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43.冬月の回想

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「お前に…お前に・・・の何がわかんねや。」

 夏木くんはくぐもった声でそう言うと、掴んだ胸ぐらにググッと力を入れる。こんな怒りを顕にした夏木くんを僕は見たことがない。夏木くんは誰の名前を言ったんだろう。僕には聞こえなかった。

 さすがにこの状況はまずいと思ったのか、秋瀬くんと春川くんが夏木くんを止めに入る。天野くんも、栗花落くんの胸ぐらを掴む夏木くんの手を解こうとした。

 僕だけが、この空間にぽつんと置いていかれたように、栗花落くんと夏木くんの前に佇んでいた。

 ───

 僕を棄てた栗花落くん。

 僕はその後学校に行けなくなった。
 でも、放課後は栗花落くんの家に呼び出された。オモチャで遊ぶ子供のような残酷な目で僕を見る栗花落くん。逃げ出したいのに、逃げてしまえば全てを失ってしまうように思えて、僕はただただ栗花落くんの意のままに従うしか無かった。

 いつも、放課後僕を呼び出すはずの栗花落くんは、休日になると、謝罪をしたいから一目会いたいと僕の家まで来た。土日くらいゆっくりしたかった僕は、会いたくないと断り続けた。夏休みが終わり、秋になる頃、休日に僕の家を訪れていた栗花落くんがパタリと来なくなった。断るのも疲れてきていた僕は少し安心した反面、ポッカリと胸に穴があいたような不思議な感覚に陥った。

 ちょうどその頃、兄貴が僕にベース担当を任命した。不思議と、栗花落くんの放課後呼び出されるペースも減っていき、僕はベースにのめり込んだ。スタジオで練習する為に、外出する機会も増えた僕は、昼間に兄貴たちと外でご飯を食べに行けるくらいには引きこもりも改善した。

 そんなある日のライブ終了後。兄貴たちは急用が出来てしまい、一人で帰宅ることになった。電車に乗っていると、通い慣れていた駅で止まった。懐かしくなった僕は、なんとなくそこで降りてしまった。会いたいような会いたくないような、絶妙な気持ちで栗花落くんの家に向かって歩いてみた。

 しばらく歩いてると、前からふたつの影がこちらに歩いてくるのが見えた。電車の通らない高架下、静まり返った景色に、楽しそうな話し声が響いていた。

「いや、卵焼きは甘いの一択。これは譲れないね。」

「なにゆうてんねん、卵焼きゆうたらだし巻きやろ。麺つゆで作るのがうまいんや。」

「甘くない卵焼きなんて卵焼きと僕は認めないよ。」

「栗花落くんが認めんでも、僕は麺つゆ派や。1回食べてみて。絶対麺つゆ派になるで。」

「嘘だー。塩辛い卵焼きなんて想像できないよ。」

「ほな、勝負するか?僕明日麺つゆの卵焼き作ってくるから、栗花落くんも、甘い卵焼き作ってきてや。」

「え。夏木くん料理出来るの?」

「そんなん当たり前やん。僕兄貴と暮らしてるから、兄貴の分のご飯も作ってんねんで。」

「へー。意外だった。」

「そうなん?コンビニとか外食やと体に悪いやろ?」

「まぁ、うん。そうだね。……あーじゃぁ両方食べたい!夏木くんの作る卵焼き甘いのと麺つゆのやつ両方食べて考える!」

「なんでや。嫌や。」

「じゃぁ、明日宜しくねー夏木シェフ~」

 栗花落くんはバイバイと手を振ると、僕の手前の道を曲がって行った。鞄にはベージュの定期入れがぶら下がっているのが見えた。
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