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掘り起こす
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放心していると周囲の音がよく聞こえてくる。虫の鳴き声がうるさいほどに闇夜に響いている。寝汗ですでに和夫の体はぐっしょりと濡れている。伝う汗の気色の悪い冷たさが首筋に張り付いている。そして、遠くから虫とは違った音が聞こえてきた。
――ザッ、ザッ、ザッ。
――ザッ、ガツッ、ガザッ。
何の音だろう。スコップで土を掘り起こしているような音だ。空耳かと思ったが、ずっと聞こえている。もしや外で誰かが掘っているのでは。いや、しかし何のために。こんな夜中に土を掘るやつなんて不審者に違いない。
和夫は寝ている志穂を揺さぶって起こす。眠い目をこすりながら体を起こす志穂に、不審者がいることを告げて、懐中電灯がないか聞くと、すぐにもって来て和夫に手渡した。もし本当に不審者だったら何か武器を持っていなければいけないなと、物騒だが威嚇の意味で包丁を手に持った。
包丁を手に持つだけで体が震えてくる。もし本当に不審者で、そいつが暴れて刺してしまったらどうしようと不安になってくる和夫は勇気を振り絞って外に出た。土を掘る音は隣の空き地から聞こえてくるようだった。歩み寄るたびに喉が渇いて張り付く。
背の高い草が生い茂っていて見通しは悪い。懐中電灯の明かりがぼんやりと草を照らし、虫の音はいっせいに引き、土を掘る音だけが闇夜にこだまするようだった。
志穂が心配そうにドアを半開きにして覗いている。和夫が草をわけ、空き地の中心に近づくにつれ土を掘る音は近づいてくる。グラグラと懐中電灯の光が震えて定まらず、和夫は何を見つけているかもわからなくなりそうになる。
和夫の足はガクガクと震え上がって折れて粉々になりそうなほど恐怖ですくんでいた。
――ザッ、ガザッ、ザッ。
――ザクッ、ガズッ、ザッ。
「誰だ!」
大きな声で威嚇してまず不審者を驚かせてやろうと思い、音の真っ只中に懐中電灯を向けた。そこにはスコップを持って懸命に土を掘る背広の男らしき人間がいた。
光を当てると作業を中断し、男はまぶしさに手を上げて顔に当たる光をさえぎろうとした。
特に和夫に襲い掛かってくるわけでもない。ただ懸命に土を掘っていたその男が、静かに手を下ろすと、和夫に何度か会った窪田という刑事だった。
「あ、くぼた、さん? あなた、どうしてこんな時間に!」
和夫が叫ぶと窪田は死人のように生気のない目でじっと見てきた。昼間見てきた、活力を内に秘めたような強さは微塵も感じられない。紀之と同じだ、と思った。それでも和夫は知っている人間だっただけに多少ほっとして包丁を下ろした。
「この封筒だよ」
窪田はそう言って、和夫が紀之に届けに持ってきた、あの古い封筒を差し出してきた。
「あっ!」と言ったまま声を失った和夫を前に、ため息をつきぼんやりと空を見上げながら窪田は封筒を差し出した。まるでもう人間を相手にするつもりもないかのように、力なく腕を伸ばしている。
「い、嫌ですよ。それには触りたくない」
震えを感じながら和夫が断ると、窪田は死霊のように見上げた瞳をガクリと和夫へと落として「やっぱり知っているのか」と窪田は消え入りそうな声で言った。
「何でこんなところで土なんか掘ってたんですか?」
和夫が震え交じりの穏やかならぬ声で尋ねると窪田は「封筒の内側に子供の場所が書いてあった。中の手紙には……」と中から手紙を出し和夫の前で広げた。
闇の中で懐中電灯の光を手紙に当てると赤茶けた文字で、
『サヨウナラ、ノリユキサン サヨウナラ、ノリユキサン
サヨウナラ、ノリユキサン サヨウナラ、ノリユキサン』
と一面にびっしりと書かれた手紙が浮かび上がり、和夫は背筋からおぞましさがこみ上げ喉を締め付け「ひいやっ!」と小さく叫んだ。
そして懐中電灯を当てていると窪田が二枚目の手紙をめくる。そこには前に見た時と同じように「ニゲラレナイワヨ」と、書かれていたが、懐中電灯の光をすっと手紙の端に落とすと和夫は戦慄した。「アカチャンモイッショ」と書かれているのだ。
「赤ちゃんも一緒……?」
和夫がつぶやいたまま凍りついた手に掴まれているかのように放心していると「夢を見なかったか?」と窪田が尋ねた。
「夢……?」
「そうだ。その夢は……いや、なんでもない……」
「木下翔子の……夢ですか……」
窪田の魂の抜けきったような顔が一瞬だけすっと活力を取り戻し、和夫を見た。
「お前もか……それだけで充分だ。よくわかった」
懐中電灯の明かりの陰りの中で窪田はそう言ったまま無言で土を掘り出す。そこへ志穂がようやく和夫のもとへと駆けつけてくる。和夫の背中に隠れながら懐中電灯の当てられている窪田の姿を「どうしてここに……」と恐る恐る見ている。
和夫は窪田がどんな目にあったのか容易に想像できた。
「もしかしてあなたは夢が何かを示してここに?」
――ザッ、ガザッ、ザッ。
――ザクッ、ガズッ、ザッ。
「そうだ」
と、窪田は生き別れの親が異国の地で子供の骨を捜すかのように懸命にスコップで掘りだす。
和夫の当てるライトの光が震えで揺れて定まらない。光の加減で窪田がチラチラと闇の中に浮かんでは消える。
――ザグッ、ガスッ、ザッ。
――ザザッ、ガツッ、カツンッ。
「ん?」
和夫は土を掘る音とは違う音がしたと感じた。スコップが何かに当たったようだ。石だろうか。それとも別の何かだろうか。
――ザッ、ザッ、ザッ。
――ザッ、ガツッ、ガザッ。
何の音だろう。スコップで土を掘り起こしているような音だ。空耳かと思ったが、ずっと聞こえている。もしや外で誰かが掘っているのでは。いや、しかし何のために。こんな夜中に土を掘るやつなんて不審者に違いない。
和夫は寝ている志穂を揺さぶって起こす。眠い目をこすりながら体を起こす志穂に、不審者がいることを告げて、懐中電灯がないか聞くと、すぐにもって来て和夫に手渡した。もし本当に不審者だったら何か武器を持っていなければいけないなと、物騒だが威嚇の意味で包丁を手に持った。
包丁を手に持つだけで体が震えてくる。もし本当に不審者で、そいつが暴れて刺してしまったらどうしようと不安になってくる和夫は勇気を振り絞って外に出た。土を掘る音は隣の空き地から聞こえてくるようだった。歩み寄るたびに喉が渇いて張り付く。
背の高い草が生い茂っていて見通しは悪い。懐中電灯の明かりがぼんやりと草を照らし、虫の音はいっせいに引き、土を掘る音だけが闇夜にこだまするようだった。
志穂が心配そうにドアを半開きにして覗いている。和夫が草をわけ、空き地の中心に近づくにつれ土を掘る音は近づいてくる。グラグラと懐中電灯の光が震えて定まらず、和夫は何を見つけているかもわからなくなりそうになる。
和夫の足はガクガクと震え上がって折れて粉々になりそうなほど恐怖ですくんでいた。
――ザッ、ガザッ、ザッ。
――ザクッ、ガズッ、ザッ。
「誰だ!」
大きな声で威嚇してまず不審者を驚かせてやろうと思い、音の真っ只中に懐中電灯を向けた。そこにはスコップを持って懸命に土を掘る背広の男らしき人間がいた。
光を当てると作業を中断し、男はまぶしさに手を上げて顔に当たる光をさえぎろうとした。
特に和夫に襲い掛かってくるわけでもない。ただ懸命に土を掘っていたその男が、静かに手を下ろすと、和夫に何度か会った窪田という刑事だった。
「あ、くぼた、さん? あなた、どうしてこんな時間に!」
和夫が叫ぶと窪田は死人のように生気のない目でじっと見てきた。昼間見てきた、活力を内に秘めたような強さは微塵も感じられない。紀之と同じだ、と思った。それでも和夫は知っている人間だっただけに多少ほっとして包丁を下ろした。
「この封筒だよ」
窪田はそう言って、和夫が紀之に届けに持ってきた、あの古い封筒を差し出してきた。
「あっ!」と言ったまま声を失った和夫を前に、ため息をつきぼんやりと空を見上げながら窪田は封筒を差し出した。まるでもう人間を相手にするつもりもないかのように、力なく腕を伸ばしている。
「い、嫌ですよ。それには触りたくない」
震えを感じながら和夫が断ると、窪田は死霊のように見上げた瞳をガクリと和夫へと落として「やっぱり知っているのか」と窪田は消え入りそうな声で言った。
「何でこんなところで土なんか掘ってたんですか?」
和夫が震え交じりの穏やかならぬ声で尋ねると窪田は「封筒の内側に子供の場所が書いてあった。中の手紙には……」と中から手紙を出し和夫の前で広げた。
闇の中で懐中電灯の光を手紙に当てると赤茶けた文字で、
『サヨウナラ、ノリユキサン サヨウナラ、ノリユキサン
サヨウナラ、ノリユキサン サヨウナラ、ノリユキサン』
と一面にびっしりと書かれた手紙が浮かび上がり、和夫は背筋からおぞましさがこみ上げ喉を締め付け「ひいやっ!」と小さく叫んだ。
そして懐中電灯を当てていると窪田が二枚目の手紙をめくる。そこには前に見た時と同じように「ニゲラレナイワヨ」と、書かれていたが、懐中電灯の光をすっと手紙の端に落とすと和夫は戦慄した。「アカチャンモイッショ」と書かれているのだ。
「赤ちゃんも一緒……?」
和夫がつぶやいたまま凍りついた手に掴まれているかのように放心していると「夢を見なかったか?」と窪田が尋ねた。
「夢……?」
「そうだ。その夢は……いや、なんでもない……」
「木下翔子の……夢ですか……」
窪田の魂の抜けきったような顔が一瞬だけすっと活力を取り戻し、和夫を見た。
「お前もか……それだけで充分だ。よくわかった」
懐中電灯の明かりの陰りの中で窪田はそう言ったまま無言で土を掘り出す。そこへ志穂がようやく和夫のもとへと駆けつけてくる。和夫の背中に隠れながら懐中電灯の当てられている窪田の姿を「どうしてここに……」と恐る恐る見ている。
和夫は窪田がどんな目にあったのか容易に想像できた。
「もしかしてあなたは夢が何かを示してここに?」
――ザッ、ガザッ、ザッ。
――ザクッ、ガズッ、ザッ。
「そうだ」
と、窪田は生き別れの親が異国の地で子供の骨を捜すかのように懸命にスコップで掘りだす。
和夫の当てるライトの光が震えで揺れて定まらない。光の加減で窪田がチラチラと闇の中に浮かんでは消える。
――ザグッ、ガスッ、ザッ。
――ザザッ、ガツッ、カツンッ。
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