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第4章 第一次対大同盟戦
マレンの戦い 03
しおりを挟む「まさか、敵が退却せずに打って出てくるとは…」
フランは敵が撤退する確率が高いと踏んでいた。
その理由は、後方を遮断して敵の補給線を切っている事と惑星トルトナ付近での戦闘で、オトマイアー艦隊が早期退却したのを見て、敵に積極的な攻勢の意志がないのは補給路を断たれた事と本隊が撤退する時間を稼ぐ為の陽動だからだと推測したからである。
そして、フランはその推測からルイの艦隊を北に向かわせて、敵艦隊の頭を押さえさせている内に、自分が率いる本隊を敵本隊の後方もしくは側面に移動させて、攻撃を仕掛けるつもりであった。
だが、フランにそう思わせる事がメーラー元帥のオトマイアー艦隊を早期撤退させた理由であり、自分達が積極的に戦う意思が無く撤退すると彼女に思わせ、そこを強襲して決戦を挑む、それが彼の作戦であった。
そして、撤退する自分達を補足するために、敵が艦隊を分散してくれれば尚良と思考していた。
フランは老将のその策にまんまと乗せられ、4000隻を本隊から分散させてしまう。
「殿下、どういたしますか? ロドリーグ艦隊が戻ってくるまで、防御に徹しながら後退しますか? それとも積極的に撃ち合いますか?」
クレールが作戦方針を尋ねると、フランは険しい表情でこう答える。
「数で我らが不利な以上、まともに撃ち合っても被害がでるのは我らの方であろう。防御に徹しながら、北東に後退してルイの艦隊が来るのを待つ」
「ロドリーグ艦隊がこの戦場に到着するのは、約2時間後だと予測されます」
「それまでは、防御に徹して被害を抑える。まずは、艦隊を北東に移動させる」
フランの指示を受けたガリアルム艦隊は、ドナウリア艦隊を前面に捉えながら、陣形を維持しつつ艦隊を北東に移動させる。
もし、移動中に陣形が乱れればメーラーは、その隙を見逃さず攻勢に出ていたであろうが、ガリアルム艦隊はその練度と各艦隊司令官の卓越した艦隊運用によって、陣形を大きく乱すこともなく移動を完了させる。
戦場の北東にガリアルム艦隊が移動を完了させた時、ドナウリア艦隊もガリアルム艦隊の正面に移動を終了しており、両艦隊の距離は2万2千キロまで迫る。
ガリアルム艦隊は、陣形を維持しつつ北東方面に後退を開始するが、ドナウリア艦隊は船速を上げて距離を縮める。
そして、艦砲の射程距離2万キロまで距離を詰めると、両艦隊の司令官は攻撃命令を発する。
両艦隊の間で数多のビームの応酬が行われ、漆黒の宇宙空間を飛び交う輝くビームは遠くから見れば、綺麗なイルミネーションに見えるかもしれないが、戦っている者達にとっては、自分達の命を奪う恐怖の対象でしかない。
兵士達はその恐怖と戦いながら、各々与えられた作業を従事する。
「ガリアルム艦隊は、噂通り優秀な軍だな。なかなか隙をみせん」
メーラー元帥は、数で劣るガリアルム艦隊が被害を最小限にとどめながら、後退するのを見てそう意見を漏らすと参謀は苦言を呈する。
「閣下、敵に感心するのはいかがなものかと」
「相手の実力を認めるのは、悪いことではあるまい。油断せんためにもな」
メーラー元帥は参謀にそう言うと、目の前に対峙しているガリアルム艦隊に苛烈な攻撃を続ける。
その攻撃を卓越した指揮で被害を押さえているのは、フラン艦隊の分艦隊2000隻を任されている司令官、イリス・スミスソン代将の指揮する艦隊であり、その副官はアリス・スミスソン中佐で、二人は双子の姉妹である。
姉妹はルイの1つ上で士官学校では先輩にあたり、姉のイリスはその士官学校を首席で卒業した才女である。
だが、性格にやや難があり、口数が極端に少なく話しても声がとても小さく聞こえないため、その姉の声を聞いて代弁するのが妹のアリスの役目である。
アリスはコミュ障の姉と違って、性格はとても明るくコミュ力も非常に高いが、士官学校の成績はあまり良くなかった。
そんな二人を周囲は、<元気を妹に全て取られた姉>と<才能を姉に全て取られた妹>と影で呼んでいる。
因みに彼女達は、反乱を起こしたエティエヴァン公爵家に連なる家柄であり、当然彼女達の父も反乱に誘われたが、イリスの反対を受けて参加しなかった為、家は没落を免れた。
本来ならコミュ障の士官が指揮官に任命されることはないが、フランはその才を惜しみ、伝達役である妹とセットで任務に当たらせることで、その優秀な指揮官能力を有効活用する事にした。
ガリアルムでは、ルイを筆頭に軍服を着用していないと軍人に見えない者が多いが、イリスは軍服を着用していても軍人には見えないほど覇気を感じない。
だが、ドナウリア艦隊本隊の攻撃を開戦から、20分受けながらも被害を最小限で押さえており、その艦隊指揮は優秀であると証明している。
イリスが隣で立っている元気いっぱいの妹の袖を引っ張ると、「何、お姉ちゃん?」とアリスは耳を姉に近づける。
イリスはボソボソボソと彼女にだけ聞こえるような声で、艦隊の指示を出すと妹は一言一句間違えずに麾下の艦隊に伝える。
こうして、イリス艦隊はコミュ障司令官の指揮の元、開戦より敵本隊6000隻の攻撃をじわじわと後退しながらわずか2000隻で凌いでいたが、戦闘が始まって30分が経過した頃からENの不足する艦が出てきて被害が増え始め押され始める。
同じ頃、右翼のリュス艦隊3000隻も、オトマイアー率いる敵左翼の5000隻に、イリス艦隊ほどではないが少しずつ押され始める。
事ここに至ってもフランは、これと言った命令や作戦を指示していない。
このマレンの戦いにおけるフランソワーズ・ガリアルムは終始精彩を欠いていた。
これまでの彼女なら、そもそも艦隊を中途半端に分けるような事はしなかったし、このようなただ後退するだけの艦隊行動は行わなかったであろう。
『これまでの戦いが、上手く行き過ぎていた』『彼女の軍略的才能が、突然枯れてしまった』とも考えられるが、この数年後に行われる<三帝会戦>での芸術的な勝利を見る限り、『何故かこの戦いの前半部分において、彼女の鋭敏さは影を潜めていた』と、後世の歴史家は評している。
マレンの戦いが始まって30分、ガリアルム艦隊は初めて苦戦を強いられていた。
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