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序章

狂い始める人生 04

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 フランは洋扇を畳むと、ルイに向けてこう言ってくる。

「そこでだ、オマエにも一緒に王立士官学校に来てもらうぞ」
「え? 僕もですか!?」

「そうだ、<名目>は私の護衛となっている。安心しろ、私が既に転校という形になるように、手を回しておいたから、この後さっそくその準備をするといい」
 
 フランはルイに反論する間もなく話を進めたが、彼もここで引いたら自分の人生設計が狂うのは明らかである。

 何故ならそのような名門士官学校を出たとなれば、優秀な人材と見做され前線送りは免れない。

 そうなれば、小説家と公務員になる未来は消えさるかもしれない。
 そのためルイは、何としてもこの王立士官学校行きを、ご破算にするために反論を始める。

「フラン様、僕は―」

「これは軍部の命令で、決定事項だからオマエが何を言っても覆らんからな」
 
 フランのこの言葉で、ルイの反論はすぐさま封じられた。

 士官学校の生徒は軍人扱いであるために、非常時に軍部から命令が出た時は従わねばならず、彼はフランの護衛として王立士官学校に転校しなければならず、ルイには始めから選択肢は与えられていないのであった。

「フラン様。自分で言うのはなんですが、僕には護衛ができる程の力も技能もありませんよ? それに、異性である為に常に付き添う事はできないので、フラン様を守るのは向いていませんが……」

 ルイは自分が護衛に向いていない事を冷静に分析して、フランに提示すると彼女は解っていたという感じで表情を変えずにこう答える。

「もちろん、ルイに護衛役など端から期待してはいない。ちゃんと、同性の護衛を別に用意している」

「では、どうして僕が同行しなくてはならないのですか?」

 ルイはフランがそこまで理解していているのに、それでも自分を同行させる理由が益々分からなくなる。

 フランはルイに真の目的らしきことを語る。

「だから、護衛役は<名目>と言ったであろう? オマエの真の役目は、私と同じ事を習って、戦いの時に総指揮官である私と考え方を共有するためである」

「なるほど……」

 ルイはフランのもっともらしい理由を聞いて納得したが、もちろん嘘である。

 フランはお気に入りのルイを一緒に連れていきたいだけであり、全ては彼女の彼を絶対に連れて行こうとする策略である。

 何故彼女が彼をそこまで気に入っているのかは、二人の過去に理由があるのだがそれはまた別の機会とする。

 ルイは最後にフランに気になっていたことを質問する。

「ところで、校長に何故あの様な意地悪なジョークを言ったのですか?」

 すると、フランは洋扇で口元を隠すと、今日はじめてルイから目を逸らして話し始めた。

「校長は…。初めて私を見た時に、奇異の目で見たのだ…。まあ、校長だけではないが……」

 彼女は先天性白皮症で、その容姿故に幼い時から奇異の目で見られることが多かった。
 もし、王族でなければもっと酷い差別を受けていたことであろう。

 それ故に、その様な目で見られる事に敏感で、さらにその明敏な頭脳で相手の考えていることも大体解ってしまう。

 本人も大人気ない事だったと自覚しており、その後ろめたさからルイと視線を合わせられずに逸らしているのであった。

 ルイは校長室を出る前に、フランに

「僕は、フラン様の銀髪と透き通るような白い肌は、神秘的で素敵だと思います。それでは、自分はこれで失礼します」

 こう言って、慌ててその場を離れた。

 それは、発言した後に自分でもキザなセリフだったと思い、急に恥ずかしくなったからであった。

 そして、校長室に1人残されたフランは洋扇で赤くなった顔を隠して、声にならない声を出していた。

 三日後、ルイはフラン護衛任務の辞令を受け取るため、国防省に来ていた。

 人事部の待合室でしばらく待っていると、人事部の人間が彼を見てはヒソヒソと話をしている。

(士官学校の生徒が、こんな所にいれば気にもなるか…)

 ルイはそう思いながら、できるだけ気づかないふりをして待っていると、一人の士官が近寄ってきて敬礼して名前と所属を言ってくる。

「!?」

 ルイが突然の出来事に驚いていると、その後数人が同じことをしてくる。

(そうか…。僕が名門貴族の人間だからきっと大出世すると思って、名前を売りに来ているのか…。僕の将来は戦死しなければ、小説家か公務員なのに……)

 ルイは、数人の士官達の挨拶に敬礼と会釈で答えながら、そう心のなかで思っていた。

 そうこうしているうちに、ルイの元に案内人が来てある部屋に案内される。

 彼がその部屋に通されると、そこには人事部長が立っており、自ら手渡しで彼に辞令書と准尉の階級章を受け渡してくる。

 ルイはできるだけ精悍な顔付きで敬礼し辞令書を受取る。

「流石は、名門ロドリーグ家のご子息ですな、立派であられる」

 受け渡した後に人事部長はそのような言葉を掛けてきて、ルイは(この人もか…)と思いながら、敬礼しつつ差し障りのない言葉で返事して、部屋を後にした。

 ルイは、部屋から出て軽くため息をつくと、不意に声を掛けられる。

 またかと思って声を掛けられた方向を見ると、そこには落ち着いた感じの端麗な顔立ちをした長い黒髪の女性士官が敬礼をして立っていた。

「はじめまして、ルイ・ロドリーグ様。私は参謀本部所属のクレール・ヴェルノン中尉です」

 淡々と自己紹介するその声は少し低くクルーな印象を受け、冷厳な雰囲気を出す見た目と相まって、沈着冷静なとても優秀な士官だということがわかる。

 しかし、その眼は少し冷たい印象を受け、冷淡な人物だという事もわかる。

「ルイ・ロドリーグ准尉です」

 ルイは彼女に少しだけ見惚れてしまうが、すぐさま答礼する。

「うんざりという顔をしておられますね。貴方の関心を得ようとする人間が少なからずいたようですね。ですがそれは仕方ありません、貴方はこの防衛省ではちょっとした有名人ですから…」

「自分がロドリーグ家の者だからですか?」

 ルイがクレールに聞き返すと、彼女は淡々と答えてくれる。

「それもありますが、今回の貴方への辞令はフランソワーズ殿下直々の働きかけだからです。普通に考えれば、次期女王である殿下のお気に入りである貴方が、将来大きく出世するのは自明の理でしょう。それ故に人事部長も、貴方の関心を得ようとしたはずです」

 クレールの見事な分析に、ルイは改めて彼女の優秀さを確認させられる。

「貴女も…ですか?」

 ルイは思わず彼女にこのような質問をしてしまうが、クレールは クレールは表情を変えずにこう答える。

「意地悪な質問をなされるのですね…。<はい>と答えておきます…」

(違うな…。この人の目は僕の事を見定めようとする目だ…。目的はわからないが……)

 ルイは彼女の冷淡な目を見ながら、こう推察するのであった。
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