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第三章「花の蜜」

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 向かった先はスカーレットの部屋にも備え付けられている浴室だった。
「体洗うよ」
 椅子に座らされたスカーレットを泡が包み込む。
「っう、ん」
  肩、腕、胴と泡を纏ったオズの手が触れる度に声が漏れた。
 大きな泡の塊が陰部に集まる。
「そこ、またぁ」
 先程鎮まったばかりだと言うのに、オズは無慈悲に泡を送り込む。
「しっかり洗わないと」
「自分で………っ」
 肩口に振り返って見てしまった。濡れたシャツが顕にする引き締まった肉体と、緩いオールバックで普段と違う様相を見せるオズの横顔を。
「っーーーーーー!!」
 高鳴った胸が全身に影響して秘部を洗っていたオズの指を締め付ける。
 それから、恥ずかしさに顔覆ったスカーレットにこれ幸いとシャワーを浴びせ泡を落とした。抱き抱えやすい姿勢であることをいい事にそのまま湯船に置く。
「しっかり浸かってあったまること」
「はい」
 湯に浸かっていると少しずつ体の感覚が戻ってきた。焼けるような体の疼きも今は全くと言っていいほど感じない。下腹部に描かれた模様も今は僅かに跡が残るだけ。
 安堵の長いため息をつくと、脳裏に今日の醜態が蘇ってきた。
 言いつけを破って勝手に魔術を行使し挙句の果てに失敗して植物に体をいいようにされた。その対処も全てオズに丸投げしてしまった。
 穴があったら入りたい、埋まってしまって出たくない。
 たっぷり悶絶した後、スカーレットは意を決して立ち上がる。
 服は間に合わなかったらしく、置いてあるのはオズのものであろうバスローブだった。羽織って脱衣所から出るとオズも着替えたのか服が変わっている。
 水分補給用の水が用意された席に神妙に座った。
「で、何があったのかな」
「そ、の……」
 なかなか時間が合わずに、独断で魔術を使ったこと。結局は失敗し催淫効果のある植物に当てられてしまったこと、全てを時系列順に述べる。
「すみませんでした」
「それは何に対して?」
 間髪入れずに返された問いは酷く平坦な声音だった。怒っている、と十分理解できるほどに。
「オズ様にご迷惑を………」
「違う」
「自分で対処出来るように次は……」
「違う」
 意見全てを否定されスカーレットの身が強ばる。
 すっかり固くなった華奢な肩にオズの手が伸びた。
「君は運が悪ければ死んでいた」
 フランの花、またの名をレディ・キラー。この花は動物の雌の存在に気付くとすかさず花を開くのだ。自在に動く蔓で雌を引き込み、胎に種子と特殊な栄養水を注入する。注入された雌は発情状態になり雄を誘惑する。そのまま性交を行うと雄の精液と混ざりあった栄養水が種子の成長を促進し雌の体を食い破ってまた蕾となる。
 今回はオズが早急に気付き対策を取れたからいいものの、もし気付くことがなかったら。あるいはふらりと外に出て見ず知らずの男に犯されたら、スカーレットは死んでいた。
「ぁ……」
 背筋を氷塊が滑り落ちる。
「危ないことをして、すみませんでした」
「僕もなかなか時間避けなくてごめんね」
「ちが、っ」
 オズのせいでは無い。勝手に焦って勝手に暴走した自分のせいだ。
「違うんです」
 ユリアの事で動揺していたのだ。突然知らされた兄の事情はスカーレットの心を揺さぶった。そして、オズとドアを並んでくぐるユリアの背中に嫉妬したのだ。
「私が……っ」
 揺れる視界に握った拳が二つ。固く結んで震えるそれにオズの手が重なった。
「真面目だなぁ」
 俯いたせいで頬にかかったスカーレットの金色を優しく耳にかける。
「そこが可愛くて好きなんだけど」
 僅かに空気が和らいだ。が、それもつかの間。
 オズの目がすう、と細くなる。
「次は邪魔者を引きずり出した後で」
 優しく、怖いほど優しく、オズは手をスカーレットに伸ばした。手の甲で紋を刻んだ辺りに触れる。
「本気にするから」
 月光の差す部屋の中で金色が燐光を放っていた。
「気を付けて、ね?」
 その笑みを見てスカーレットは体の芯が冷めていくのを感じた。
 嘘だ。
 同じようなことが起きても、オズはきっと最後まですることは無い。時に自分すら傷つけてしまいそうな理性で己を律するのだろう。
 この人はさんざ人を縛っているような物言いで、その実簡単に振り解ける程度の縛なのだ。自分が一番縛られているのに、その鎖に触れさせてすらくれない。
 簡単に振り解けるのなら、逆に握り返してしまおうか。
「オズ様」
 スカーレットはオズの頬に両手で触れた。顔を上げさせて、真っ直ぐに見下ろす。
「レティ?」
 金髪がカーテンのように流れ、オズの視界に映るものはスカーレットだけになる。
「わたくし」
 ゆっくりと、一つ一つ言葉を確かめるように紡ぐ。
「誰にでも助けを乞えるほど、器用な女じゃありませんの」
 オズが瞠目する。身を離そうとするのを押さえ込んで、その額に自分のをくっつける。
「覚えていて、くださいましね」
 

 限界だったのだろう。それだけ囁くとスカーレットは糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
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