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第四章「月光苺」

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 血の匂いが呼び水になったのだろう。ゴブリンたちが姿を見せるのと同時に圧縮された炎の礫を叩き込む。
『やはり、お前は私だ』
 命を奪う度に頭の中で声がした。
『私の魔法は命を奪うための力、殺戮の魔法』
 嗄れてぼやけていた声が徐々に鮮明に若返っていく。
『楽しいか? 楽しいだろう』
 それは、かつて呪炎の魔女と呼ばれた自分の声だった。
『弱者の悲鳴が力になる、断末魔が福音に聞こえる』
「違う」
 ひくり、と躊躇う気配がした。自分の事なのに不思議なものだと一つ微笑んでスカーレットは過去の自分に反論する。
「〝私〟はそう思ってない」
 露悪的な行動は確かにスカーレットの欲求の一つではあるのだろう。だが、本心では無い。ずっと誰かに罰して欲しかった、責められて怒られて、許されたかった不器用すぎる自分の姿。
「この力がどうして与えられたのかは分からない」
 いつの間にか連続して倒せるようになっていた。狙いを定める時間も、魔力を練る時間も短縮されていく。紛れもなく成長している。
「今度はちゃんと使いこなせるようになりたいの」
 前回は失敗した。失敗して惨めに朽ち果てるだけだった自分は何故かこうして生きている。生きてやり直すチャンスを得た。それを無駄にしたくないのだ。
「大切な人たちに誇れる私であるために」
『夢物語だ』
 ぼそりと弱音が転び出た。
『どうせ出来ない』
 その後も後ろ向きな言葉が並び立てられる。独り言のような声量で絶え間なく綴られていく。自縄自縛の呪詛は聞いていて楽しいものでは無い。
「うるさい!」
 スカーレットが一喝すると声が止んだ。後ろ向きな口を塞ぐように畳み掛ける。
「出来るかどうか、夢で終わるかどうか」
 正直、ちゃんとやり直せるかは分からない。だが、自分を気遣ってくれる人がいる。右も左も分からなかったスカーレットの手を引いて道を示してくれた人がいる。彼らを見失わない限り、迷うことは無い。
「そこで見ていなさい」
 ふと、脳裏の奥で像が結ばれた。疲れきった面差しの、豪奢なばかりのドレスに身を包んだあの日の自分。不安げにこちらを伺う自分に強く頷き返して唇に笑みを刻む。
 スカーレットは目の前の敵を睨みつけた。堰を切ったように魔力が流れ込んでくる。ともすれば爆発しそうになる力の奔流を制御する。身が引き裂かれるような痛みが身体中に伝播する。最小限の最大火力、これまでの経験からオズは出来ると判断した。その信頼と期待を裏切りたくない。
 動き回る全てのゴブリンたちを補足し動きを予測し標的を定める。的の数と同じだけの炎の礫を生成して機を伺い、撃つ。
 放たれたそれは一発たりとも誤ることなくゴブリンたちを射止めた。無数の死骸が辺りに転がる。灼熱の弾丸は森を燃やすことなくその戦果を発揮した。
「オズ様」
 耳が心臓になってしまったように早鐘を打つ。深く息を吸おうとしても吸いきれずに呼吸が跳ねる。世界ごと歪んでしまったような頭痛に襲われる。
 ふらついた体を支えようとオズが手を伸ばした。その腕を掴んで顔を上げる。
「なんとか、出来ました」
 無理が見え透いた笑みだった。だが、必要な無理だったのだろう。スカーレットは確かに自身の全力でもって殻を破った。
「うん、見てた。頑張ったね、レティ」
 労いの言葉をきっかけにスカーレットは全身の力が溶けていくのを感じた。
 疲労に染まった痩躯を抱えあげ、オズは帰還の転移陣を起動する。

 忽然と姿を消したかと思うと現れた二人。そして疲労しきったスカーレットの姿にローニャが悲鳴を上げたのはまた別のお話。
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