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第七章『恋の秘薬』

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 墓地を後にした二人はカフェテリアを訪れていた。場所を指定したのはスカーレットだ。
「良いお店だね」
 木目調のインテリアを基調とした店内をオレンジ色の照明が照らしている。どこか野営の焚き火を思わせるような雰囲気だ。椅子や壁の装飾品はビロードで設えられていようだ。
「母とよく来ていたんです」
 忙しい王妃教育の間を縫って母が時折連れ出してくれたのだ。流行りのドレスを買いに行くこともあれば、高名な画家の個展など。その帰りによく訪れていたのがこのカフェテリアだった。
「季節によって提供されるケーキが違うので頼むのはいつも二つ」
 今回二人が注文したのはレモンピールのチーズケーキとベリーのタルトだ。二つとも今の時期に食べたくなるようなスイーツである。他の店でも提供されているものだが、パティシエの腕の差かクオリティが安定しないこともあるのだ。様々な店を訪れて一番美味しいと感じたのがここだ。
「逃してしまった季節も沢山あるんですけど」
 スカーレットは苦笑しながら紅茶を一口含む。
「久しぶりに来ることが出来ました」
 フォークを差し込むと滑らかな断面が姿を見せた。上段のゼリーと下のタルトが分離しないように慎重に刺して口に運ぶ。ベリーの酸味を生かした甘さ控えめのゼリーとバニラの風味豊かなクリームが口の中で混ざりあう。ほのかな塩味を感じるタルト生地が次のひと口を無限に誘惑してくる。
 舌鼓を打っていると、目の前に一口分のケーキが差し出された。オズの頼んだチーズケーキだ。
「どうぞ」
 周囲を見渡して他の客の視線を伺う。どうやら特に注目されてはいないらしい。
 少しの行儀の悪さに背徳感を覚えながら好意に甘える。
 甘めのクリームチーズにほろ苦いレモンの皮を刻んだものが混ざっている。これだけでも充分美味しいが、一番下のコーヒーの染みたスポンジが見事に調和した逸品だ。
 いつの間にか気恥ずかしさは消し飛んでしまったようだ。
 美味しいものを食べると頬が落ちるという逸話もあながち間違いじゃないかもしれない。そんな事を考えながらスカーレットは自分の頬に手をあてる。
「美味しい?」
 気恥ずかしさが帰ってきた。
 幼子でも見守っているかのような和やかな笑みだ。
「あ、りがとうごさいます」
「どういたしまして」
 どちらのケーキも美味しかった。だが、やられっぱなしは悔しい。
 スカーレットは意を決すると一口分のタルトを切り分ける。
「オズ様も、です!」
 オズはきょとんと目を瞬かせると弾けるような笑顔になった。スカーレットの手を固定すると口を開ける。
「うん、美味い」
 舌なめずりをするように唇の端の欠片を舐めとった。何気ない仕草にも色香が漂っている。
 いたたまれなくなって顔を背けるとこちらに暖かい眼差しを向ける他の客達に気づいていしまった。見慣れた店員も視線が優しい。
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