57 / 114
第四章「月光苺」
2-4
しおりを挟む
血の匂いが呼び水になったのだろう。ゴブリンたちが姿を見せるのと同時に圧縮された炎の礫を叩き込む。
『やはり、お前は私だ』
命を奪う度に頭の中で声がした。
『私の魔法は命を奪うための力、殺戮の魔法』
嗄れてぼやけていた声が徐々に鮮明に若返っていく。
『楽しいか? 楽しいだろう』
それは、かつて呪炎の魔女と呼ばれた自分の声だった。
『弱者の悲鳴が力になる、断末魔が福音に聞こえる』
「違う」
ひくり、と躊躇う気配がした。自分の事なのに不思議なものだと一つ微笑んでスカーレットは過去の自分に反論する。
「〝私〟はそう思ってない」
露悪的な行動は確かにスカーレットの欲求の一つではあるのだろう。だが、本心では無い。ずっと誰かに罰して欲しかった、責められて怒られて、許されたかった不器用すぎる自分の姿。
「この力がどうして与えられたのかは分からない」
いつの間にか連続して倒せるようになっていた。狙いを定める時間も、魔力を練る時間も短縮されていく。紛れもなく成長している。
「今度はちゃんと使いこなせるようになりたいの」
前回は失敗した。失敗して惨めに朽ち果てるだけだった自分は何故かこうして生きている。生きてやり直すチャンスを得た。それを無駄にしたくないのだ。
「大切な人たちに誇れる私であるために」
『夢物語だ』
ぼそりと弱音が転び出た。
『どうせ出来ない』
その後も後ろ向きな言葉が並び立てられる。独り言のような声量で絶え間なく綴られていく。自縄自縛の呪詛は聞いていて楽しいものでは無い。
「うるさい!」
スカーレットが一喝すると声が止んだ。後ろ向きな口を塞ぐように畳み掛ける。
「出来るかどうか、夢で終わるかどうか」
正直、ちゃんとやり直せるかは分からない。だが、自分を気遣ってくれる人がいる。右も左も分からなかったスカーレットの手を引いて道を示してくれた人がいる。彼らを見失わない限り、迷うことは無い。
「そこで見ていなさい」
ふと、脳裏の奥で像が結ばれた。疲れきった面差しの、豪奢なばかりのドレスに身を包んだあの日の自分。不安げにこちらを伺う自分に強く頷き返して唇に笑みを刻む。
スカーレットは目の前の敵を睨みつけた。堰を切ったように魔力が流れ込んでくる。ともすれば爆発しそうになる力の奔流を制御する。身が引き裂かれるような痛みが身体中に伝播する。最小限の最大火力、これまでの経験からオズは出来ると判断した。その信頼と期待を裏切りたくない。
動き回る全てのゴブリンたちを補足し動きを予測し標的を定める。的の数と同じだけの炎の礫を生成して機を伺い、撃つ。
放たれたそれは一発たりとも誤ることなくゴブリンたちを射止めた。無数の死骸が辺りに転がる。灼熱の弾丸は森を燃やすことなくその戦果を発揮した。
「オズ様」
耳が心臓になってしまったように早鐘を打つ。深く息を吸おうとしても吸いきれずに呼吸が跳ねる。世界ごと歪んでしまったような頭痛に襲われる。
ふらついた体を支えようとオズが手を伸ばした。その腕を掴んで顔を上げる。
「なんとか、出来ました」
無理が見え透いた笑みだった。だが、必要な無理だったのだろう。スカーレットは確かに自身の全力でもって殻を破った。
「うん、見てた。頑張ったね、レティ」
労いの言葉をきっかけにスカーレットは全身の力が溶けていくのを感じた。
疲労に染まった痩躯を抱えあげ、オズは帰還の転移陣を起動する。
忽然と姿を消したかと思うと現れた二人。そして疲労しきったスカーレットの姿にローニャが悲鳴を上げたのはまた別のお話。
『やはり、お前は私だ』
命を奪う度に頭の中で声がした。
『私の魔法は命を奪うための力、殺戮の魔法』
嗄れてぼやけていた声が徐々に鮮明に若返っていく。
『楽しいか? 楽しいだろう』
それは、かつて呪炎の魔女と呼ばれた自分の声だった。
『弱者の悲鳴が力になる、断末魔が福音に聞こえる』
「違う」
ひくり、と躊躇う気配がした。自分の事なのに不思議なものだと一つ微笑んでスカーレットは過去の自分に反論する。
「〝私〟はそう思ってない」
露悪的な行動は確かにスカーレットの欲求の一つではあるのだろう。だが、本心では無い。ずっと誰かに罰して欲しかった、責められて怒られて、許されたかった不器用すぎる自分の姿。
「この力がどうして与えられたのかは分からない」
いつの間にか連続して倒せるようになっていた。狙いを定める時間も、魔力を練る時間も短縮されていく。紛れもなく成長している。
「今度はちゃんと使いこなせるようになりたいの」
前回は失敗した。失敗して惨めに朽ち果てるだけだった自分は何故かこうして生きている。生きてやり直すチャンスを得た。それを無駄にしたくないのだ。
「大切な人たちに誇れる私であるために」
『夢物語だ』
ぼそりと弱音が転び出た。
『どうせ出来ない』
その後も後ろ向きな言葉が並び立てられる。独り言のような声量で絶え間なく綴られていく。自縄自縛の呪詛は聞いていて楽しいものでは無い。
「うるさい!」
スカーレットが一喝すると声が止んだ。後ろ向きな口を塞ぐように畳み掛ける。
「出来るかどうか、夢で終わるかどうか」
正直、ちゃんとやり直せるかは分からない。だが、自分を気遣ってくれる人がいる。右も左も分からなかったスカーレットの手を引いて道を示してくれた人がいる。彼らを見失わない限り、迷うことは無い。
「そこで見ていなさい」
ふと、脳裏の奥で像が結ばれた。疲れきった面差しの、豪奢なばかりのドレスに身を包んだあの日の自分。不安げにこちらを伺う自分に強く頷き返して唇に笑みを刻む。
スカーレットは目の前の敵を睨みつけた。堰を切ったように魔力が流れ込んでくる。ともすれば爆発しそうになる力の奔流を制御する。身が引き裂かれるような痛みが身体中に伝播する。最小限の最大火力、これまでの経験からオズは出来ると判断した。その信頼と期待を裏切りたくない。
動き回る全てのゴブリンたちを補足し動きを予測し標的を定める。的の数と同じだけの炎の礫を生成して機を伺い、撃つ。
放たれたそれは一発たりとも誤ることなくゴブリンたちを射止めた。無数の死骸が辺りに転がる。灼熱の弾丸は森を燃やすことなくその戦果を発揮した。
「オズ様」
耳が心臓になってしまったように早鐘を打つ。深く息を吸おうとしても吸いきれずに呼吸が跳ねる。世界ごと歪んでしまったような頭痛に襲われる。
ふらついた体を支えようとオズが手を伸ばした。その腕を掴んで顔を上げる。
「なんとか、出来ました」
無理が見え透いた笑みだった。だが、必要な無理だったのだろう。スカーレットは確かに自身の全力でもって殻を破った。
「うん、見てた。頑張ったね、レティ」
労いの言葉をきっかけにスカーレットは全身の力が溶けていくのを感じた。
疲労に染まった痩躯を抱えあげ、オズは帰還の転移陣を起動する。
忽然と姿を消したかと思うと現れた二人。そして疲労しきったスカーレットの姿にローニャが悲鳴を上げたのはまた別のお話。
1
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
【R18】夫の子を身籠ったと相談されても困ります【完結】
迷い人
恋愛
卒業式の日、公開プロポーズ受けた私ジェシカは、1か月後にはマーティン・ブライトの妻となった。
夫であるマーティンは、結婚と共に騎士として任地へと向かい、新婚後すぐに私は妻としては放置状態。
それでも私は幸福だった。
夫の家族は私にとても優しかったから。
就職先に後ろ盾があると言う事は、幸運でしかない。
なんて、恵まれているのでしょう!!
そう思っていた。
マーティンが浮気をしている。
そんな話を耳にするまでは……。
※後編からはR18描写が入ります。
おっとり年上旦那様のねちっこ意地悪セックスは、おちんちんでナカイキしたら、すぐクリ責めされて強制外イキもさせらてずっとイかされちゃうえっち
ちひろ
恋愛
おっとり年上旦那様のねちっこ意地悪セックスは、おちんちんでナカイキしたら、すぐクリ責めされて強制外イキもさせらてずっとイかされちゃうえっち
オネエなエリート研究者がしつこすぎて困ってます!
まるい丸
恋愛
獣人と人の割合が6対4という世界で暮らしているマリは25歳になり早く結婚せねばと焦っていた。しかし婚活は20連敗中。そんな連敗続きの彼女に1年前から猛アプローチしてくる国立研究所に勤めるエリート研究者がいた。けれどその人は癖アリで……
「マリちゃんあたしがお嫁さんにしてあ・げ・る♡」
「早く結婚したいけどあなたとは嫌です!!」
「照れてないで素直になりなさい♡」
果たして彼女の婚活は成功するのか
※全5話完結
※ムーンライトノベルズでも同タイトルで掲載しています、興味がありましたらそちらもご覧いただけると嬉しいです!
烏珠の闇 追想花
晩霞
恋愛
鳥の獣人である少女・小毬(こまり)はある日、天敵の狩人に捕まってしまう。男は少女に翼と脚を狩らない代わりに伽の相手をしろと言い放つ。
花を散らされ男に囚われて怯える少女と、獲物であるはずの獣人の少女に対し生まれて初めて愛を自覚する狩人の物語。
狩る者と狩られる者。
どんな形を成していくのだろうか。
【R18】氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい
吉川一巳
恋愛
老侯爵の愛人と噂され、『氷の悪女』と呼ばれるヒロインと結婚する羽目に陥ったヒーローが、「爵位と資産の為に結婚はするが、お前みたいな穢らわしい女に手は出さない。恋人がいて、その女を実質の妻として扱うからお前は出ていけ」と宣言して冷たくするが、色々あってヒロインの真実の姿に気付いてごめんなさいするお話。他のサイトにも投稿しております。R18描写ノーカット版です。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
姉の夫の愛人になったら、溺愛監禁されました。
月夜野繭
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、憧れの騎士エルネストから求婚される。しかし、年長者から嫁がなければならないという古いしきたりのため、花嫁に選ばれたのは姉のミレーナだった。
病弱な姉が結婚や出産に耐えられるとは思えない。姉のことが大好きだったリリアーナは、自分の想いを押し殺して、後継ぎを生むために姉の身代わりとしてエルネストの愛人になるが……。
欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします
ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、
王太子からは拒絶されてしまった。
欲情しない?
ならば白い結婚で。
同伴公務も拒否します。
だけど王太子が何故か付き纏い出す。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる