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第二章「薔薇の朝露」

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「そうかなぁ」
 膨らんだものをひっくり返しながら次の分の砂糖と水を計る。
「何か?」
「だって出会った時だいぶはしゃいでたよ」
 目を離すのは危ないがカラメルが出来るまでの間は多少余裕ができる。その時間を使ってここぞとばかりにオズは昔を掘り返し始めた。
 やれ水の魚を作ってやれば追いかけ回して噴水に突っ込みかけただとか、光の玉を見上げて後ろに倒れ込みそうになっただとか。スカーレットが記憶の箱を漁っている間にもオズは滔々と語るのを止めない。
「あの時のたかいたかい、またしてあげようか」
「忘れてください!」
 たった一日の一時間程度の出来事をよく覚えているものだと感心する。五、六年程度なら懐かしいと笑えるのに、幼い頃の思い出話を当時を知る人間の口から語られるのはどうしてこうも恥ずかしいのだろうか。
「大事な僕たちの出会いじゃないか」
「あの夜が初対面です!」
 想定より大きな声に自身も驚いたのかスカーレットはたどたどしく言葉を続けた。
「だって、あなたの名前を知ったのはあの時ですもの」
 名前も知らない魔法使いの少年がオズになったのはあの夜だ。
 カン、と一際大きな音が響いた。続いてコンロの火が消える。
 何事かとスカーレットが視線を戻す前に頬に手が添えられた。
「スカーレット」
 普段の呼び方ではなかった。不意に名前を呼ばれてスカーレットの心臓が大きく跳ねる。
「あ、お……」
 真剣な金色の眼差しに射られて身動きができない。今オズの名前を口にしたなら、きっと重なってしまう、触れ合ってしまう。
 その指先に何かが当たった。
「これ、持っていきますね!」
 休憩用のカルメ焼きは既に出来上がっていた。籠を抱えて扉へと足早に駆け寄る。
「片付けよろしくお願いします!」
 扉を閉め階段を駆け上がる。鼓動がうるさいのも頬が赤いのも急に動いたせいだ。そう自分に言い訳をしながら息を整える。
「スカーレット」
「ティムさん」
 翡翠の瞳はここで何をしているのかと尋ねているようだった。
「えっと、これ焼いたのでお茶でも……」
「俺は出かける」
 にベもなくそう返されてスカーレットは次の句に詰まる。
 ふと、ティムの手が籠に伸びた。一番小ぶりなものを一つ取ると口の中に放り込む。
「ご馳走様」
 短くそう告げると玄関から出ていってしまった。
「え、ええ」
 戸惑いつつ発した声はきっと届いていないだろうけど。彼の口元は僅かに綻んでいた。確かに口数こそ少ないが無感情な訳では無いらしい。
 玄関をぼんやり眺めていると視界の隅からローニャが歩いてくるのが見えた。目が合った、そう思うと彼女がこちらに駆け寄ってくる。
 籠の中に視線を向けたローニャの瞳が輝いた。
「カルメ焼きですね!」
 どうやらここでは定番のお菓子らしい。
「えっと、オズ様がお茶にしようと」
「じゃあ中庭にしましょう」
 つい先程掃除したばかりだからきっと楽しいお茶会になる。そう嬉々として語りながらローニャは止まることなく厨房に駆けて行った。
 いつの間にか不安は掻き消えていた。どうやらここでは立ち止まっている余裕はないらしい。
 いつかきっと夜ごと見るあの夢と向き合わなければならない日が来る。
 それまで、ほんの少しだけ目を逸らしていよう。 
 スカーレットは中庭へと足を運んだ。昨日よりも少しだけ軽やかな足取りで。
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