上 下
69 / 154
第3章 北ロマリア戦役

パドゥアの戦い 05

しおりを挟む
 


 時は現在に戻って、ドナウリアのロマリア侵攻艦隊の作戦が決まった頃、ガリアルム艦隊でも作戦行動が開始されつつあった。

「斜線陣は、敵にその意図が分からないように陣形を組めと士官学校で習ったのですが、どうしてフラン様は敵に解るように組んでいるのかしら?」

 シャーリィは紅茶を飲みながら、この不合理な陣形に対してヨハンセンに質問する。
 すると、彼は戦術モニターで敵の動きを見ながら、その意図の説明を始める。

「それこそが、この斜線陣の意図するところだからです。シャーリィ様が疑問に思うということは敵も思うということです。では、疑問に思えばどうしますか?」

「それは… どのような意図があるのか色々と考えますわ… 」
 シャーリィは少し考えてから、ごく当たり前の答えを返す。

「そうです。当然敵も同じ様に、こちらの斜線陣の意図を考えるでしょう。そのための考察材料としてこちらの陣形を観測したりして、あらゆる情報を得ようとするでしょう。そうすれば、こちらが発する発光信号や降伏を促す通信も無視はしないでしょう」

「なるほど、敵に投降勧告を聞かせて、内部分裂をさせるので狙いだったのですね」
 説明を聞いて理解できたクリスは、ようやく会話に入ることが出来た。

「今頃敵の兵の中には、投降を主張する者が特に一番撃沈されやすい老朽艦から現れているはずだよ」

 ヨハンセンはそう言って、クリスの考えを肯定した後に更に説明を続ける。

 つまり、斜線陣の真の意図はこうである。

 投降勧告によってフランの狙いどおりなら、その事で敵司令部には二つの選択に迫られる事になる。

 無駄死にしたくない老朽艦達の投降の意志を無視して、裏切りにあう危険を冒しながら全艦による突撃を敢行するか、それとも彼らを置いて突撃するか。

 このままなら、前者を選ぶ可能性が50%あるために、斜線陣には更にもう一つの罠がある。
 それが、数の劣勢を無くすために、戦場に連れてきた拿捕艦隊である。

 拿捕艦は元々ドナウリアの艦であるために、敵が映像解析すれば右翼の艦隊の大多数が拿捕艦であることにすぐに気づき、拿捕艦隊が操艦の習熟が間に合わずに、あくまで艦隊数の水増しで急遽用意した戦力としては期待していないものだと推察するであろう。

 そうするとおのずと敵司令部は、この斜線陣の意図が拿捕艦隊を使わずに左翼の主力部隊だけで戦うためのものだと考え、更にこう考えるであろう。

 敵の目的が主力部隊だけによる攻撃なら、自分達もいつ裏切るかわからない老朽艦を右翼に配置して、左翼に主力部隊を配置した斜線陣を組んで、右翼に敵主力を引きつけさせているうちに、敵艦隊の右翼の1700隻を主力部隊だけでも突破して戦場を離脱しようと。

「では、こちらも敵の斜線陣にあわせて、左翼と右翼の部隊の配置を交換するのですね?」

 敵艦隊との距離3万5千キロの地点でシャーリィは、前回の反省を踏まえてティーセットを片付けながらヨハンセンに質問する。

「そのとおりです。陣形変更のプログラムは既に全艦のコンピューターに入力されているので、後は殿下の命令でそれを実行するだけで― 」

「敵艦隊が縦列陣から、陣形変更を開始しました!」

 ヨハンセンが回答を最後まで言う前に、オペレーターから敵艦隊陣形変更の報告が入る。

 その報告は、ガリアルム艦隊全ての艦でほぼ同時に行われ、艦隊全体に敵の陣形変更と戦闘開始が近づいていることを知らせる。

「さて…、遂に始まるな」

 指揮官席に足を組んで座るフランは、近づく戦いに精神を高揚させながら席を立ち上がるとマイクを手に持って演説をはじめる。

「将兵諸君! これが、この北ロマリア侵攻作戦の最後の戦いとなるであろう。この戦役において我々は今まで連戦連勝である。だが、この最後の戦いに敗北すれば、これまでの勝利は全て水の泡となる! 故に決して負けるわけにはいかない! よって、諸君らの一層の奮励努力を期待する!」

 フランの激励の演説を聞いたガリアルム艦隊の士気は上がり、戦いの準備は万全となる。

「当初の作戦通り、敵艦隊との距離3万キロの地点で陣形を変更せよ!」

 ガリアルム艦隊は、敵艦隊との距離3万キロの地点で各艦のコンピューターをリンクさせ、事前に入力されていた陣形変更プログラムによって陣形変更を開始する。

「ガリアルムも我々の陣形に合わせて、変更を始めたようだな」
「上手く行けば、敵の陣形変更途中の混乱をつけるかもしれませんな」

 自艦隊に遅れて、ガリアルムが陣形変更を始めたのを見て、アルデリアン大将とマイアー中将がそう会話する。

 同数の艦隊なら先に変更をはじめた方が、先に終了するのが普通であり、彼らは接敵ギリギリで変更完了する計算で変更を始めたので、ガリアルムの変更は間に合わないと考えていた。

 だが、その期待はこの後打ち砕かれることになる。

 ロマリア侵攻艦隊が、ガリアルム艦隊との距離約2万3千キロの地点で、進行方向左翼から1000隻、その横に主力部隊6000隻、その右斜め後方に階段状に老朽艦3部隊を1000隻ずつ配置した斜線陣を完成させた時、ガリアルム艦隊もほぼ陣形変更を終了させつつあった。

 その理由は至って簡単で、階段状の陣形である斜線陣は、部隊の横は空白状態であり、左翼の主力部隊はそのまま右へ、右翼部隊はそのまま左にスライドすればいいだけである。

 更にコンピューターによって、艦隊運動がスムーズに行われているために、遅れて陣形変更しても主力部隊は充分間に合ったのであった。

 老朽艦である拿捕艦部隊は、船速が遅いためにまだ後方でスライド移動を行なっているが、彼らが戦う頃には完了しているであろう。

 こうして、ガリアルム艦隊は最左翼に分艦隊ワトー代将が指揮する800隻、その横にヨハンセン艦隊3000隻、そのすぐ後方にフラン艦隊3000隻、フラン艦隊の横にルイ艦隊1500隻、その右斜め後方鹵獲艦隊の内1000隻、その右斜後方に残りの鹵獲艦隊700隻の斜線陣から、

 最右翼にルイ艦隊、その左横にヨハンセン艦隊、その後ろにフラン艦隊、フラン艦隊の左横にワトー艦隊、その左斜め後方に拿捕艦隊1000隻、更にその左斜め後方に700隻という斜線陣を組み直すことに成功する。

「馬鹿な… 速すぎる…」

「どうやら、敵はこうなる事を事前に予測して、陣形変更をスムーズにできるように準備していたかと…」

「つまり、我々は敵の策に乗せられていたというのか…」

 アルデリアン大将は自分達が敵の裏をかいたつもりが、敵の掌で踊らされていたことに気付き驚愕する。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

DEADNIGHT

CrazyLight Novels
SF
総合 900 PV 達成!ありがとうございます! Season 2 Ground 執筆中 全章執筆終了次第順次公開予定 1396年、5歳の主人公は村で「自由のために戦う」という言葉を耳にする。当時は意味を理解できなかった、16年後、その言葉の重みを知ることになる。 21歳で帝国軍事組織CTIQAに入隊した主人公は、すぐさまDeadNight(DN)という反乱組織との戦いに巻き込まれた。戦場で自身がDN支配地域の出身だと知り、衝撃を受けた。激しい戦闘の中で意識を失った主人公は、目覚めると2063年の未来世界にいた。 そこで主人公は、CTIQAが敗北し、新たな組織CREWが立ち上がったことを知る。DNはさらに強大化しており、CREWの隊長は主人公に協力を求めた。主人公は躊躇しながらも同意し、10年間新しい戦闘技術を学ぶ。 2073年、第21回DVC戦争が勃発。主人公は過去の経験と新しい技術を駆使して戦い、敵陣に単身で乗り込み、敵軍大将軍の代理者を倒した。この勝利により、両軍に退避命令が出された。主人公がCREW本部の総括官に呼び出され、主人公は自分の役割や、この終わりなき戦いの行方について考えを巡らせながら、総括官室へ向かう。それがはじまりだった。

【新作】読切超短編集 1分で読める!!!

Grisly
現代文学
⭐︎登録お願いします。 1分で読める!読切超短編小説 新作短編小説は全てこちらに投稿。 ⭐︎登録忘れずに!コメントお待ちしております。

空のない世界(裏)

石田氏
SF
働きながら書いてるので更新は不定期です。 〈8月の作者のどうでもいいコメント〉 『本格的な夏になりました。学校では夏休み、部活に励む学生、夏の催し夏祭り……ですが、楽しいことばかりではない夏でもある。山のようにある宿題、熱中症等健康悪化、夏休みのない大人。何が楽しくて、こんな暑い中祭りに行くんだと言いながら、祭りに行く自分。まぁ、色々あると思いますが、特に脱水には気をつけましょう。水分不足で、血液がどろどろになると、脳梗塞の原因になります。皆、熱中症だけじゃないんだよ。ってことで、今月も仕事しながら執筆頑張ります』 完全に趣味で書いてる小説です。 随時、概要の登場人物更新します。 ※すいません、途中字数オーバーがありますが、御承知ください。(アルファポリス様更新前の上限一万字の時のことです)

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

ゾンビのプロ セイヴィングロード

石井アドリー
SF
『丘口知夏』は地獄の三日間を独りで逃げ延びていた。 その道中で百貨店の屋上に住む集団に救われたものの、安息の日々は長く続かなかった。 梯子を昇れる個体が現れたことで、ついに屋上の中へ地獄が流れ込んでいく。 信頼していた人までもがゾンビとなった。大切な屋上が崩壊していく。彼女は何もかも諦めかけていた。 「俺はゾンビのプロだ」 自らをそう名乗った謎の筋肉男『谷口貴樹』はアクション映画の如く盛大にゾンビを殲滅した。 知夏はその姿に惹かれ奮い立った。この手で人を救うたいという願いを胸に、百貨店の屋上から小さな一歩を踏み出す。 その一歩が百貨店を盛大に救い出すことになるとは、彼女はまだ考えてもいなかった。 数を増やし成長までするゾンビの群れに挑み、大都会に取り残された人々を救っていく。 ゾンビのプロとその見習いの二人を軸にしたゾンビパンデミック長編。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...