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幸福な微笑み2
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やがて担任の当時の悪口で皆笑い合い、上手く受け流していた担任も合わさって名物教師の話になり、徐々に各々の思い出話へと話題が移っていった。ヨシコは車椅子で楽しそうに様子を眺めながらエミへと言った。
「お願いエミちゃん。私の車椅子をあそこに立っている背筋のピンと張った背の高い男の人のところまで連れて行ってちょうだい」
そう言われ、エミはゆっくりと車椅子を押していった。
「もし、あの人と結婚していなかったらエミちゃんは生まれてなかったわね。今は皆にありがとうと言える。エミちゃんにもありがとう。あの人にも、たくさんお礼を言いたい」
エミが涙をこらえながら車椅子を背の高い男の前まで押していくと、男は「野村……」とつぶやくように言った。ヨシコは「ユウヘイさん」と言うと、男はふっと笑って小さく首を振りながら天井を見た。
「……結局苗字、変えなかったのか」
「ユウヘイさんは後悔している? 私は後悔していない。だってこうして会いにきてくれたし会えたし。だから心からありがとう」
ユウヘイは自嘲的にふっと笑って、「野村」と言おうとすると、「お願い。ヨシコでいい」と小さく力強く言った。
「お願い、エミちゃん。二人きりにさせてね」
そう言ってユウヘイに車椅子を押されながら、二人はテラスへと出て行った。
「大丈夫か? こんなに寒いところで」
「いいの。これ、受け取って」
ユウヘイとテラスに出たヨシコはそう言って、もうひとつの封筒を渡した。ユウヘイはそれを黙って開けて読むと、無言でヨシコを見つめた。
「嘘だと思ってもらってもいい。でも、ずっと私の心にはあなたがいた」
「……残酷なことをする」
「本当のことだもの」
ユウヘイは大切に手紙を内ポケットの中へとしまいこんで空を眺めた。穏やかな雲が浮かぶ、よく晴れ渡った日和だった。冷たいが、やわらかく、自然の匂いに満ちた風が二人を撫で付ける。
「女子寮に忍び込むあなたと私は、まるでロミオとジュリエットだった」
ユウヘイは目をつむり、まぶたの裏側に思い出を映していた。
「ヨシコさえ奪えば、当時の俺は世界の全てを敵に回しても惜しくなかった」
ヨシコは車椅子に座りながら同じように空を見ていた。
「いつも繋がっていると思っていた。朝も夜もこうして空を見上げてあなたが近くにいることを想った」
「俺もだ。少しでも離れているのが耐えられなかった。この手に強く抱きしめたまま、ヨシコを愛しつくしたかった」
ヨシコはうつむいて微笑んでいた。ユウヘイに強く抱きしめられた感触を長年たった今でも鮮明に覚えている。体が狂おしいほどに思い出という記憶を辿り思い出させてくれる。ヨシコは「ふふ」と笑った。気になってユウヘイが見るとヨシコは言った。
「でも、こんな体になってしまったら、とてもがっかりしたでしょう。もっと自然な自分でユウヘイに会いたかったのに」
「こうして話せただけでも俺は幸せだ」
「じゃあ、私にもその幸せを分けて」
車椅子から立ち上がろうとするヨシコをユウヘイはすぐさま抱きしめた。強く抱きしめていないとすぐにでも倒れてしまいそうで、強く抱きしめすぎると壊れてしまいそうなほど細い体だった。
「華奢になってしまったでしょう。肉つきもすべて落ちてしまって」
「でも、その魂の炎だけは消えることはない」
ヨシコはユウヘイの腕に強く抱かれながら優しく微笑んだ。
「ユウヘイらしい優しい言葉……罪なことを一つだけ許して。お願い……キスして……」
ユウヘイは言われる通りに優しくキスをした。唇に触れ、そしてゆっくりと唇の神経を重ね合わせていくように。
「お願いエミちゃん。私の車椅子をあそこに立っている背筋のピンと張った背の高い男の人のところまで連れて行ってちょうだい」
そう言われ、エミはゆっくりと車椅子を押していった。
「もし、あの人と結婚していなかったらエミちゃんは生まれてなかったわね。今は皆にありがとうと言える。エミちゃんにもありがとう。あの人にも、たくさんお礼を言いたい」
エミが涙をこらえながら車椅子を背の高い男の前まで押していくと、男は「野村……」とつぶやくように言った。ヨシコは「ユウヘイさん」と言うと、男はふっと笑って小さく首を振りながら天井を見た。
「……結局苗字、変えなかったのか」
「ユウヘイさんは後悔している? 私は後悔していない。だってこうして会いにきてくれたし会えたし。だから心からありがとう」
ユウヘイは自嘲的にふっと笑って、「野村」と言おうとすると、「お願い。ヨシコでいい」と小さく力強く言った。
「お願い、エミちゃん。二人きりにさせてね」
そう言ってユウヘイに車椅子を押されながら、二人はテラスへと出て行った。
「大丈夫か? こんなに寒いところで」
「いいの。これ、受け取って」
ユウヘイとテラスに出たヨシコはそう言って、もうひとつの封筒を渡した。ユウヘイはそれを黙って開けて読むと、無言でヨシコを見つめた。
「嘘だと思ってもらってもいい。でも、ずっと私の心にはあなたがいた」
「……残酷なことをする」
「本当のことだもの」
ユウヘイは大切に手紙を内ポケットの中へとしまいこんで空を眺めた。穏やかな雲が浮かぶ、よく晴れ渡った日和だった。冷たいが、やわらかく、自然の匂いに満ちた風が二人を撫で付ける。
「女子寮に忍び込むあなたと私は、まるでロミオとジュリエットだった」
ユウヘイは目をつむり、まぶたの裏側に思い出を映していた。
「ヨシコさえ奪えば、当時の俺は世界の全てを敵に回しても惜しくなかった」
ヨシコは車椅子に座りながら同じように空を見ていた。
「いつも繋がっていると思っていた。朝も夜もこうして空を見上げてあなたが近くにいることを想った」
「俺もだ。少しでも離れているのが耐えられなかった。この手に強く抱きしめたまま、ヨシコを愛しつくしたかった」
ヨシコはうつむいて微笑んでいた。ユウヘイに強く抱きしめられた感触を長年たった今でも鮮明に覚えている。体が狂おしいほどに思い出という記憶を辿り思い出させてくれる。ヨシコは「ふふ」と笑った。気になってユウヘイが見るとヨシコは言った。
「でも、こんな体になってしまったら、とてもがっかりしたでしょう。もっと自然な自分でユウヘイに会いたかったのに」
「こうして話せただけでも俺は幸せだ」
「じゃあ、私にもその幸せを分けて」
車椅子から立ち上がろうとするヨシコをユウヘイはすぐさま抱きしめた。強く抱きしめていないとすぐにでも倒れてしまいそうで、強く抱きしめすぎると壊れてしまいそうなほど細い体だった。
「華奢になってしまったでしょう。肉つきもすべて落ちてしまって」
「でも、その魂の炎だけは消えることはない」
ヨシコはユウヘイの腕に強く抱かれながら優しく微笑んだ。
「ユウヘイらしい優しい言葉……罪なことを一つだけ許して。お願い……キスして……」
ユウヘイは言われる通りに優しくキスをした。唇に触れ、そしてゆっくりと唇の神経を重ね合わせていくように。
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