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第5章 Vive L'Empereur(皇帝万歳)

予期せぬ要件 その2

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「軍を辞めるとして、どうして領地に戻る必要があるのだ? 首都星でも、小説家は目指せるではないか!」

 彼女の言う通り領地に戻らなくても、首都星でも小説家は目指せるし公務員にもなれる。

 フランは百歩譲ったとして、ルイが軍を辞めることは仕方ないとして、自分の側を離れることは許せなかったので、そのように問い質して思い留まらせようとする。

「戦傷による傷痍除隊とはいえ、首都星にのうのうといれば現役の者達の中には、陰で僕のことを避難する者もいるでしょう。僕は小心者なので、その状態には耐えられません。領地に引き篭もりたいと思います」

 ルイの答えは、半分本音で半分は嘘であり、彼が首都星から離れたいのはフランと距離を置きたいからである。

 彼は元々軍人になるような性格の人間では無かった。

 フランと邂逅していなければ、ノブレス・オブリージュによって軍隊に入っていたとしても、後方勤務で兵役義務期間を過ごし公務員か小説家、或いは別の穏やかに過ごせる職に就き平穏な人生を送っていたであろう。

 だが、これからも戦い続ける事になるフランの側にいれば、彼の性格では彼女だけを戦わせるのは心苦しくなり、戦場に戻る決断をしてしまうだろう。

 何より彼女の束縛に正直疲れてもいるため、フランが自分を<兄のように慕ってくれている>のは、解っているがコレを期に距離を置きたいと思っていた。

「オマエに対して、そんな事は私が言わせない! もし、そのような者がいれば、私が厳罰を与えてやる!」

「そのようなことをすれば、フラン様が掲げる<公正>に反することになります。どうか、このまま僕が領地に帰ることをお許し下さい」

「どうして…、私の側を離れるなどと言うのだ…? 今回の私の采配ミスで怪我をしたから、それで怒って意地悪を言っているのか? それなら、私は今回のお前の功績をもって元帥に叙するつもりだ。それで、後方で居られる特別な官職を作って、前線に出なくて済むようにしよう」

 フランがルイを引き止めるために好条件を提示するが、彼は黙って首を横に振りその申し出を断る。

「では、どうすれば私の側に居てくれるのだ!? 私はオマエがいないと…」

 このままでは、ルイが居なくなってしまうという事実で、冷静さを失ったフランは説得する言葉が頭に浮かばず、お願いに変わってしまう。

「フラン様には、クレールさん、ヨハンセンさん、ロイクさんがいます。聡明なフラン様なら、僕がいなくても立派にこの国を導いていけます」

 だが、ルイから返ってきた答えは、遠回しの<ノー>でルイを失う恐怖で、まともな思考ができなくなったフランは、彼女らしからぬ作戦を選択する。

 それは、お色気作戦である。

 追い詰められたフランは、雑誌で手にいれた<女の最後の武器>という手段を使用することにした。

 恋愛中学生のフランでも、自分がはしたない真似をしようとしている事は理解しているが、こうでもしないと彼を自分の元に繋ぎ止めることはできないと考え、決死の覚悟で形振り構わず実行することにした。

「私は知っているぞ。男の人は、こういう事をしたいんだろ?」

 彼女はルイの腕を掴むと、自分の胸に押し付ける。

 突然の出来事に、ルイは驚いてフランを見ると彼女は恥ずかしさで、耳まで真っ赤にしており、自分の腕を握っているその白い手は微かに震えており、胸に押し付けられた手からは彼女の激しく動く心臓の鼓動が伝わってくる

「ルイが望むなら、私のことを好きにしてもいいぞ……」

 フランは羞恥心と必死に戦いながら、その言葉を述べるとこれでルイを自分の元に繋ぎ止めると少しだけ安堵する、なにせ<女の最後の武器>を使ったのだから…

 まあ、これでルイが誘いに乗ってきたら、もっと恥ずかしい思いをすることになるが、今のフランにはそこまでの未来予想はできない。

 だが、彼女の決死の覚悟も彼には通用しなかった。

「フラン様! このようなはしたない真似をしてはいけません!」

 ルイはそう言うと、自分の腕を掴んでいたフランの手を振りほどく。

 そのルイの自分を拒絶するような態度に、フランは激しく狼狽する。

 <女の最後の武器>を使っても無理なら、若い彼女にはもうどうすればルイが自分の側に居てくれるようになるのか解らないからだ。

 すると、自然に目から涙が溢れ出し、絶望で蒼白した頬を流れていく。
 打つ手を失くしたフランには、もう泣くことしか出来なかった…

「!?」

 初めて自分の前で、いや恐らく人前で涙を流すフランを見たルイは大変驚き、暫く言葉が出てこなかった。

 そして、泣きじゃくるフランは、ルイに涙声で思いの丈をぶつけてくる。
 その姿は、いつもの聡明で余裕のある支配者の姿はなく、一人の年相応の少女の姿であった。

「私は…! 私はお前と会うまでは、一人でだって生きていけると思っていたんだ! それなのに、私に優しくして… 私の心に入り込んできて… 私の心を弱くしておいて… 今更側から居なくなるなんて、勝手じゃないか!! 酷いじゃないか!!」

 フランからの批難の言葉は、ルイの心に深く突き刺さり、ズキリと胸に痛みを感じる。

「私を見捨てないで…! 私を一人にしないで…」

 涙で顔を濡らしながら、弱々しく懇願する白い少女の表情を見た時、ルイの頭にあの光景がフラッシュバックする。

 それは、あの自分の知らない成長したフランが、憔悴して同じく弱った表情のフランが吐血する姿と指揮席に座ったまま寂しく最後を迎える姿であった。

(ダメだ… 駄目だ… この方を… フラン様をこのまま一人にしては、絶対に駄目だ!! 支えてあげないと!)

 その瞬間ルイは直感的にそう感じるとベッドの上に膝立ちして、近くの椅子に座り両手の掌で自分の顔を抑えて号泣しているフランを力強く抱きしめる。

 それは、抱擁という甘く優しいモノでは無かったが、

「えっ!? えっ!?」

 フランは驚きのあまりに、そのような言葉しか発せないでいる。

「フラン様、申し訳ありませんでした! アナタを泣かせるような真似をして、愚かな僕を許してください! フラン様が望む限り、僕はアナタを支え続けてみせます!!」

「えっ!? えっ!?」

 だが、フランはこの自体の急変に全く対応出来ておらず、このような単純な言葉しか返せなかった。


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