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序章

狂い始める人生 06

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 しかし、次の瞬間フランのその瞳は瞳孔が開いて狂気の光を湛え始め、このように詰め寄ってくる。

「ルイ、オマエ…、あの人事部長の部屋の前で会った女性士官に見惚れていたな……。どんな話をしていたのだ……。詳しく聞かせてもらおうか…?」

(何故その事を!? というか目が怖い!!)

 ルイは何故知っているのか聞こうと思ったが、怖い答えしか返ってこないのは明白なので聞き返すことが出来なかった。

 だが、聡明なフランは彼の表情から思考を洞察し、至近距離で狂気に満ちた目のまま語りかけてくる。

「どうして、その事を知っているのだって顔だな…。それはもちろん…フフフ……解っているのであろう? 私はオマエの事なら、何でも知っているのだ……」

 流石は王族、自ら威風堂々と暴露してくる。

 ルイは怖くなって、前部座席に座ってこちらの様子を窺っているマリーを見ると、彼女は「ごめんなさい!」と言った感じで目を逸らすと、前部座席と後部座席との仕切りガラスを不透明にする。

 もちろん、防音で後部座席は完全な密室となる。

 つまり、ルイの返答次第では密室の後部座席で、名門貴族の子息に【謎の悲しい事故】が起きてしまう事を意味している。

 とは言え、ルイは別に疚しい事をしていたわけではないので、正直にクレール・ヴェルノン中尉との会話を話す。

 だが、ルイは解っていない…、問題は相手がどう受け取るかということを……

 彼の返答を聞いたフランは、ヤンデレ目のまま暫く怯えるルイの目を見つめていると、乗り出していた体を元に戻し、洋扇で口元を隠しながら彼を一瞥しながらこう言った。

「正直でよい、これからもその事を心がけるが良い」

 その言葉を聞いた時、ルイは戦慄を覚える。
 嘘ではないと解るということは、フランは会話内容まで把握していたという事である。

 それはつまり、その上でルイがどう答えるのか聞いてきたということである……

 ルイは得体の知れない恐怖で体を震えさせながら、これ以上考えるのは精神衛生上良くないと思って、考えるのをやめた……

 
「それでは、本題に入ろうか」
(今までのことは、本題ではなかったのか?!)

 ルイは今迄の恐怖体験が前座だったのかと困惑していると

「これから、このまま宇宙港に行って、【エゲレスティア連合王国】に向かうぞ」
「今からですか?! それなら、荷物を取りに戻らないと…」

 彼は自分の荷物の心配をするが、それは杞憂であった。

 その事を明敏な頭脳を持つ彼女が、対処していないわけはなく

「心配するな。ルイの荷物なら既に寄宿寮から宇宙港に運ばせている」
「それは、助かります」

 こちらの都合も考えずに突然の出発命令に対して、ルイには抗議する権利はあったのだが、彼には最早そのような気概はなかった。

 そして、フランは再びルイの方に向かって、体を少し乗り出すと低い声でこう言った。

「ただし、荷物に入っていた卑猥な本は、年下モノ以外全て処分してやったがな」

 そう言った彼女の目には、再び狂気の光で満ちていた。
 年下モノを残したのは、彼女の<慈悲>である。

(酷い! あと目が怖い!)

 こうして、ルイはフランと共に【エゲレスティア連合王国】に向かった。

 その頃、防衛省軍事技術研究所では、新しくこの研究の所長となったリン・マリヴェルが、自室となった所長室に趣味で作った縫いぐるみを飾っていた。

 リン・マリヴェルは、メガネ美人で女性士官の軍服の上から白衣を着ており、理系女子といった印象を受ける。
 
 その彼女のもとに、クレール・ヴェルノンが尋ねてきて、その部屋の様子を見て彼女に諫言する。

「マリヴェル博士。職場に私物を持ち込むのは、あまり感心できませんよ」

 するとリンは彼女にこう説明する。

「このぬいぐるみ達に囲まれていることが、私のモチベーションアップになるの。それに縫いぐるみ作りから、インスピレーションを得ることもあるの」

「また、そのような事を……」

 クレールは本心では(縫いぐるみと兵器のどこに繋がりがあるのか?)と思いながら、飾ってあるイヌの縫いぐるみを手に取る。

 すると、リンは目を輝かせてクレールにこう言ってくる。

「クレール、その子のお腹の中には”わん”って、鳴くギミックが仕込んであるの」
「そうなのですか……」

 クレールは少し興味を持つと、お腹のスイッチを押して見る。
 すると、イヌの縫いぐるみはお腹から「ワン」と音声を出した後に、煙を吹き出し始める。

「!?」

 クレールはとっさの判断で、近くの窓を開けて外に投げると、縫いぐるみは小規模な爆発を起こし、彼女は間一髪で難を逃れる。

「…………」

 二人は暫くの沈黙の後にそれぞれ言葉を発する。

「博士、すごいですね! 縫いぐるみ型爆弾とは! ただ、そうならそうと最初に言ってもらわないと……」

「違うの! 本当に鳴くだけの機能なはずなの! この子なら…」

 リンは先程の爆発は事故で、自分の手作り縫いぐるみが兵器でないことの証明のために、近くにあったネコの縫いぐるみを手に取ると、お腹のスイッチを押して証明を試みる。

 だが、クレールは冷静な顔でそのネコの縫いぐるみを奪い取ると、先程開けた窓から何の躊躇もなく投げ捨てる。

「いや~! 私のねこちゃん!!」

 ネコの縫いぐるみは、地面に落下しながら「ニャ―」と音を出すと、今度は両目の辺りからごく微弱なビーム(目からビーム)を出した後、またもや爆発してしまった。
 
「流石は我が国最高の頭脳と言われるだけありますね。あのような縫いぐるみに偽装した小型のビーム兵器を作り出すとは…。まあ、少し威力が弱そうでしたが…。これなら、フランソワーズ殿下の期待に答える様な新型艦が作れますね」

 クレールがそう言って、リンを見ると彼女は”こんなはずでは……”と言った表情で、外を見ていた。


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