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2年生
見よ、勇者は帰る。
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カイトは1位でゴールした。
その瞬間、私とソラタも元に戻った。
「やったあ!1位だ!」
ソラタがカイトとハイタッチするのを、遠い保護者席から眺める。
「――あ!」
そうだ、と思い出して、私はカメラを構えてシャッターを切った。
父親の役目をほんのちょっぴりだけ果たしたカイトが、どこか誇らしげに戻ってくる。
「どうだ、見直したか?」
Vサインを作ったカイトを、私は努めて冷ややかに迎えてやった。
「そういうの、おいしいとこどり、っていうのよ」
「……ふーん……」
カイトが意味ありげな顔で私を覗き込む。
「……な、何よ?」
「いや別に。戻ったんだなって」
「ど……っ、どういう意味!?」
まさか、入れ替わってたことがカイトにバレたんだろうか。
「なんでもないよ。気のせい気のせい」
「気っ、ききき、気になるじゃないの!」
私はすっかりしどろもどろ。そしてカイトは相変わらず涼しい顔をしている。
軽く伸びをして、カイトは言った。
「さてと、行くかな」
「えっ……?」
「息子の成長も見れたし」
「せっかくだから、終わるまで見ていけばいいのに……」
私は何を言ってるんだろう。さっきまで早く帰れと言わんばかりの態度を取っていたのに。
でも、なんとなく。
「ソラタにさよならも言わないで行っちゃうの?」
「だってお前、あいつに俺のこと話したくないんだろ?」
「それは……今はちょっと、心の準備とか」
「だからいいよ。あいつも俺と話すことなんかないだろうし」
「どこにいるの?明日とかなら」
なんで私は引き留めようとしているんだろう。やり直せないって、さっきもはっきり思ったのに。
だけど、カイトは。
「そろそろ飛行機の時間だからさ。またいつかな」
「飛行機!?って、あなたどこ行くの!?」
「アゼルバイジャン」
「………はぁあ!?」
「お金はいつもどおり振り込んでおくよ。足りなかったら連絡して」
そう言って、メールアドレスの走り書きを私に握らせると、カイトは飄々と去っていった。
トラックでは高学年の親子が二人三脚をしている。
「どこだよ、アゼルバイジャンて……」
私は所在なくスマホを出して検索した。
「あの人、帰っちゃったんだね」
帰り道、ソラタが言った。首には金メダルが掛かっている。
「うん。お仕事だって」
「ふーん」
父親だ、と話していないせいか、ソラタの反応は思いのほか淡々としていた。
「……ねえ、入れ替わってる時、あの人となんか話した?」
ソラタは首を振った。
「お母さん、元気かって言ってた」
お母さん、元気か……?
そんなの見ればわかるじゃん。
「ねえ、あの人さ、僕らが入れ替わってたの、知ってた?」
ソラタが見上げてくる。繋いだ手の平は、ほこりっぽくて、まだ小さい。
「……わかんない……知らないと思うけど」
「ふーん……」
「……ねえソラタ」
「なあに?」
「……ううん、なんでもない」
お父さん、ほしい?って聞こうとして、やめた。
なんだか判断を押し付けているみたいで、卑怯な気がしたから。
――でももし、ほんとにソラタがカイトを必要としていたら……私はどうするべきなんだろう。
ソラタと繋いでいないほうの手の中には、メールアドレスをメモした紙が、くしゃくしゃになって握られていた。
家に帰ってシャワーを浴びたら、ソラタはころんと転がって眠ってしまった。
網戸越しに夕方の風が入ってきて、ソラタの産毛を撫でていく。
私も隣に寝転がって、ソラタの寝顔を眺めた。
そして、ふとカイトの肩車を思い出した。
カイトが地面を蹴るたびに、ふわりと伝わってくる浮遊感。
他人に身体をすっかりあずける、不安と安心がごっちゃになった感覚。
地上とは温度の違う風。
あの輝く風は、手が届くほどの青い空は、ソラタこそが見るべき景色だった。
「ごめんね……ソラタ……」
もし今、カイトとやり直したら。
あの景色を見せてあげられるかもしれないのに。
その瞬間、私とソラタも元に戻った。
「やったあ!1位だ!」
ソラタがカイトとハイタッチするのを、遠い保護者席から眺める。
「――あ!」
そうだ、と思い出して、私はカメラを構えてシャッターを切った。
父親の役目をほんのちょっぴりだけ果たしたカイトが、どこか誇らしげに戻ってくる。
「どうだ、見直したか?」
Vサインを作ったカイトを、私は努めて冷ややかに迎えてやった。
「そういうの、おいしいとこどり、っていうのよ」
「……ふーん……」
カイトが意味ありげな顔で私を覗き込む。
「……な、何よ?」
「いや別に。戻ったんだなって」
「ど……っ、どういう意味!?」
まさか、入れ替わってたことがカイトにバレたんだろうか。
「なんでもないよ。気のせい気のせい」
「気っ、ききき、気になるじゃないの!」
私はすっかりしどろもどろ。そしてカイトは相変わらず涼しい顔をしている。
軽く伸びをして、カイトは言った。
「さてと、行くかな」
「えっ……?」
「息子の成長も見れたし」
「せっかくだから、終わるまで見ていけばいいのに……」
私は何を言ってるんだろう。さっきまで早く帰れと言わんばかりの態度を取っていたのに。
でも、なんとなく。
「ソラタにさよならも言わないで行っちゃうの?」
「だってお前、あいつに俺のこと話したくないんだろ?」
「それは……今はちょっと、心の準備とか」
「だからいいよ。あいつも俺と話すことなんかないだろうし」
「どこにいるの?明日とかなら」
なんで私は引き留めようとしているんだろう。やり直せないって、さっきもはっきり思ったのに。
だけど、カイトは。
「そろそろ飛行機の時間だからさ。またいつかな」
「飛行機!?って、あなたどこ行くの!?」
「アゼルバイジャン」
「………はぁあ!?」
「お金はいつもどおり振り込んでおくよ。足りなかったら連絡して」
そう言って、メールアドレスの走り書きを私に握らせると、カイトは飄々と去っていった。
トラックでは高学年の親子が二人三脚をしている。
「どこだよ、アゼルバイジャンて……」
私は所在なくスマホを出して検索した。
「あの人、帰っちゃったんだね」
帰り道、ソラタが言った。首には金メダルが掛かっている。
「うん。お仕事だって」
「ふーん」
父親だ、と話していないせいか、ソラタの反応は思いのほか淡々としていた。
「……ねえ、入れ替わってる時、あの人となんか話した?」
ソラタは首を振った。
「お母さん、元気かって言ってた」
お母さん、元気か……?
そんなの見ればわかるじゃん。
「ねえ、あの人さ、僕らが入れ替わってたの、知ってた?」
ソラタが見上げてくる。繋いだ手の平は、ほこりっぽくて、まだ小さい。
「……わかんない……知らないと思うけど」
「ふーん……」
「……ねえソラタ」
「なあに?」
「……ううん、なんでもない」
お父さん、ほしい?って聞こうとして、やめた。
なんだか判断を押し付けているみたいで、卑怯な気がしたから。
――でももし、ほんとにソラタがカイトを必要としていたら……私はどうするべきなんだろう。
ソラタと繋いでいないほうの手の中には、メールアドレスをメモした紙が、くしゃくしゃになって握られていた。
家に帰ってシャワーを浴びたら、ソラタはころんと転がって眠ってしまった。
網戸越しに夕方の風が入ってきて、ソラタの産毛を撫でていく。
私も隣に寝転がって、ソラタの寝顔を眺めた。
そして、ふとカイトの肩車を思い出した。
カイトが地面を蹴るたびに、ふわりと伝わってくる浮遊感。
他人に身体をすっかりあずける、不安と安心がごっちゃになった感覚。
地上とは温度の違う風。
あの輝く風は、手が届くほどの青い空は、ソラタこそが見るべき景色だった。
「ごめんね……ソラタ……」
もし今、カイトとやり直したら。
あの景色を見せてあげられるかもしれないのに。
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