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1-11 退魔官失職
しおりを挟むようやく近くの駐屯所から、援軍が来たので俺達は施設の監視と救護班の警護を任せて、駐屯地に帰投することになった。
心身ともに疲弊した俺達は、乗ってきたヘリが待機しているところまで来ると、尭姫があることに気付く。
「あれ? あの娘が居ないわ!?」
尭姫の言うあの娘とは、施設の中で唯一生存していて保護した異国の少女の事であり、一時間前に尭姫自身がこのヘリの中に連れて来ていた。
「彼女が違法滞在者なら、僕達に保護されたら事情聴取の後に強制送還だからね。それが嫌で、居なくなったんじゃないかな?」
事前情報によると生け贄で集められた人達の中には、違法滞在者の異国人もいたようで、少女がそうなら晴明の言う通り、事情聴取の後に手続きに則って違法滞在者は強制送還となる。
「まあ、せっかく命の危機から逃れたのに、強制送還なんて可哀想だから、見逃してもいいんじゃないか?」
「智也、それは公務員としては問題発言よ!」
そう言った俺に尭姫は腰に左手を当てて、右手の人差し指を俺に向けるツンデレポーズで俺を窘めると、
「まあ、気持ちはわかるけど…」
その後に右手を胸のあたりに当てて、共感する言葉を言ってくる。
ヘリの中に乗り込むと、そこには俺達と同じく作戦で心身を疲労した者、負傷して手当の包帯を巻いた者、仲間を失って意気消沈する者が座っており、共通することはみんな沈黙している事であった。
それに加え空席が目立ち余計寂しさを感じて、俺達もその雰囲気に飲まれて口を噤んでしまい、機の中はヘリの駆動音だけが響いていた。
その頃、退魔庁本部庁舎では―
教団施設での惨憺たる被害報告を受けた幹部達が、今後の対策という名の責任の押し付け合いを行っていた。
「だから、私はもう一個小隊派遣すべきだと言ったのだ!」
「アンタは、カルト教団なんて真面目に取り合う必要ないと言っていたではないか!」
「あの時点では、カルト教団の教祖が魔王を呼び出せるなんて、信じられる訳がないだろう! 想定外だ!」
「そうですな! 想定外なら、我々に責任はありませんな」
『想定外』という魔法の言葉により、責任は指示を出した上層部ではなく、現場の責任へと変化する。
「そうなると、部隊がほぼ全滅したのは現場を指揮した者の責任だとして、問題は教祖が変化したアークデーモンが消息不明な事だが… この責任はどうする?」
「これも現場の責任だろう」
「だが、殉職した隊長にばかり責任を押し付けても、国民は納得しないだろう。” 支配級”若しくは” 上級”の魔物アークデーモンの消息がわからないんだぞ?」
「そもそも、施設を崩壊させなければ、この様な事態にはならなかったんだ!」
「では、報告にあった施設崩壊の一因を担った救援に向かった三人に、責任を取らせるしか無いな」
「晴明は駄目だ! アレは将来が嘱望された逸材だ!」
「それなら、尭姫も将来、この退魔庁を支える天才だ!」
尭姫は、退魔師養成学校での成績が優秀であったので親族は掌を返しており、何より派閥には優秀な人間は一人でも多いほうが有利であるため擁護されたのであった。
草薙と八咫に連なる幹部が二人を擁護して、その罪を不問となると自然と残りの一人が犠牲の羊に選ばれる。
「では、残り一人の我が退魔庁の将来に何ら寄与しないであろう彼に、責任を取って辞めて貰うことにしましょう。玄斎殿、よろしいですな?」
八尺瓊宗家の現当主にして、智也の祖父
そして、退魔庁の重鎮、八尺瓊玄斎はこう答える。
「……いいだろう。ただし、条件を付けさせてもらう」
「分かっています。彼には、退職金の出る自己都合退職、ほとぼりが冷めた後に、外郭団体への再就職をお約束します」
「才能のないアレには、そのほうがいいかもしれんな…」
「では、不公平感が出てはいけないので、残る隊員にもそれなりの処罰を与えておきましょう」
「そうだな。訓告と戒告、減俸3ヶ月といったところか?」
「それでいいでしょう。では、廃墟には近くの駐屯地から、援軍として… 」
トカゲの尻尾切りが終わり、その後にようやく事後の対策が討論される。
こうして、智也は見返したかったその祖父に切り捨てられて、退魔官を追われることになった。
そして、その処分が俺に言い渡されたのは次の日、駐屯所に出勤した朝であった。
その処分を聞いた俺は、自分でも不思議なくらいすんなり受け入れることが出来た。
何故なら、俺は今回の自分への処分が上層部の判断ミスの責任回避のためのトカゲの尻尾切りだというのを理解しており、彼らは同じことを今までも行ってきたしこれからも行うだろう。
そんな者達の下でこれ以上命を掛けるのが、馬鹿らしくなったからかもしれない。
俺の処分を聞いた尭姫と晴明は、当然抗議しようとしてくれたが、俺はそれを制止する。
そのような事をすれば、二人まで上層部に睨まれてしまうからだ。
「どうして、止めるんだい? 智也は悪くないよ!」
「そうよ! こんなの間違っているわ!」
「二人共、俺のために怒ってくれるのは嬉しいけどいいんだ」
俺が執着しているのは退魔師であって、こんな組織に仕える退魔官ではない。
それに退魔官を首になるだけで、退魔師の免許が剥奪されるわけではないので、個人で退魔師として活動することは出来る。
「でも……」
「俺は個人で退魔師をするつもりだ。まあ、こっちのほうが好き勝手に動けるから、俺の性にはあっているかもしれない」
「じゃあ、私も辞めるわ! それで一緒に退魔師をやりましょう!」
「僕も!」
二人がそのようなことを言い始めると、俺の肩を掴んで頭を引き寄せると二人にだけ聞こえるように、囁くようにこう話をする。
「馬鹿なこと言うな。二人は出世して偉くなって、この腐った組織を月読宮様と一緒に改革してくれ」
「智也…」
二人は声を揃えて、元気のない声で俺の名を口にして、それ以上は何も言わなかった。
とはいえ、退魔官を辞めるということは、今住んでいる宿舎を出ないといけないので、俺は早速不動産屋を尋ねて部屋を探すことにする。
ワンルームの賃貸を借りると次の日にロッカーと宿舎の荷物を纏めて、レンタカーで駐屯所からその部屋に引っ越しを完了させる。
休養のために休日となっていた晴明と尭姫が、引っ越しを手伝ってくれた。
引っ越しを終えた俺達は、リビングに置いた食卓テーブルに対面で座ると俺は二人に感謝と労いの言葉をかける。
「二人共、休日にわざわざ済まない」
「気にしなくていいよ」
「智也、一人で引っ越しなんて心配だもの。それにして智也、本当に一人暮らしできるの?すごく心配なんだけど… 朝ちゃんと起きられる? 掃除は? 洗濯は?」
(だから、お前はお母さんか!)
「心配いらないよ」
俺はそう答えると話題を明日の事に切り替える。
「それより二人共、明日あの施設に行くんだろう?」
「みんなの遺体を施設から、回収する作業の警護にね。瓦礫の中にアークデーモンがいるかも知れないからね」
「俺も明日行くことにするよ。ヤツが出たら、みんなの仇を取りたいからな。部外者だから、離れたところで待機することになるけど」
「武器はどうするのよ?」
「こいつだけは、退魔師として携行が許されたんだ」
俺はそう言って、ジャケットの左を捲り、左脇の辺りに装着したホルスターに収まった<Desert Eagle.50 AE>型の魔力銃を見せる。
日本皇国では、退魔師は許可証があれば刀その代わりの銃を携行する事が許されており、尭姫も万が一に備えて刀を蛍光している。
もちろん、これで何か問題を起こせば、それ相応の罰は課されることになる。
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