86 / 114
第六章「一角馬の角」
1-6
しおりを挟む
◇ ◇ ◇ ◇
話は一週間ほど前に遡る。
スカーレットの名誉回復とカインを追い落とすための証拠。それらがまとまった頃、国王との面会の機会がやってきた。オズが言葉を違えず用意してくれた場だ。
場所は王城の一室。ちなみに魔道士の特権だと裏口から侵入した。正面から入っても良かったがそれだとスカーレットが健在であること、なんらかの働きかけをする為に国王に面会を求めたことが伝わってしまう。万全を期すために許可をとったとオズは話す。
だが、スカーレットは察している。オズはただ、人と顔を合わせるのが面倒くさくて接触が最小限ですむように調整したのだと。否定されても肯定されても困るので口にするのは控えているが。
オズの屋敷を出発する時は決まっていた覚悟が、いざ王城の一室に入ると緊張が勝る。
ぐるぐると書類の中身を思い返す。齟齬も誤認もないようにしなければと繰り返せば繰り返すほど不安になる。
沈黙の中で響くオズの笑い声がスカーレットの耳朶を叩いた。
「なんです……?」
人が緊張しているというのに。ぎぎぎと音がしそうなほどぎこちない動きでオズの方へ顔を向ける。
「いや、がちがちに緊張してるの可愛いなあって思って」
「緊張せずにはいられません! 陛下ですよ?」
国で一番偉い人だ。
カルロス二世。本来、彼は王位継承権だけで言えば四位だった。同腹の兄が王位を継承した矢先に南方の蛮族たちとの戦闘で死亡。腹違いの次兄は既に隣国の王女と結婚、さらに腹違いの姉は侯爵家に嫁いでいる。成り行きで手にした王位故に、即位してからは賢王と讃えられる曽祖父から名をとりカルロス二世を名乗っている。その名に相応しい執政ぶりは賢王の再来やもと評されるほどだ。自身の継承問題があってからか子は二人とされている。
「怒られるわけでもないしさ」
「それは……」
そうだ、と納得しかけてスカーレットは停止する。今の声音は経験者のそれによく似ていなかったか。
「待ってください」
首を傾げるオズの服の裾を掴む。瞳から垣間見える感情の動きを見逃さぬよう距離を詰めた。
「怒らせたのですか? 陛下を?」
カルロスは滅多に声を荒らげない事でも有名だ。温厚な国王陛下を怒らせた。誰が?
「いやぁ、怖かったなぁ」
「一体何をやらかしたんですかオズ様っ」
視線が遠く、遠くを泳ぐ。思い出として話せるようになったのがつい最近かのような口振りだ。
詳細を希望するスカーレットだったがタイムリミットが訪れてしまった。
「しばらくの間に随分仲良くなったようだな」
亜麻色の髪に鈍色の瞳。威厳を感じる容貌だが、滲み出る人の良さがそのまま人望の厚さになっているような人物だ。
スカーレットは弾かれたように立ち上がり、最上級カーテシーで応える。
「今回はこのような機会を設けて下さり感謝いたします」
「うむ」
スカーレットが顔を上げると目の前にカルロスの姿があった。
「話はオズワルドより聞いていたが…………」
不意に目元が和んだ。国王から一人の父親の顔になる。
「無事でよかった」
両親が亡くなってからも彼だけは変わらず、むしろ義理とはいえ娘になるのだからと心を砕いてくれていたことを思い出した。
「有難う存じます」
話は一週間ほど前に遡る。
スカーレットの名誉回復とカインを追い落とすための証拠。それらがまとまった頃、国王との面会の機会がやってきた。オズが言葉を違えず用意してくれた場だ。
場所は王城の一室。ちなみに魔道士の特権だと裏口から侵入した。正面から入っても良かったがそれだとスカーレットが健在であること、なんらかの働きかけをする為に国王に面会を求めたことが伝わってしまう。万全を期すために許可をとったとオズは話す。
だが、スカーレットは察している。オズはただ、人と顔を合わせるのが面倒くさくて接触が最小限ですむように調整したのだと。否定されても肯定されても困るので口にするのは控えているが。
オズの屋敷を出発する時は決まっていた覚悟が、いざ王城の一室に入ると緊張が勝る。
ぐるぐると書類の中身を思い返す。齟齬も誤認もないようにしなければと繰り返せば繰り返すほど不安になる。
沈黙の中で響くオズの笑い声がスカーレットの耳朶を叩いた。
「なんです……?」
人が緊張しているというのに。ぎぎぎと音がしそうなほどぎこちない動きでオズの方へ顔を向ける。
「いや、がちがちに緊張してるの可愛いなあって思って」
「緊張せずにはいられません! 陛下ですよ?」
国で一番偉い人だ。
カルロス二世。本来、彼は王位継承権だけで言えば四位だった。同腹の兄が王位を継承した矢先に南方の蛮族たちとの戦闘で死亡。腹違いの次兄は既に隣国の王女と結婚、さらに腹違いの姉は侯爵家に嫁いでいる。成り行きで手にした王位故に、即位してからは賢王と讃えられる曽祖父から名をとりカルロス二世を名乗っている。その名に相応しい執政ぶりは賢王の再来やもと評されるほどだ。自身の継承問題があってからか子は二人とされている。
「怒られるわけでもないしさ」
「それは……」
そうだ、と納得しかけてスカーレットは停止する。今の声音は経験者のそれによく似ていなかったか。
「待ってください」
首を傾げるオズの服の裾を掴む。瞳から垣間見える感情の動きを見逃さぬよう距離を詰めた。
「怒らせたのですか? 陛下を?」
カルロスは滅多に声を荒らげない事でも有名だ。温厚な国王陛下を怒らせた。誰が?
「いやぁ、怖かったなぁ」
「一体何をやらかしたんですかオズ様っ」
視線が遠く、遠くを泳ぐ。思い出として話せるようになったのがつい最近かのような口振りだ。
詳細を希望するスカーレットだったがタイムリミットが訪れてしまった。
「しばらくの間に随分仲良くなったようだな」
亜麻色の髪に鈍色の瞳。威厳を感じる容貌だが、滲み出る人の良さがそのまま人望の厚さになっているような人物だ。
スカーレットは弾かれたように立ち上がり、最上級カーテシーで応える。
「今回はこのような機会を設けて下さり感謝いたします」
「うむ」
スカーレットが顔を上げると目の前にカルロスの姿があった。
「話はオズワルドより聞いていたが…………」
不意に目元が和んだ。国王から一人の父親の顔になる。
「無事でよかった」
両親が亡くなってからも彼だけは変わらず、むしろ義理とはいえ娘になるのだからと心を砕いてくれていたことを思い出した。
「有難う存じます」
1
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる
一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。
そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。
それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません
青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく
でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう
この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく
そしてなぜかヒロインも姿を消していく
ほとんどエッチシーンばかりになるかも?
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる