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2年生
道化師のギャロップ。
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何年ぶりだろう、カイト。
私は開いた口がふさがらないまま、とりあえずしげしげと元・夫を観察した。
黒いTシャツに細身のジーンズ、日差しが強いからかサングラスをかけている。髪が伸びた。ちょっと痩せた。
「ど、どどど、ど」
何か言おうとしたけど、言葉がうまく出てこない。
「ど?」
「どどっ、どうして!?ここに?なんで今!??ってか運動会、なんで今日?」
絶賛日本語崩壊中。なんで今日が運動会だってわかったの?と聞きたかったんだけど。
「いやいやいやいや、おかしいおかしい。なんでなんで?」
「なんでって、ソラタの運動会見たかったから。ダメ?」
「や、ダメ……ってこたないけども……ダメかって言われたら、そりゃまあ……でも、でもおかしくない?おかしいでしょ!」
「何が?」
動揺が止まらない私と、あくまでのんびりペースを乱さないカイト。もうこの時点でなんか負けてる気がする。いや、勝ち負けとかないけども。
そういやこういう奴だった。万事、しれっとすっとぼけて、どこまでもマイペース。何考えてるのかほんとわかんない男。それが河合カイトという男。
一人で慌ててる私が、まるでピエロのようだ。
そうこうしているうちに、アナウンスが流れた。
『さて次は全校音頭です。児童の皆さんは準備をして、組ごとに入場門前に整列してください』
午前最後の種目、全校音頭が始まったのだ。一年生から六年生まで全員参加の、はっぴに鉢巻き姿で輪になって踊る、運動会名物。
「あ!ソラタ!やだ遠い~!でもかわいい!かっこいい~!」
とりあえずカイトは置いといて、カメラを構える私。貴重なはっぴ姿を逃す手はない。
「ってかあれ、回ってくるでしょ。こっちまで。今必死で撮っても豆粒じゃね?そのカメラどんだけズームきくの?」
はいはい、冷静すぎるご指摘ありがとう。しかしだな。
(ほんっと、イラつくわ~~~~!!)
心の中で叫ぶ。
「ってかカイト、今までどこに消えてたの?」
「フェニックス」
「は?不死鳥?」
「いや、アリゾナの」
「アリ……ゾナ……?」
「いいの?ソラタ来たよ」
「あっ!撮らなきゃ!」
広い校庭に三重の輪になった子どもたちが、ぐるぐる周りながら踊るのだ。スタートの時は遥か反対側にいたソラタは、ちょうど目の前に来ていた。
「やだ!電源切れた!せっかくフォーカス設定したのに~!ああ、行っちゃう行っちゃう~!」
「ああそのカメラ、しばらく触ってないと勝手に切れるよね。まあまた回ってくるでしょ」
「ってかカイト、アリがどうとかって」
「アリゾナ州。アメリカの」
「はあ!?」
「アメリカの、アリゾナの、フェニックスって街」
「え……意味分かんない。うち出てから、ずっとそこにいたの?」
「ずっとってわけじゃないけど。最初はインドに行って……」
「インド!?インドってあの、カレーのインド?」
「あ、ねえ、ソラタ来たよ」
「あっ!」
慌ててカメラを構え、ソラタを探す私。
「どこどこ?」
「ちょっと貸してみ」
なかなかソラタを見つけられない私の手から、カイトがカメラを奪った。
私より頭ひとつぶんくらい背の高いカイトが、パシャパシャとシャッターを切っていく。
私はなんだか置き去りにされたような、何かを横取りされたような、フクザツな気分になった。
「お母さーん!」
ソラタが元気よく手を振りながら駆けてくる。今から一時間のお弁当タイム。
「って、ちょっと。いつまでいる気?」
私は小声でカイトを突っつく。
「いつまででもいいよ」
「いやいや、第一ソラタに何て言うのよ!?」
とかなんとかやってる間に、ソラタが飛びついてきた。
「お母さん、見てた?僕1位取ったよ!」
「見てたよお~!すごいじゃない!」
だいぶ男子っぽくなってきたけど、照れくさそうな顔は、まだまだ可愛らしい。
「さすがソラタ、ヒカルの息子だけあるな!」
っておいおい、何ナチュラルに会話に入ってきてんのよ。
「……誰?」
きょとんと私とカイトを見比べるソラタ。
「あっ……と、えー……っと……」
私は言葉に詰まった。なんて説明しよう。そんな私を差し置いて、カイトはまたまたしれっと言いやがった。
「こんにちは、カイトです」
「カイトさん……お母さんのお友達?」
「まあそうだね」
カイトはどっから持ってきたのかレジャーシートを敷き出した。
「さ、お昼にしよう」
「あなたのぶんのお弁当なんかないわよ」
私は目一杯冷たい声で言ってやった。そんななんでもかんでも勝手になんてさせないんだから。だが。
「大丈夫。持ってきたから」
そう言って、カイトはこれまたどっから出したのか、紙製のランチボックスを取り出した。中には、食べやすいように一個ずつラップに包まれた、色とりどりのサンドイッチ。
「うわあ、おいしそう!」
思わずソラタの目が輝く。
「食べていいの!?」
「もちろん」
カイトはにっこりと頷いた。
対する私は、無言&無表情で、持ってきたお弁当を並べる。朝もはよから作ったおにぎりに唐揚げに玉子焼。どうせカイトのサンドイッチほどオシャレじゃありませんよ。ええ。
私はすっかりやさぐれていた。無邪気なソラタは、早速サンドイッチにかぶりついた。
「おいしい……っ!」
思わず口をついて出た。
おいしい。さすが成績優秀、スポーツも絵も音楽もソツなくこなす河合カイト。当然のように料理もうまい。
だけどちょっと待って。
私、サンドイッチ食べてない……よね?
「……えーとお……」
目の前には私。
手の中にはサンドイッチ。
私はおそるおそる、私を指差して言った。
「えっと……お母さん……?」
目をまんまるにした私は、同じく人差し指で自分自身を指した。
「……お母さん?」
私はうなずく。
よりによって運動会。
よりによって数年ぶりにカイトが現れた日。
なんとも微妙な空気の中、なんとも微妙なタイミングで、私とソラタは。
……入れ替わってしまった。
私は開いた口がふさがらないまま、とりあえずしげしげと元・夫を観察した。
黒いTシャツに細身のジーンズ、日差しが強いからかサングラスをかけている。髪が伸びた。ちょっと痩せた。
「ど、どどど、ど」
何か言おうとしたけど、言葉がうまく出てこない。
「ど?」
「どどっ、どうして!?ここに?なんで今!??ってか運動会、なんで今日?」
絶賛日本語崩壊中。なんで今日が運動会だってわかったの?と聞きたかったんだけど。
「いやいやいやいや、おかしいおかしい。なんでなんで?」
「なんでって、ソラタの運動会見たかったから。ダメ?」
「や、ダメ……ってこたないけども……ダメかって言われたら、そりゃまあ……でも、でもおかしくない?おかしいでしょ!」
「何が?」
動揺が止まらない私と、あくまでのんびりペースを乱さないカイト。もうこの時点でなんか負けてる気がする。いや、勝ち負けとかないけども。
そういやこういう奴だった。万事、しれっとすっとぼけて、どこまでもマイペース。何考えてるのかほんとわかんない男。それが河合カイトという男。
一人で慌ててる私が、まるでピエロのようだ。
そうこうしているうちに、アナウンスが流れた。
『さて次は全校音頭です。児童の皆さんは準備をして、組ごとに入場門前に整列してください』
午前最後の種目、全校音頭が始まったのだ。一年生から六年生まで全員参加の、はっぴに鉢巻き姿で輪になって踊る、運動会名物。
「あ!ソラタ!やだ遠い~!でもかわいい!かっこいい~!」
とりあえずカイトは置いといて、カメラを構える私。貴重なはっぴ姿を逃す手はない。
「ってかあれ、回ってくるでしょ。こっちまで。今必死で撮っても豆粒じゃね?そのカメラどんだけズームきくの?」
はいはい、冷静すぎるご指摘ありがとう。しかしだな。
(ほんっと、イラつくわ~~~~!!)
心の中で叫ぶ。
「ってかカイト、今までどこに消えてたの?」
「フェニックス」
「は?不死鳥?」
「いや、アリゾナの」
「アリ……ゾナ……?」
「いいの?ソラタ来たよ」
「あっ!撮らなきゃ!」
広い校庭に三重の輪になった子どもたちが、ぐるぐる周りながら踊るのだ。スタートの時は遥か反対側にいたソラタは、ちょうど目の前に来ていた。
「やだ!電源切れた!せっかくフォーカス設定したのに~!ああ、行っちゃう行っちゃう~!」
「ああそのカメラ、しばらく触ってないと勝手に切れるよね。まあまた回ってくるでしょ」
「ってかカイト、アリがどうとかって」
「アリゾナ州。アメリカの」
「はあ!?」
「アメリカの、アリゾナの、フェニックスって街」
「え……意味分かんない。うち出てから、ずっとそこにいたの?」
「ずっとってわけじゃないけど。最初はインドに行って……」
「インド!?インドってあの、カレーのインド?」
「あ、ねえ、ソラタ来たよ」
「あっ!」
慌ててカメラを構え、ソラタを探す私。
「どこどこ?」
「ちょっと貸してみ」
なかなかソラタを見つけられない私の手から、カイトがカメラを奪った。
私より頭ひとつぶんくらい背の高いカイトが、パシャパシャとシャッターを切っていく。
私はなんだか置き去りにされたような、何かを横取りされたような、フクザツな気分になった。
「お母さーん!」
ソラタが元気よく手を振りながら駆けてくる。今から一時間のお弁当タイム。
「って、ちょっと。いつまでいる気?」
私は小声でカイトを突っつく。
「いつまででもいいよ」
「いやいや、第一ソラタに何て言うのよ!?」
とかなんとかやってる間に、ソラタが飛びついてきた。
「お母さん、見てた?僕1位取ったよ!」
「見てたよお~!すごいじゃない!」
だいぶ男子っぽくなってきたけど、照れくさそうな顔は、まだまだ可愛らしい。
「さすがソラタ、ヒカルの息子だけあるな!」
っておいおい、何ナチュラルに会話に入ってきてんのよ。
「……誰?」
きょとんと私とカイトを見比べるソラタ。
「あっ……と、えー……っと……」
私は言葉に詰まった。なんて説明しよう。そんな私を差し置いて、カイトはまたまたしれっと言いやがった。
「こんにちは、カイトです」
「カイトさん……お母さんのお友達?」
「まあそうだね」
カイトはどっから持ってきたのかレジャーシートを敷き出した。
「さ、お昼にしよう」
「あなたのぶんのお弁当なんかないわよ」
私は目一杯冷たい声で言ってやった。そんななんでもかんでも勝手になんてさせないんだから。だが。
「大丈夫。持ってきたから」
そう言って、カイトはこれまたどっから出したのか、紙製のランチボックスを取り出した。中には、食べやすいように一個ずつラップに包まれた、色とりどりのサンドイッチ。
「うわあ、おいしそう!」
思わずソラタの目が輝く。
「食べていいの!?」
「もちろん」
カイトはにっこりと頷いた。
対する私は、無言&無表情で、持ってきたお弁当を並べる。朝もはよから作ったおにぎりに唐揚げに玉子焼。どうせカイトのサンドイッチほどオシャレじゃありませんよ。ええ。
私はすっかりやさぐれていた。無邪気なソラタは、早速サンドイッチにかぶりついた。
「おいしい……っ!」
思わず口をついて出た。
おいしい。さすが成績優秀、スポーツも絵も音楽もソツなくこなす河合カイト。当然のように料理もうまい。
だけどちょっと待って。
私、サンドイッチ食べてない……よね?
「……えーとお……」
目の前には私。
手の中にはサンドイッチ。
私はおそるおそる、私を指差して言った。
「えっと……お母さん……?」
目をまんまるにした私は、同じく人差し指で自分自身を指した。
「……お母さん?」
私はうなずく。
よりによって運動会。
よりによって数年ぶりにカイトが現れた日。
なんとも微妙な空気の中、なんとも微妙なタイミングで、私とソラタは。
……入れ替わってしまった。
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