい、と縁側に寄った。
「そのようですね。でもスラジャ様、そろそろいらっしゃいますよ」
 三人従えた侍従の一人が、主人を窘めた。その時だ。
 奥の扉が開き、白い長衣とターバンを纏った男に先導されて、見事な銀髪の男が現れた。
「お待たせした。イシュラヴァール国王陛下である」
 シハーブが紹介する。
「リアラベルデ共和国テビウス市長、スラジャ・サキルラートと申します」
 客人――スラジャは、片膝をついて礼をした。脱いだ帽子から波打つ金髪がこぼれ落ちる。恭順を表す態度とは裏腹に、挑みかかるような眼つきが印象的だ。
「マルス=ミカ・イシュラヴァールである。――掛けられよ」
 マルスはスラジャに椅子を勧め、自らも腰掛けた。
「屈指の貿易都市テビウスの市長が、これほど若く美しい女性だったとは」
 マルスの言葉通り、スラジャはくっきりとした目鼻立ちの美女だった。挑みかかるような瞳が、男装と相まって、見る者の目を惹きつけて放さない魅力を放っている。
「恐れ入ります。国王陛下に置かれましては、ご機嫌麗しく。今日はお誕生日のお祝い品をお持ちしました」
「誕生日か……久しく忘れていた。いや、ありがとう」
 差し出された包みをシハーブが受け取り、中身をマルスの前に置いた。
「お生まれ年のワインと、シャルナク製の寄木細工、超一級の職人の作です」
「――ほう」
 マルスは卓に置かれた小箱を手にした。表面には色とりどりの宝石が隙間なくはめ込まれ、眩い輝きを放っている。その宝石をパズルのようにカチカチカチと数回組み替えると、箱の蓋がするりと開いた。
「これもシャルナク製か?」
 中には、美しい銀細工模様が施された一丁の拳銃が入っていた。
 スラジャはにっこりと笑った。
「陛下は銃口それをどちらに向けられますか?」
 マルスは銃を手に取ると、まっすぐにスラジャに向けた。
「市長殿は我が国と帝国を手玉に取るおつもりか?」
 スラジャの眼差しが一層強い光を放つ。自分に向けられた銃口に全く頓着していない。
「御冗談を。わたしどもはイシュラヴァール国の一層の繁栄のために、ぜひお手伝いさせていただきたいと思っております。レーは我が国の船が最も多く寄港している港。ここを自由化することで、レーを玄関口として、シャルナクや更に西からテビウスを通っていく物資が、アルナハブ含め東国各地へと流通していき、その中継地としてイシュラヴァールはますます栄えることでしょう」
「レーを自由港にせよと?」
「目先の関税よりも大きな富が。聡明な国王陛下にはおわかりかと。これからの外交は戦争よりも貿易の時代だと、そう思われませぬか」
「それが父君の意向か?」
「いえ、わたしの考えです」
 マルスは銃を置いた。
「シハーブ、グラスの用意を」
「は」
 シハーブはグラスをふたつ卓に並べ、優雅な手付きで、先程贈られたワインを注いだ。
「貴女とは少々深い付き合いになりそうだ」
 マルスはグラスを掲げ、真紅の液体ごしにスラジャを眺めた。
「恐れ入ります」
 スラジャもまたグラスを掲げ、にっこりと笑う。
「残りの贈り物は別途届けさせております。どれも西の国々の珍品を選りすぐりました。併せてお収めくださいませ」
「いくら物で釣っても、簡単に首を縦に振るほど私はお人好しではないぞ。何が望みだ」
「そうですねえ――では、お庭を見せていただけますか?来た時から気になっていて」
「よかろう」
 マルスはグラスの中身を飲み干して立ち上がり、スラジャに手を差し伸べた。その手にスラジャは優雅に手を重ね、二人は連れ立って縁側を出た。
 その小さな庭園は、砂漠では珍しい樹木で構成されていた。南国のような大きな葉や鮮やかな色の花々がない代わりに、抑えた色調の中に安らぎを覚える。柳が見事な枝を枝垂れさせ、合歓の木が桃色の煙のような花を咲かせている。木陰に隠れた小さな池には蓮が咲き、涼しい空気を感じる。一見奔放に茂っているようで、枝の長さ、水面に浮かぶ葉の一枚まで、計算され尽くした繊細さがある。
「聞いておろう、我が国はここ数年、いささか内憂に振り回されている。自由港化どころではないというのが正直なところだな」
 マルスはゆっくりと庭を周りながら言った。
「反乱が起きているのは存じています。話し合いの可能性は?」
「若い市長殿はご存じないかもしれぬが、彼等はかつて世界の半分を支配していた一族の生き残りだ。獰猛で排他的な神を崇め、伝説を盲信し、殺戮を好んだ。その力を復活させてはならないのだ。少数民族として細々と生きていく分には目をつぶっていたが、増長されては困る。力で勝てると思わせてはならぬ。戦争よりも経済と貴女は言ったが、未来の戦争を防ぐための戦いは必要だ」
「……スラジャですわ」
 マルスはスラジャに向き合った。そのままスラジャの背中を合歓ねむの木に押し付けるように間合いを詰める。
「正直に申せ。戦いを望まぬというのは本意ではなかろう――スラジャ・サキルラート」
 スラジャの濃い睫毛に息が掛かるほど近くで、マルスは言った。スラジャの瞳が、楽しそうに煌めいた。
「――もう少しをさせていただきましたら、そのあたりのお話も弾みそうですわね」
「ふ。喰えない女は嫌われるぞ」
 そう言って、マルスはスラジャから身を離した。
「――そうそう、父から親書を預かっておりました。一応申し上げておきますが、何、年寄りのたわ言と聞き流してくれて一向に構いませぬよ」
 スラジャは懐から一枚の封筒を取り出して、マルスに手渡した。
「では、そろそろおいとまします。残りのワインはぜひ、側近の方々とお楽しみくださいませ」

「そんな美女なら僕もぜひ見てみたかったですね」
 夜、星の間に呼ばれたスカイがワイングラスを傾けながら言った。
「それにしても、こんなにおいしいワインは久しぶりだなあ。ごちそうさまです」
 スカイはグラスの中の紅い液体をクルクルと揺らした。
 シハーブも、久しぶりに寛いだ表情でワインを飲んでいる。それも、謁見の後のマルスがどことなく調子が良さそうで、薬草にもほとんど手を付けていなかったからだ。今夜くらいは、張り詰めていた気分を少しだけ緩めてもいいだろう。
「そういえば、なんだったんですか?リアラベルデ元首の親書の内容は」
 シハーブが思い出したようにマルスに尋ねた。
「縁談だ」
 マルスは事も無げに言った。
「……え?」
 予想だにしなかった答えに、シハーブが固まった。スカイもワインにむせている。
「縁談……とは、ええと……どなたと、どなたの?」
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