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和夫が懐中電灯の光を土の中へと向けると窪田は穴を少しずつ広げていった。窪田がかがんで素手で土を払う。「ハアー、ハアー」と長めに息を切らす窪田は「あった」と強く言った。掘ったところには大きめの木箱のようなものがある。随分と土にまみれていて汚れきっていて抱えあげるには少々大きい。
「そ、それは……」
窪田に尋ねる和夫の後ろで志穂が震えている。背中で和夫の服を掴んでいるが、ガチガチと恐怖で歯が鳴っているのがわかる。和夫も木箱の中には何が入っているかはわからなかったが、直感が警鐘を鳴らし続けている。何がとは答えられないが危険だ。そこからありとあらゆる苦痛があふれ出し、自分たちを襲ってくるのではないかという予感すらするのだった。
「く、窪田さん。それ以上はやめてください! お願いします!」
和夫の制止にも関わらず窪田はぐっと力を入れて土の中から箱を持ち上げる。そして土の上に置いて「へ、へへへ……やった……」と歪んだ笑いを浮かべながら喜んでいる。懐中電灯の光の当たった年季の入った顔のしわが深い陰影を浮かび上がらせ、しわがれた翁の仮面のようになっていた。
本当に昼間に見てきた刑事なのだろうか。まるで人が違ったようだ。そう、紀之。あいつもこんな風に幽鬼のようだった。あいつも木下翔子のせいでおかしくなったのか。でもどうして俺たちまで巻き込まれなきゃいけないんだ。木下翔子の目的は紀之じゃないのか。きっと木下翔子はもう死んでいて俺たちにとりついているんだ。だから皆がおかしくなるんだ。
「窪田さん!」
再度止めようと和夫が叫ぶと懐中電灯がフッと消えた。月明かりは厚い雲でさえぎられ視界は闇にきつく巻きつかれた。生ぬるい風がヌラヌラと首筋を撫でていく。暗闇の中で窪田は大きな昆虫のようにもぞもぞと動いているのがわかる。静寂は恐怖を湧き水のように黒くわかせていく。和夫は発狂しそうなほどの心のすくみ上がりを抑えるので精一杯だった。かろうじて背中の志穂の存在が頼りない和夫の理性を保っていた。
カチカチと何度も落ち着きなく懐中電灯の光を入れようとするが電池が切れたのかもう付く気配もない。やがて雲が幕を開けたように開き、強く白い月の光が地上へと射し込んでいった。目の前には窪田のかがんだ姿。そして開けられた箱。その中には短い頭髪が周囲に散っており頭蓋骨があった。直感的に、紀之のものかもしれない、と和夫は思った。何故か見つかってよかったと少しだけほっとするような気持ちがあった。
「これか」
と窪田は頭蓋骨を持ち上げるが「ない。ないぞ」と底を何度も確かめる。
「な、何がですか」
和夫が何事かと尋ねると「子供がいない」と窪田は頭蓋骨を両手で持ちながら言った。
和夫は月明かりに照らされる頭蓋骨を見ながら、紀之はもう既に死んでいて、俺が見てきたものは全てこの世のものではなかったんだ、と悟った。全ての怪異は紀之がきっと「自分を見つけて欲しい」という思いから起こったことなんだ、と。緊張から解き放たれたのか、それとも極度の緊張のせいで感覚が麻痺したのか、目の前の出来事が妙に遠くに見えた。対岸に見えるぼやけた島のように手の届かないほど遠いところで起こっている出来事のようにも感じてきた。
「子供が、いたんですか」
和夫は穏やかな口調で聞いていた。もういいだろ。紀之の霊を供養して、木下翔子の霊もちゃんと供養してやればあの二人は現世をさ迷うことも、もうないだろ。それで終わるだろ。終わりにしよう。
まるで仏僧にでもなったかのような心持で窪田を見ていたが、窪田が箱の中から大きめの封筒を見つけて引っ張り出してきた。和夫は「木下翔子が夢の中で、ここに埋まっていると言ったんですか?」と尋ねると「そうだ」と窪田は答え続けた。
「田辺良子かと尋ねると木下翔子だと答えた。封筒にあいつの場所が書いてあるとな。この空き地の元の名義は小沢紀之のもので、小沢が火災保険などの保険金を元にこの場所に家を建てようと思っていたのかもしれない。この頭蓋骨はあいつの言うとおりなら小沢のものだろう。もう一人、誰のものかわからないが赤子がいると。あいつ、としか言わなかった。とにかく、明かりのあるところにいきたい」
「あの……」
志穂が和夫の背中に隠れながら言う。
「隣の部屋が空いていますので、使ってください。どうぞ」
窪田は深いため息をついたあとで「ありがとう」と告げた。和夫はこれまで理不尽な目にあってきたせいか、何があったのかを知りたかった。
「あの、紀之に何があったのか知りたいんです。一緒に見ていいですか?」
すると志穂が背中を引っ張るので「どうしたの」と和夫が尋ねると「一人じゃ怖い」と言うので「じゃあくっついていればいい」優しく言うと少しだけ安心したような顔になった。
合鍵で管理人部屋の隣の部屋を開けると同じ作りになっていた。誰も住んでいないので当然家具も何もなく殺風景だが照明の類はちゃんとしている。志穂が窪田を自分の部屋に入れなかったのは、窪田のどことなくただよう気色悪さからだろう。
畳の部屋の中央で古ぼけた封筒の中身を窪田は出す。中から出てきたのは戸籍抄本、病院の領収書、処方箋、日記だった。窪田はひとつひとつを手にとって見ていく。
「そ、それは……」
窪田に尋ねる和夫の後ろで志穂が震えている。背中で和夫の服を掴んでいるが、ガチガチと恐怖で歯が鳴っているのがわかる。和夫も木箱の中には何が入っているかはわからなかったが、直感が警鐘を鳴らし続けている。何がとは答えられないが危険だ。そこからありとあらゆる苦痛があふれ出し、自分たちを襲ってくるのではないかという予感すらするのだった。
「く、窪田さん。それ以上はやめてください! お願いします!」
和夫の制止にも関わらず窪田はぐっと力を入れて土の中から箱を持ち上げる。そして土の上に置いて「へ、へへへ……やった……」と歪んだ笑いを浮かべながら喜んでいる。懐中電灯の光の当たった年季の入った顔のしわが深い陰影を浮かび上がらせ、しわがれた翁の仮面のようになっていた。
本当に昼間に見てきた刑事なのだろうか。まるで人が違ったようだ。そう、紀之。あいつもこんな風に幽鬼のようだった。あいつも木下翔子のせいでおかしくなったのか。でもどうして俺たちまで巻き込まれなきゃいけないんだ。木下翔子の目的は紀之じゃないのか。きっと木下翔子はもう死んでいて俺たちにとりついているんだ。だから皆がおかしくなるんだ。
「窪田さん!」
再度止めようと和夫が叫ぶと懐中電灯がフッと消えた。月明かりは厚い雲でさえぎられ視界は闇にきつく巻きつかれた。生ぬるい風がヌラヌラと首筋を撫でていく。暗闇の中で窪田は大きな昆虫のようにもぞもぞと動いているのがわかる。静寂は恐怖を湧き水のように黒くわかせていく。和夫は発狂しそうなほどの心のすくみ上がりを抑えるので精一杯だった。かろうじて背中の志穂の存在が頼りない和夫の理性を保っていた。
カチカチと何度も落ち着きなく懐中電灯の光を入れようとするが電池が切れたのかもう付く気配もない。やがて雲が幕を開けたように開き、強く白い月の光が地上へと射し込んでいった。目の前には窪田のかがんだ姿。そして開けられた箱。その中には短い頭髪が周囲に散っており頭蓋骨があった。直感的に、紀之のものかもしれない、と和夫は思った。何故か見つかってよかったと少しだけほっとするような気持ちがあった。
「これか」
と窪田は頭蓋骨を持ち上げるが「ない。ないぞ」と底を何度も確かめる。
「な、何がですか」
和夫が何事かと尋ねると「子供がいない」と窪田は頭蓋骨を両手で持ちながら言った。
和夫は月明かりに照らされる頭蓋骨を見ながら、紀之はもう既に死んでいて、俺が見てきたものは全てこの世のものではなかったんだ、と悟った。全ての怪異は紀之がきっと「自分を見つけて欲しい」という思いから起こったことなんだ、と。緊張から解き放たれたのか、それとも極度の緊張のせいで感覚が麻痺したのか、目の前の出来事が妙に遠くに見えた。対岸に見えるぼやけた島のように手の届かないほど遠いところで起こっている出来事のようにも感じてきた。
「子供が、いたんですか」
和夫は穏やかな口調で聞いていた。もういいだろ。紀之の霊を供養して、木下翔子の霊もちゃんと供養してやればあの二人は現世をさ迷うことも、もうないだろ。それで終わるだろ。終わりにしよう。
まるで仏僧にでもなったかのような心持で窪田を見ていたが、窪田が箱の中から大きめの封筒を見つけて引っ張り出してきた。和夫は「木下翔子が夢の中で、ここに埋まっていると言ったんですか?」と尋ねると「そうだ」と窪田は答え続けた。
「田辺良子かと尋ねると木下翔子だと答えた。封筒にあいつの場所が書いてあるとな。この空き地の元の名義は小沢紀之のもので、小沢が火災保険などの保険金を元にこの場所に家を建てようと思っていたのかもしれない。この頭蓋骨はあいつの言うとおりなら小沢のものだろう。もう一人、誰のものかわからないが赤子がいると。あいつ、としか言わなかった。とにかく、明かりのあるところにいきたい」
「あの……」
志穂が和夫の背中に隠れながら言う。
「隣の部屋が空いていますので、使ってください。どうぞ」
窪田は深いため息をついたあとで「ありがとう」と告げた。和夫はこれまで理不尽な目にあってきたせいか、何があったのかを知りたかった。
「あの、紀之に何があったのか知りたいんです。一緒に見ていいですか?」
すると志穂が背中を引っ張るので「どうしたの」と和夫が尋ねると「一人じゃ怖い」と言うので「じゃあくっついていればいい」優しく言うと少しだけ安心したような顔になった。
合鍵で管理人部屋の隣の部屋を開けると同じ作りになっていた。誰も住んでいないので当然家具も何もなく殺風景だが照明の類はちゃんとしている。志穂が窪田を自分の部屋に入れなかったのは、窪田のどことなくただよう気色悪さからだろう。
畳の部屋の中央で古ぼけた封筒の中身を窪田は出す。中から出てきたのは戸籍抄本、病院の領収書、処方箋、日記だった。窪田はひとつひとつを手にとって見ていく。
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