イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第六章 アルナハブ編

それぞれの葛藤

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 司令室に戻ったジェイクは、苛立ち紛れにそこにあった椅子を蹴り倒した。
「……くそ!俺はいつもこういう役回りか!」
 ジェイクの背後、戸口でくっくっと笑ったのはカイヤーンだ。
「あんたも報われねぇなぁー。あいつへの愛が空回りしてるぜ」
「気持ち悪いことを言うな。奴に死なれちゃ困るだけだ」
「どうだかな。たまには流れに任せてみるのも一興かもしれんぜ」
「今進む道が既に濁流だ。女ひとりのために、ここまで集めた同志を奈落に落とすわけにはいかん」
「だとしても、ユーリあいつにも女にも選ぶ権利はあるだろうが」
「選ぶ?」
「別々の道を生きるか、共に奈落へ堕ちるか」


 石造りの砦の地下には鍵のかかる部屋がいくつかあった。平時には貯蔵庫や物置になっていたが、地下牢としても機能した。
 ユーリは捕虜というわけではなかったので、見張りは一人しか付けられず、それも用事ができると時折席を外すという緩い監視体制に置かれた。ジェイクとしても長期間監禁するつもりなどはなからない。しばらくしたら落ち着くだろう、という程度の考えだった。
「ユーリ」
 見張りのいない隙をみて、ハッサが声を掛ける。
「……ハッサか」
 ハッサはどこから調達したのか、鍵を開けて中に入った。
「ジェイクもピリピリしてるからなぁ……悪気はないんだぜ、きっと」
「……わかってる」
 ジェイクとユーリは少年の頃からの付き合いだ。思考も性格も知りすぎるほど知っている。
「……俺は、お前の好きにしたらいいと思うぜ」
 ハッサは少し考えてから言った。
「王さまのお妃になるなんて、ちょっと突飛な話だしさ。俺はよく分かんねぇけど……そりゃあ、お妃さんになるなんて、普通は嬉しいことなんだろうけど……でももし誤解があったら、もし、もしだぞ?もしあの娘がそれを望んでいるわけじゃないんだったら、……かわいそうだなあと思うよ」
 ハッサの訥々とした話し方が、興奮していた精神に穏やかに沁み入ってくる。
「まあ、こんな話は今のジェイクには通用しまいよ……だからさ、お前があの娘に会って、直接確かめたらいいじゃないか」
「俺も賛成だ」
 暗がりの中からもう一人の声が響いた。
 朱色のターバンを頭に巻いたカイヤーンが、白い歯を見せてにやりと笑った。
「俺はあの女が欲しい――変な意味じゃねぇ。あいつはきっと、俺たちの女神になるぜ」
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