人当て鬼

貴美月カムイ

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白骨

白骨1

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 夢を、和夫は見ていた。紀之ともう一人美しい女性が寄り添いながら歩いている。女性の両手には赤子が抱かれていて、紀之は嬉しそうに赤子を覗いている。そのうち紀之は歩みをふと止め、ガクガクと狂ったように震えだし、みるみるうちに痩せこけていく。紀之の体にはぶくぶくと発心ができ始め、煮え立ったように弾けて膿と血が吹き出ている。紀之は自らの体をかきむしり、水ぶくれのような発心を傷つけながら発狂し、そしてついには赤子を女から奪い高々と両手にあげて地に叩きつけた。
 叩きつけられた赤子は血を散らしたかと思うと真っ赤な炎となって燃え上がり、女を業火に包み込む。つんざくような悲鳴を上げながら転げまわる。だんだんと髪の毛の焼けるような嫌な臭いが充満しだし、女は黒ずみながら転げまわるのをピタリとやめ、和夫へと視線を合わせる。
 業火の中でしっかりと見える血走った瞳。黒ずんで燃えている物体の中の憎しみの瞳。手を伸ばし、和夫へと這い寄って来ようとする女に恐怖を覚え、喉の奥から抜けるような叫び声をあげた。
「ひいいいいいいっ!」
 和夫は、はっと覚めた。朝の光の奥から届くすずめの声の中に、歌が混じっている。瞳をこらして周囲を見ると耳元で囁くように歌う声の主は、台所で包丁を握り締めてこちらを見ていた。
「後ろの正面……」
歌いながら包丁を両手で逆手に持ち、胸から遠ざけた。そのまま自分の胸に刺すつもりだと和夫は思い、すぐさま起き上がり止めに入った。
「何をするんだ! 翔子!」
 女の手からむしり取るように包丁を取り上げた勢いで女は尻餅をついた。床にペタンと座りながら女はきょとんとして和夫を見た。
「ショウコってどなた? 私はシホなのに」
「なんだって? 木下翔子が名前じゃないのか?」
「え? 変なこと言わないでください。私の名前は山村志穂です。前の彼女のことでも考えて私を抱いていたのですか? 最低です」
 和夫はとっさに違和感を持った。記憶のあるうちに見た妖艶な女の雰囲気とは打って変わっている。目の前の女は、まるで別人のように不気味な雰囲気は消え、人を刺激もせず不安にもさせない平凡な感じを抱かせる、どこにでもいる女だった。
「ちょ……包丁を持ってどうするつもりですか? 怖い!」
 和夫は焦りながら否定した。まるで自分が脅しをかけている言い方だと思った。
「今包丁自分で持っていたのに気がつかなかったのか?」
 志穂はきょとんとしながら和夫を見た。首をかしげて考えている。
「私……そういえば何していたのだろう……」
 和夫はその疑問を受け、自分も瞬時に頭が白くなった。
(そういえば俺はここで何をしていたのだろう。木下翔子とは誰だ。目の前の志穂という女じゃない気がするし……俺は抱いたのか? この女性を……言われてみればそんな気がするが、まるで夢を見ていたようにはっきりしない)
 志穂は座りながら考え込み、和夫は包丁を唖然としながら持って、何が起こったのかお互い思い出そうとしていた。何故かお互い肉の感触だけは残っている。一度刻まれた快楽の記憶が無意識に沈んでいても、どこかに残り香は体に染み付いている。
 ふと、二人の目が合った時、瞳の奥に艶めいたものを互いに感じた。昨日よりもお互いを知っているという妙な感触だけはあった。
 その時、家のベルが鳴った。志穂は、はっと気がついたように玄関に駆けて行き、ドアを開けると、そこにはどこかで見た中年の刑事が一人いた。
「朝早くにすみません。管理人さんですか? 私、N県Y署捜査一課のくぼ……た……おお?」
 中年刑事の窪田は懐から警察手帳を出そうとしたのだろうが、中に手を入れて止まり、部屋の奥にいた包丁を持った和夫に気がついた。包丁を見るなり少し険しい顔になりながら志穂に聞く。
「おや? 管理人さんと立花さんはお知り合いでしたか」
 窪田の言葉に志穂が答える。
「え? 立花さんって?」
「お知り合いではないので? あ、すいません。警察のものなんですけどね」
 和夫は「しまった」と思った。ろくに自己紹介もしないままだったのだ。しかもタイミングの悪いことに不自然に包丁を持っているし、紀之と関係があることで何かと詮索されているので面倒なことになると直感したが、志穂が意外にもすぐさまつくろってくれた。
「ああ、親しみやすく名前だけ名乗りあったので、苗字をお聞きするのをすっかり忘れていました」
「そうでしたか。それにしても随分早い時間からいるのですなあ。付き合いは長いのですか」
 さすがに怪しいと思ったのだろう。踏み込んだ質問をしてくる。中年刑事はタカの目のように和夫と志穂と部屋の内部をくまなく玄関先から見ている。
「ええと……私、暑さで彼の前で倒れてしまって……それで看病してもらっていたから……それよりも、どのような御用ですか?」
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