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怖いから抱いてください
怖いから抱いてください2
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和夫はため息を一つついて少々胸をなでおろした。
和夫は志穂に振り向くが志穂は何も気にしていないようだった。自分が結婚していることを告げたほうがいいのだろうかと迷いがあったが無理に言う必要もないだろうと思ったところ、「奥さんからでしょ?」と志穂が言い、和夫はドキリと心臓を鷲づかみにされる衝撃を受けた。
「あ、知ってたのか」
すると志穂が左手を上げて手をくるくると振る。そこで「あっ」と初めて和夫はいつも自分が結婚指輪をしていることに気がつく。自分のような年のいったものが左薬指に指輪をつけていれば結婚しているのだろうと推測するのは当然のことだろう。
志穂は四つんばいですり寄って来る。
「ねえ、不安なの。しなくてもいいから、抱き締めていて欲しい」
「ちょっと待ってくれ」
麻弥子が心配している。さすがに連絡を入れないとまずいだろうと考えた和夫は志穂の家の電話を借りることにしたが、また和夫の携帯が鳴り出す。麻弥子がかけてきたのだろうと液晶画面を確認せずに出ると、妙な音がする。
――ザザザザザザ……
――ザザザザザザ……
前にもどこかで聞いたようなノイズだった。外にいるような音とは違って、ラジオのチューニングが合っていないような音が小さく聞こえてくる。
和夫は携帯電話を押し当てるようにして耳に当てると、その音の奇妙さに自然と顔が神妙になってくる。
かーごーめ、かーごーめ。
かーごのーなーかのーとーりーはー。
いーつ、いーつ、でーやーる。
よーあーけーの、ばーんーにー、つーると、かーめが、すーべった。
受話器の奥から歌が聞こえてくるが、よく耳を澄ましていると、別の声がしている。赤子の泣くような……
――カズオサン
「うわあ!」
和夫は自分の名前を呼ばれて思わず受話器を落とした。
いたずらだろ。いたずら電話だろ。誰がこんなこと。和夫は全身の毛をぬめった手で逆撫でされたような気色悪さの中で混乱していた。
志穂が心配そうに寄ってくると、今度は志穂の家の電話が鳴り出した。
志穂が電話に出て「はい、もしもし」と言うと、しばらく志穂は黙り込んでしまった。
「あの、もしもし? どちら様ですか?」
再度繰り返して志穂は首をかしげた。
和夫が気になり「どうした?」と声をかけると「赤ちゃんの鳴き声みたいな声が遠くから聞こえるけど、何もしゃべらないし変なの」と、受話器を耳につけながら和夫を見た。
「ちょ、ちょっと貸してくれ」と動揺を隠し切れずに受話器を奪い取り、戸惑う志穂にかまわずに受話器に耳を済ませてみた。
すると遠くから赤子の鳴き声が確かに聞こえる。かすかだが、「かごめかごめ」の歌も聞こえるような気がした。しかし、誰もしゃべってこない。
「赤子の声が聞こえるような気がするけど、いたずら電話だろう。切っていいか?」
和夫が志穂に尋ねると、うっすらと口元を引きつらせたように笑いながら「いいわよ。もうずっと和夫さんの近くにいるから」とうつむきながら志穂は言った。
和夫は狼狽しながら翔子の面影を志穂に感じ、「お、お前は……」と言ったっきり、背筋が凍りついたようになり、体が動かなくなった。
「あ、あれ? 私、何? どうしたんだろう。何か言ったよね?」
すぐにわれに返った志穂がおろおろしながら口走っている。和夫は志穂の様子を見ながら冷や汗が止まらなくなっていた。明日すぐにでも帰ったほうがいい、ここにいたら何が起こるかわからない、そう思っていたが、ふと冷静になって自宅でも不可思議なことが起こっていたことを思い出した。
どうすればこの悪夢から逃れられるのだ、と和夫は気が狂いそうになる気持ちをなんとか抑え込んでいた。あまりにも理不尽なことが起きすぎていて、やけを起こしたくなっていた。いっそのこと自殺でもしたほうが楽になれるのではないかとも思ったほどだった。
「ねえ、大丈夫? 顔色悪い」
志穂が心配して擦り寄ってくる。しかし和夫はまた志穂の顔に翔子の面影を見たとき、突き飛ばしてしまうのではないかと感じていた。それだけ一連の出来事からの抵抗から嫌悪感が芽生え始めていた。
「ごめん。今日は寝かせてくれ。もうダメだ」
「じゃあ布団を……」
志穂の言葉を「いや、ここでいい」とさえぎって、床に寝転んだ。
寝転ぶと緊張して目がさえているようだが、頭は完全に疲労してぼんやりしている。霞がかった頭の奥で考えていたのは、紀之はいったいどこに消えたのか、という疑問だった。
しっかりしなければと自らを鼓舞し、麻弥子のことを思い浮かべて自らを元気付けていた和夫は志穂に拒否反応を起こしていたはずなのに、ふと夢うつつで起こった情事を思い浮かべて少しずつ勃起し始めていた。つくづく弱い理性だと素直に反応する自分を恥じた。
女に飢えているわけでもあるまいし、どうしてこうもあそこがうずくのだと、ちらちら志穂を見るとシャワーを浴びるのかタオルを用意していた。風呂は部屋からすぐに繋がっていて、着替えは部屋の中でするか、誰かがいるなら風呂の中でするかのどちらかしかないほど部屋が広くない。
和夫は志穂に振り向くが志穂は何も気にしていないようだった。自分が結婚していることを告げたほうがいいのだろうかと迷いがあったが無理に言う必要もないだろうと思ったところ、「奥さんからでしょ?」と志穂が言い、和夫はドキリと心臓を鷲づかみにされる衝撃を受けた。
「あ、知ってたのか」
すると志穂が左手を上げて手をくるくると振る。そこで「あっ」と初めて和夫はいつも自分が結婚指輪をしていることに気がつく。自分のような年のいったものが左薬指に指輪をつけていれば結婚しているのだろうと推測するのは当然のことだろう。
志穂は四つんばいですり寄って来る。
「ねえ、不安なの。しなくてもいいから、抱き締めていて欲しい」
「ちょっと待ってくれ」
麻弥子が心配している。さすがに連絡を入れないとまずいだろうと考えた和夫は志穂の家の電話を借りることにしたが、また和夫の携帯が鳴り出す。麻弥子がかけてきたのだろうと液晶画面を確認せずに出ると、妙な音がする。
――ザザザザザザ……
――ザザザザザザ……
前にもどこかで聞いたようなノイズだった。外にいるような音とは違って、ラジオのチューニングが合っていないような音が小さく聞こえてくる。
和夫は携帯電話を押し当てるようにして耳に当てると、その音の奇妙さに自然と顔が神妙になってくる。
かーごーめ、かーごーめ。
かーごのーなーかのーとーりーはー。
いーつ、いーつ、でーやーる。
よーあーけーの、ばーんーにー、つーると、かーめが、すーべった。
受話器の奥から歌が聞こえてくるが、よく耳を澄ましていると、別の声がしている。赤子の泣くような……
――カズオサン
「うわあ!」
和夫は自分の名前を呼ばれて思わず受話器を落とした。
いたずらだろ。いたずら電話だろ。誰がこんなこと。和夫は全身の毛をぬめった手で逆撫でされたような気色悪さの中で混乱していた。
志穂が心配そうに寄ってくると、今度は志穂の家の電話が鳴り出した。
志穂が電話に出て「はい、もしもし」と言うと、しばらく志穂は黙り込んでしまった。
「あの、もしもし? どちら様ですか?」
再度繰り返して志穂は首をかしげた。
和夫が気になり「どうした?」と声をかけると「赤ちゃんの鳴き声みたいな声が遠くから聞こえるけど、何もしゃべらないし変なの」と、受話器を耳につけながら和夫を見た。
「ちょ、ちょっと貸してくれ」と動揺を隠し切れずに受話器を奪い取り、戸惑う志穂にかまわずに受話器に耳を済ませてみた。
すると遠くから赤子の鳴き声が確かに聞こえる。かすかだが、「かごめかごめ」の歌も聞こえるような気がした。しかし、誰もしゃべってこない。
「赤子の声が聞こえるような気がするけど、いたずら電話だろう。切っていいか?」
和夫が志穂に尋ねると、うっすらと口元を引きつらせたように笑いながら「いいわよ。もうずっと和夫さんの近くにいるから」とうつむきながら志穂は言った。
和夫は狼狽しながら翔子の面影を志穂に感じ、「お、お前は……」と言ったっきり、背筋が凍りついたようになり、体が動かなくなった。
「あ、あれ? 私、何? どうしたんだろう。何か言ったよね?」
すぐにわれに返った志穂がおろおろしながら口走っている。和夫は志穂の様子を見ながら冷や汗が止まらなくなっていた。明日すぐにでも帰ったほうがいい、ここにいたら何が起こるかわからない、そう思っていたが、ふと冷静になって自宅でも不可思議なことが起こっていたことを思い出した。
どうすればこの悪夢から逃れられるのだ、と和夫は気が狂いそうになる気持ちをなんとか抑え込んでいた。あまりにも理不尽なことが起きすぎていて、やけを起こしたくなっていた。いっそのこと自殺でもしたほうが楽になれるのではないかとも思ったほどだった。
「ねえ、大丈夫? 顔色悪い」
志穂が心配して擦り寄ってくる。しかし和夫はまた志穂の顔に翔子の面影を見たとき、突き飛ばしてしまうのではないかと感じていた。それだけ一連の出来事からの抵抗から嫌悪感が芽生え始めていた。
「ごめん。今日は寝かせてくれ。もうダメだ」
「じゃあ布団を……」
志穂の言葉を「いや、ここでいい」とさえぎって、床に寝転んだ。
寝転ぶと緊張して目がさえているようだが、頭は完全に疲労してぼんやりしている。霞がかった頭の奥で考えていたのは、紀之はいったいどこに消えたのか、という疑問だった。
しっかりしなければと自らを鼓舞し、麻弥子のことを思い浮かべて自らを元気付けていた和夫は志穂に拒否反応を起こしていたはずなのに、ふと夢うつつで起こった情事を思い浮かべて少しずつ勃起し始めていた。つくづく弱い理性だと素直に反応する自分を恥じた。
女に飢えているわけでもあるまいし、どうしてこうもあそこがうずくのだと、ちらちら志穂を見るとシャワーを浴びるのかタオルを用意していた。風呂は部屋からすぐに繋がっていて、着替えは部屋の中でするか、誰かがいるなら風呂の中でするかのどちらかしかないほど部屋が広くない。
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