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2年生
天国と地獄。
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もうサンドイッチも唐揚げも味なんかしなかった。
ソラタも無言で黙々と食べ物を口に詰め込んでいる。あー、焦ってるだろうな……。
ソラタはもうこの不思議現象――年に一度くらい、私と身体が入れ替わること――を自覚している。そして「このことは誰にも内緒」ってことも、なんとなく分かってるみたい。まあ、言っても信じてもらえないだろうしね。そもそもこの現象自体が数分~数時間しか続かないので、他人に説明する暇なんてない。
でも、さすがに運動会に、初対面の正体不明の男の目の前で、入れ替わるなんて、ソラタが慌てないほうがおかしい。なんなら私だってだいぶ混乱している。
(ねえ、お母さん、この人に気づかれちゃダメだよね!?)
(当たり前じゃない!こんなこと、説明しようがないし!)
(ねえ、運動会はどうするの?午後もまだあるよ?)
(いつ元に戻るかわかんないし……とりあえずお母さんが行くわ!)
……と、ソラタとアイコンタクトで会話する。余計なことを話してバレても面倒なので、いきおい、ふたりとも無口になってしまう。
そんな私たちをよそに、どこまでもマイペースな男・カイト。唐揚げ頬張って「うまい!やっぱ定番が最高だよねー」なんて言ってる。
「それにしてもソラタくん、大きくなったねえ」
「え?あ、えっと、はい?」
カイトがいきなり私に向かって話しだしたので、慌てて顔を上げた。
「感慨深いなぁ。あ、実は俺、ソラタくんのパ……ぐっは!」
私は思わず、手にしていたおにぎりをカイトの顔めがけて投げつけた。何を言い出す気だよ、まったく。百歩譲って親子の名乗りを上げるとしても、少なくとも運動会にやる話ではないだろう。
「あー、ごっめんなさーい!虫が飛んできたからびっくりして投げちゃったよー!」
棒読みでの言い訳する私。
その時、天の救いか悪魔の声か、校庭にアナウンスが響き渡った。
『間もなく午後の競技が始まります。児童の皆さんは応援席に戻ってください。低学年の児童の皆さんは、競技の準備をしてください……』
「……じゃ、じゃあ、そろそろ行くね!えーと、次の競技って……」
「借り物競走だよ!」
ソラタがすかさず教えてくれる。
「あ!そうだったそうだった!じゃ、行ってきます!」
ううう、運動会、張り切ってただろうに、ごめんよソラタ……願わくは、早めに元の体に戻りますように!
出番を待っている間も、私は気が気ではなかった。
(カイト……ソラタに変なこと喋ってないでしょうね……?)
チラチラと二人の様子を伺っているうちに、順番が回ってきた。
「位置について、用意――」
パァン!
ピストルが鳴る。
事ここに至っては、せめてソラタの顔に泥を塗るまいと、私は全速力で飛び出した。
よし。視界には他の走者はいない。真っ先に地面にまかれた紙を拾い上げる。
「えーと、えーと」
そこに書かれていたのは。
【応援に来た家族におんぶしてもらってゴールを目指す】
「……まじか?」
おんぶ……だとう!?
「早く早く!」
私の――つまり、ソラタの声が聞こえた。ハッと周りを見回すと、続々と走者たちが追いついてきて紙を拾っている。
私はとにかくソラタとカイトのところまで行った。
「何!?何が書いてあるの!?」
興奮したソラタが、私の手から紙をひったくった。そして。
「おんぶ……おんぶ……?」
ソラタは、一瞬固まった後、「無理無理無理無理!」って顔で首をぶんぶん振った。
「で、すよね~~~……」
いくら身体が大きくても、中身は小学二年生。どう考えても私をおぶって走れるとは思えない。
むしろおぶってもらうこっちが怖いわ!
ええい、こうなったら仕方ない!
「……っ、カイト!お願い!」
私をゴールに連れてって!とばかりに、メモを押し付けた。
「おう!任せろ!」
カイトは応援席に張られたロープをまたいで、私をひょいっと肩に乗せた。
「ひゃあ……っ!」
高い。
青い空が、近い。
周りがみんな、下の方に小さく見えて。
「すご……っ……!」
風が、輝いて見えた。
「行くぜぇっ!しっかり捕まってろよ!」
カイトが走り出す。
軽やかに。
輝く風をまとって。
「……って、いやいや肩車じゃない!おんぶおんぶ!!」
「あ、そっか」
カイトはしゅるりと私を肩から下ろし、背中におぶって再び駆け出した。
「夢だったんだよ、息子を肩車するの。許せよな」
カイトがぼそりと言った。
「……じゃあなんで……」
「ん?」
「じゃあなんで、今までほっといたの……?」
この8年が、走馬灯のように浮かんでは消える。あの瞬間もこの瞬間も、あなたがいてくれていたら。
二人きりで過ごす夜の、どうしようもない寂しさを、私もソラタも、何度飲み込んできたことだろう。
「今更来たって、遅いよ……勝手だよ……!」
「じゃ、来なきゃよかったか?」
カイトが言った。
「終わったことを言っても、過去は変えられないからなあ」
そういう意味じゃない。わかってるくせに、なんでこういうこと言うんだろう。私は泣きたくなった。
(そうだ。私はカイトのこういうところがダメだったんだ)
カイトは正しい。カイトはなんだってできて、いつだって合理的。変えられない過去を後悔したりしない。
カイトともう一度やり直すことなんて、できない。
ソラタも無言で黙々と食べ物を口に詰め込んでいる。あー、焦ってるだろうな……。
ソラタはもうこの不思議現象――年に一度くらい、私と身体が入れ替わること――を自覚している。そして「このことは誰にも内緒」ってことも、なんとなく分かってるみたい。まあ、言っても信じてもらえないだろうしね。そもそもこの現象自体が数分~数時間しか続かないので、他人に説明する暇なんてない。
でも、さすがに運動会に、初対面の正体不明の男の目の前で、入れ替わるなんて、ソラタが慌てないほうがおかしい。なんなら私だってだいぶ混乱している。
(ねえ、お母さん、この人に気づかれちゃダメだよね!?)
(当たり前じゃない!こんなこと、説明しようがないし!)
(ねえ、運動会はどうするの?午後もまだあるよ?)
(いつ元に戻るかわかんないし……とりあえずお母さんが行くわ!)
……と、ソラタとアイコンタクトで会話する。余計なことを話してバレても面倒なので、いきおい、ふたりとも無口になってしまう。
そんな私たちをよそに、どこまでもマイペースな男・カイト。唐揚げ頬張って「うまい!やっぱ定番が最高だよねー」なんて言ってる。
「それにしてもソラタくん、大きくなったねえ」
「え?あ、えっと、はい?」
カイトがいきなり私に向かって話しだしたので、慌てて顔を上げた。
「感慨深いなぁ。あ、実は俺、ソラタくんのパ……ぐっは!」
私は思わず、手にしていたおにぎりをカイトの顔めがけて投げつけた。何を言い出す気だよ、まったく。百歩譲って親子の名乗りを上げるとしても、少なくとも運動会にやる話ではないだろう。
「あー、ごっめんなさーい!虫が飛んできたからびっくりして投げちゃったよー!」
棒読みでの言い訳する私。
その時、天の救いか悪魔の声か、校庭にアナウンスが響き渡った。
『間もなく午後の競技が始まります。児童の皆さんは応援席に戻ってください。低学年の児童の皆さんは、競技の準備をしてください……』
「……じゃ、じゃあ、そろそろ行くね!えーと、次の競技って……」
「借り物競走だよ!」
ソラタがすかさず教えてくれる。
「あ!そうだったそうだった!じゃ、行ってきます!」
ううう、運動会、張り切ってただろうに、ごめんよソラタ……願わくは、早めに元の体に戻りますように!
出番を待っている間も、私は気が気ではなかった。
(カイト……ソラタに変なこと喋ってないでしょうね……?)
チラチラと二人の様子を伺っているうちに、順番が回ってきた。
「位置について、用意――」
パァン!
ピストルが鳴る。
事ここに至っては、せめてソラタの顔に泥を塗るまいと、私は全速力で飛び出した。
よし。視界には他の走者はいない。真っ先に地面にまかれた紙を拾い上げる。
「えーと、えーと」
そこに書かれていたのは。
【応援に来た家族におんぶしてもらってゴールを目指す】
「……まじか?」
おんぶ……だとう!?
「早く早く!」
私の――つまり、ソラタの声が聞こえた。ハッと周りを見回すと、続々と走者たちが追いついてきて紙を拾っている。
私はとにかくソラタとカイトのところまで行った。
「何!?何が書いてあるの!?」
興奮したソラタが、私の手から紙をひったくった。そして。
「おんぶ……おんぶ……?」
ソラタは、一瞬固まった後、「無理無理無理無理!」って顔で首をぶんぶん振った。
「で、すよね~~~……」
いくら身体が大きくても、中身は小学二年生。どう考えても私をおぶって走れるとは思えない。
むしろおぶってもらうこっちが怖いわ!
ええい、こうなったら仕方ない!
「……っ、カイト!お願い!」
私をゴールに連れてって!とばかりに、メモを押し付けた。
「おう!任せろ!」
カイトは応援席に張られたロープをまたいで、私をひょいっと肩に乗せた。
「ひゃあ……っ!」
高い。
青い空が、近い。
周りがみんな、下の方に小さく見えて。
「すご……っ……!」
風が、輝いて見えた。
「行くぜぇっ!しっかり捕まってろよ!」
カイトが走り出す。
軽やかに。
輝く風をまとって。
「……って、いやいや肩車じゃない!おんぶおんぶ!!」
「あ、そっか」
カイトはしゅるりと私を肩から下ろし、背中におぶって再び駆け出した。
「夢だったんだよ、息子を肩車するの。許せよな」
カイトがぼそりと言った。
「……じゃあなんで……」
「ん?」
「じゃあなんで、今までほっといたの……?」
この8年が、走馬灯のように浮かんでは消える。あの瞬間もこの瞬間も、あなたがいてくれていたら。
二人きりで過ごす夜の、どうしようもない寂しさを、私もソラタも、何度飲み込んできたことだろう。
「今更来たって、遅いよ……勝手だよ……!」
「じゃ、来なきゃよかったか?」
カイトが言った。
「終わったことを言っても、過去は変えられないからなあ」
そういう意味じゃない。わかってるくせに、なんでこういうこと言うんだろう。私は泣きたくなった。
(そうだ。私はカイトのこういうところがダメだったんだ)
カイトは正しい。カイトはなんだってできて、いつだって合理的。変えられない過去を後悔したりしない。
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