イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第五章 恋情編

近衛隊長への苦情

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 鼠混入事件からひと月が経った。
 後宮でのアトゥイーへの嫌がらせは止むことはなく、日に日にエスカレートしていた。
「わたしの部屋だけ掃除も洗濯もされないし、なんなら埃を全部置いていかれる。犬猫の死骸が投げ込まれるなんてざらだし、最初の頃は毎日何かが部屋から消えていた。……もっとも大したものは置いていないから、すぐに盗るものがなくなって止んだけど。困るのは減ることよりも増えることだ。覚えのないものが部屋にあって、泥棒呼ばわりされる。髪飾りや指輪なんかはまだいいが、こないだなんてわたしの背丈ほどもある壺が置いてあった」
「……壺!!」
 話を聞いていたスカイが腹を抱えて爆笑した。こちらに背を向けているシハーブも、肩が震えている。近衛隊の訓練前、ひとときの余裕ができて、たまたま三人話す機会ができたのだ。
「笑いごとじゃない。壺なんて盗んでどうするというのだ。だがその弁明で、昨日は一日潰れた。他にも掃除や洗濯や探し物で、休む間もない」
「女の嫉妬は怖いねぇ」
「スカイ、そういうわけだから、そろそろわたしを後宮付きから外して。仕事にならない」
「……仕事にならんのはこっちも同感だ」
 シハーブがぼそりと呟く。尤も、仕事をしないのは彼の主人だったが。
「話をややこしくしないでください、シハーブ様。で、陛下はどれくらい君を呼んでるの?」
「…………ジャスミンの日は、さすがに遠慮した」
「は……!」
 スカイはまた笑い声を上げた。
 ジャスミンの日、とは、亡くなった正妃の月命日だ。それ以外は、たとえ月のものが来ていても、添い寝だけでもと寝床に引っ張り込まれる。
「はは、は!それはまた、君も大変だねぇ!」
「笑いごとじゃない」
 アトゥイーはむっとしてスカイを睨んだ。その頬が赤い。
「まあ、ちょっと進言してみるよ。でもきっと無理だと思うけど」
 何がそんなにおかしいのか、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭きながらスカイは言った。
「どうして?他の女兵士を寄越せばいいだけのことでしょう?」
「だって君が後宮付きじゃなくなったら、陛下が寝所に呼べないじゃないか――あ、でも」
 スカイはふと顎に手を当て、考えを巡らせる。
「……いけなくはない……のかな?」
「……?」
 アトゥイーはきょとんとした。
「……おい、スカイお前、なにを考えている?」
 シハーブは悪い予感がした。が、やがて三々五々隊員が集まってきて訓練が始まり、その話は一旦それきりになった。
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