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第3章 北ロマリア戦役
パドゥアの戦い 05
しおりを挟む時は現在に戻って、ドナウリアのロマリア侵攻艦隊の作戦が決まった頃、ガリアルム艦隊でも作戦行動が開始されつつあった。
「斜線陣は、敵にその意図が分からないように陣形を組めと士官学校で習ったのですが、どうしてフラン様は敵に解るように組んでいるのかしら?」
シャーリィは紅茶を飲みながら、この不合理な陣形に対してヨハンセンに質問する。
すると、彼は戦術モニターで敵の動きを見ながら、その意図の説明を始める。
「それこそが、この斜線陣の意図するところだからです。シャーリィ様が疑問に思うということは敵も思うということです。では、疑問に思えばどうしますか?」
「それは… どのような意図があるのか色々と考えますわ… 」
シャーリィは少し考えてから、ごく当たり前の答えを返す。
「そうです。当然敵も同じ様に、こちらの斜線陣の意図を考えるでしょう。そのための考察材料としてこちらの陣形を観測したりして、あらゆる情報を得ようとするでしょう。そうすれば、こちらが発する発光信号や降伏を促す通信も無視はしないでしょう」
「なるほど、敵に投降勧告を聞かせて、内部分裂をさせるので狙いだったのですね」
説明を聞いて理解できたクリスは、ようやく会話に入ることが出来た。
「今頃敵の兵の中には、投降を主張する者が特に一番撃沈されやすい老朽艦から現れているはずだよ」
ヨハンセンはそう言って、クリスの考えを肯定した後に更に説明を続ける。
つまり、斜線陣の真の意図はこうである。
投降勧告によってフランの狙いどおりなら、その事で敵司令部には二つの選択に迫られる事になる。
無駄死にしたくない老朽艦達の投降の意志を無視して、裏切りにあう危険を冒しながら全艦による突撃を敢行するか、それとも彼らを置いて突撃するか。
このままなら、前者を選ぶ可能性が50%あるために、斜線陣には更にもう一つの罠がある。
それが、数の劣勢を無くすために、戦場に連れてきた拿捕艦隊である。
拿捕艦は元々ドナウリアの艦であるために、敵が映像解析すれば右翼の艦隊の大多数が拿捕艦であることにすぐに気づき、拿捕艦隊が操艦の習熟が間に合わずに、あくまで艦隊数の水増しで急遽用意した戦力としては期待していないものだと推察するであろう。
そうするとおのずと敵司令部は、この斜線陣の意図が拿捕艦隊を使わずに左翼の主力部隊だけで戦うためのものだと考え、更にこう考えるであろう。
敵の目的が主力部隊だけによる攻撃なら、自分達もいつ裏切るかわからない老朽艦を右翼に配置して、左翼に主力部隊を配置した斜線陣を組んで、右翼に敵主力を引きつけさせているうちに、敵艦隊の右翼の1700隻を主力部隊だけでも突破して戦場を離脱しようと。
「では、こちらも敵の斜線陣にあわせて、左翼と右翼の部隊の配置を交換するのですね?」
敵艦隊との距離3万5千キロの地点でシャーリィは、前回の反省を踏まえてティーセットを片付けながらヨハンセンに質問する。
「そのとおりです。陣形変更のプログラムは既に全艦のコンピューターに入力されているので、後は殿下の命令でそれを実行するだけで― 」
「敵艦隊が縦列陣から、陣形変更を開始しました!」
ヨハンセンが回答を最後まで言う前に、オペレーターから敵艦隊陣形変更の報告が入る。
その報告は、ガリアルム艦隊全ての艦でほぼ同時に行われ、艦隊全体に敵の陣形変更と戦闘開始が近づいていることを知らせる。
「さて…、遂に始まるな」
指揮官席に足を組んで座るフランは、近づく戦いに精神を高揚させながら席を立ち上がるとマイクを手に持って演説をはじめる。
「将兵諸君! これが、この北ロマリア侵攻作戦の最後の戦いとなるであろう。この戦役において我々は今まで連戦連勝である。だが、この最後の戦いに敗北すれば、これまでの勝利は全て水の泡となる! 故に決して負けるわけにはいかない! よって、諸君らの一層の奮励努力を期待する!」
フランの激励の演説を聞いたガリアルム艦隊の士気は上がり、戦いの準備は万全となる。
「当初の作戦通り、敵艦隊との距離3万キロの地点で陣形を変更せよ!」
ガリアルム艦隊は、敵艦隊との距離3万キロの地点で各艦のコンピューターをリンクさせ、事前に入力されていた陣形変更プログラムによって陣形変更を開始する。
「ガリアルムも我々の陣形に合わせて、変更を始めたようだな」
「上手く行けば、敵の陣形変更途中の混乱をつけるかもしれませんな」
自艦隊に遅れて、ガリアルムが陣形変更を始めたのを見て、アルデリアン大将とマイアー中将がそう会話する。
同数の艦隊なら先に変更をはじめた方が、先に終了するのが普通であり、彼らは接敵ギリギリで変更完了する計算で変更を始めたので、ガリアルムの変更は間に合わないと考えていた。
だが、その期待はこの後打ち砕かれることになる。
ロマリア侵攻艦隊が、ガリアルム艦隊との距離約2万3千キロの地点で、進行方向左翼から1000隻、その横に主力部隊6000隻、その右斜め後方に階段状に老朽艦3部隊を1000隻ずつ配置した斜線陣を完成させた時、ガリアルム艦隊もほぼ陣形変更を終了させつつあった。
その理由は至って簡単で、階段状の陣形である斜線陣は、部隊の横は空白状態であり、左翼の主力部隊はそのまま右へ、右翼部隊はそのまま左にスライドすればいいだけである。
更にコンピューターによって、艦隊運動がスムーズに行われているために、遅れて陣形変更しても主力部隊は充分間に合ったのであった。
老朽艦である拿捕艦部隊は、船速が遅いためにまだ後方でスライド移動を行なっているが、彼らが戦う頃には完了しているであろう。
こうして、ガリアルム艦隊は最左翼に分艦隊ワトー代将が指揮する800隻、その横にヨハンセン艦隊3000隻、そのすぐ後方にフラン艦隊3000隻、フラン艦隊の横にルイ艦隊1500隻、その右斜め後方鹵獲艦隊の内1000隻、その右斜後方に残りの鹵獲艦隊700隻の斜線陣から、
最右翼にルイ艦隊、その左横にヨハンセン艦隊、その後ろにフラン艦隊、フラン艦隊の左横にワトー艦隊、その左斜め後方に拿捕艦隊1000隻、更にその左斜め後方に700隻という斜線陣を組み直すことに成功する。
「馬鹿な… 速すぎる…」
「どうやら、敵はこうなる事を事前に予測して、陣形変更をスムーズにできるように準備していたかと…」
「つまり、我々は敵の策に乗せられていたというのか…」
アルデリアン大将は自分達が敵の裏をかいたつもりが、敵の掌で踊らされていたことに気付き驚愕する。
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