イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第四章 遠征編

奇襲

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「スカーーーーーイ!!!」
 ウラジーミル・ザハロフの声が、乱戦のアルヴィラに響き渡った。
 ウラジーミルはスカイを助けに向かいかけたが、自身も敵に囲まれていた。進むに進めないでいるうちに、入り乱れる兵士たちの向こうで、スカイの姿は敵兵たちに囲まれて見えなくなった。
 スカイを失い、戦況は一転した。
「だめです!もう、もちません……!」
 小路を守るあちこちから、悲鳴のような報告が入る。待てど来ない本隊は、何か不測の事態が起きたのか。
「……撤退、撤退ー!!」
 スカイを失った先発隊は、とうとう切り拓いたルートを捨てて、市場の外へ撤退した。

(……このまま、死ぬのか……?)
 スカイは薄れてゆく意識の中で、最後に銀色の幻を見た。
(陛下は……陛下は、ご無事なのかな……)

 この日の戦いでユーリ・アトゥイーは、国軍を退けた英雄として、反乱軍の筆頭戦士に迎えられた。

   *****

 遡ること二日前。
 国王マルスのいる遠征軍本隊は、アルヴィラまであと一日という場所で野営していた。
 馬を繋ぎ簡易なテントを張ると、兵に夕食が配られる。アトゥイーやエディら、マルスのテントを守る近衛兵たちにも、食事係が夕食を持ってきた。各自携行しているブリキの椀に飯入りのスープをもらい、同じく携行している匙で食べる。食事が終われば各自砂で食器を洗う。
 マルスはシハーブとテントにいた。献上品のワインを傾けながら作戦を話し合う。
「アルヴィラ砦は市街が邪魔だ。あそこに潜まれたら城に辿り着けん」
「対ゲリラ戦は傭兵隊が得意です。予定では明朝から先発隊が攻撃を仕掛け、敵の戦力を測る手筈に――いかがされました?」
 くらり、とマルスの視界が揺れた。額に手を当てたマルスを、シハーブが怪訝そうに見る。
「いや……なんでもな……」
 言い終わる前に、マルスは地面に大量に吐瀉した。
「毒か――!」
 倒れ込んだマルスを支えて、シハーブは叫んだ。
 アトゥイーはテントに飛び込んだ。青ざめて速い息を吐くマルスに駆け寄ると、舌の色を見て脈を測る。
「スナカズラの毒だ……解毒剤があるはず、医師を」
 エディが水桶を抱えてきた。アトゥイーはマルスに水を飲ませては、口に手を入れて吐き出させる。
「……毒見役はどこだ!毒見役を捕らえろ!」
 シハーブがテントを飛び出した。マルスが口にするものはすべて毒味済みだった。毒見役が食べた後、解毒剤を飲んだとしたら。シハーブは兵士たちとともに毒見役の奴隷を探した。
 テントの周辺に、くだんの奴隷の姿はなかった。代わりに、夜空から矢の雨が降ってきた。
「敵襲―――!」
 見張りの兵が声を上げた。
「なんだと……」
 シハーブは剣を抜き放ち、飛んでくる矢を叩き落とす。
「くそ!こんな時に」
 言いかけて、ぞわり、と背筋が寒くなった。
(――偶然などない……仕組まれたのだ)
 次の瞬間、戦闘民族の騎馬兵百騎余りが、鬨の声を上げて闇の中から野営地へと躍り出た。
「ヒャハ――ッ!!」
 騎馬兵は物凄い速さで駆け抜けながら、テントと言わず兵士と言わず薙ぎ倒していく。
「応戦しろ!敵の数は少ない!怯むな!」
 シハーブは手近にあった長槍を掴んで、敵を馬ごと攻撃しながら叫んだ。
 次々と襲いかかる敵を、シハーブは確実に倒していく。
「くそっ……マルス様……!」
 逃げ惑っていた馬に跨って、なんとかテントに戻ろうとしたシハーブの行く先に、一頭の馬が進み出た。馬上では、赤いターバンを巻き、見事な曲刀シャムシールを手にした男が、不敵な笑みを浮かべている。
魔剣ズルフィカールのカイヤーンだ!」
 誰かが言った。キューター族の族長カイヤーンは、戦闘民族屈指の剣士と名高い。国軍兵士たちは剣を構えたままじりじりと後退り、カイヤーンから距離を取る。その様子を見回して、カイヤーンは薄く嘲笑った。
「ふ、見掛け倒しだな、国軍兵とやらは」
「行くぞ」
 シハーブは剣を構えて突進した。

 テントは敵に囲まれていた。テントを守る近衛兵は精鋭だったが、戦闘民族の戦士たちはそれに劣らず強かった。加えて、毒に倒れた国王を守らなければならない。
 とうとう敵の剣がテントを裂いた。
 マルスとアトゥイー目がけて踊りかかってきた敵を、エディが一振りで斬り捨てた。
「アトゥイー、逃げろ!」
 アトゥイーが血路を開き、エディはマルスの脇下に身体を入れて立たせると、アトゥイーの後についてテントを出た。
 エディはマルスを馬に乗せて言った。
「陛下を、とにかく安全な場所に」
 野営地は敵味方が入り乱れる戦場と化していた。
「一旦ここを離れよう」
「でも、薬が」
 アトゥイーが言いかけた時、新たな敵が三騎現れて、囲まれる。
「くそっ」
 エディはアトゥイーに手綱を持たせると、敵に斬りかかっていった。
「逃げろ!アトゥイー、陛下を守れっ!」
「エディ!」
 アトゥイーはマルスの後ろに飛び乗った。敵に囲まれて戦うエディを背後に、アトゥイーは夜の砂漠へと馬を走らせた。
 手綱を握る腕の中で、マルスはぐったりと目を閉じていた。顔は青ざめ、たてがみにしがみついた指先が冷たい。
 ぽつり、と何かが顔に当たった。
(――血?)
 ふと、耳元で囁く声がした。
 ――あれは兵士のふりをしている奴隷だよ――。
「……えっ……?」
 ――奴隷のくせに、剣など持って。
 振り返ると、暗闇の中に血塗れの男が立って真っ直ぐにこちらを指差している。
『ナゼ、おマエはそちらガワにイる?』
「あ、ああ……ッ」
 アトゥイーは剣を大きく振った。と、血塗れの男は消えた。
 幻影だった。
「ヒャッハーーーーッ!!」
 我に返ったアトゥイーの目の前に、敵が数騎、躍り出た。
 アトゥイーは鐙に立って剣を振るう。二太刀交わして、一騎が砂に沈んだ。
 間髪入れずに左右から剣が振り下ろされる。アトゥイーは手綱を引いて馬首を左へ急旋回させると、馬の背に片膝をついて左方の敵の背後から斬りつけた。突き刺さった剣を凪いで敵を馬上から振り落とすと、空になった馬の背に飛び移る。
 アトゥイーの体内の奥深くで、何かが目覚めた。それは古い古い記憶。
 ずっとずっと昔に、馬に乗って砂漠を駆け巡った記憶。
 ――ねぇ、見て!父さん、母さん、ほら!
 幼いファーリアは、馬の背に立って、自由自在に馬を操っていた。まるで身体の一部のように、馬と戯れながら育った。
 そんな娘の姿を、父母が笑いながら見つめている――。
『おマエのカラダにはユウボクのタミの血がナガれているはずだ――』
「……ァアアっ!」
 頭をひとつ振って、幻影を払う。
 目の前に繰り出された剣を避けざまに、大きく開いた敵の脇下から刺し貫く。
「がふ……っ」
 深く食い込んだ剣を勢いをつけて引き抜くと、敵の体はぐらりと傾いで馬から落ちた。その腕に、見事な刺青が見えた。太陽と月の伝説。アトゥイーの肩にあるそれと、同じ。
 ぽつり、とまた、顔に当たった。
 砂漠には滅多に雨は降らない。だからはじめ、アトゥイーはそれが雨だと気付かなかったのだ。
 ぽつぽつと雫が落ちてきて、やがてざあっと降り出した。大粒の雨が血を洗い流していく。
 ――逃げて、逃げて、遊牧民のふりをして、人を殺して。
 ――今度は兵士のふりをして、遊牧民なかまを殺している――。
 血が流れ去っても、幻聴は消えない。服についた返り血は雨と混ざり合って、ぐっしょりと重く肌に貼り付く。
「わたしは……わたしは、なぜ」
 何のために戦うのだろう。家もない。守る家族もいない。奴隷として育ち、一日を生き延びるのに必死で、自分の国のことなんて考えたこともなかった。
「イヤアアーーーッ!」
 気合の声と共に、敵の最後の一騎がマルスを乗せたままの馬めがけて駆けていくのを、目の端で捕らえる。
 アトゥイーの跨った馬が高く跳んだ。
 マルスに襲いかかる敵の首を、アトゥイーの剣が両断する。
 首から離れた頭部が、毬のように砂の上を転がった。
『私の側で、私を守れ――』
 ――そうだ。わたしの戦う理由。
「……わたしは、このひとを守らないと」
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