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3.1日目の花瓶1

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「兄、上……?」

 呆然と呟く。
 だってさっきまで自室にいたのに。
 
「――っ! 兄上お待ちください!」
「ん? ああ、何だ?」

 微笑みながらルーサーの言葉を待つアルバート。
 生きている。
 でも、巻き戻っている。
 もう3度目の廊下。

 さっきが繰り返されるならこの後窓から矢が飛び込んでくるのだ。
 ルーサーは風が吹く前に窓の前を走って通り過ぎると、兄の腕にしがみ付いた。

 矢は飛んでこなかった。

 ニールの左手が剣に触れたのが視界の端に映る。
 変な動きをすると切り捨てるという意思表示だ。
 怖いけれどアルバートと自分の立場を考えると仕方がない。

「あの、よければ僕も着いて行ってもいいでしょうか?」
「ああ、構わないが」

 アルバートは不思議そうに自分の腕にしがみ付くルーサーを見下ろした。
 いつも引っ込み思案で消極的な弟からの誘いに驚いているようだった。
 
 ニールが顔を顰めているのが見える。
 
「お待ちください。遠乗りに行くのです。ルーサー殿下は馬に乗れないでしょう」

 遠まわしなニールからの断りが聞こえるけれど、兄の手を離すつもりはなかった。
 だって、さっき部屋へ戻ったら今へ巻き戻ったのだ。
 つまり、兄はこの後何らかの理由で死ぬ。

 間違いない。
 これはルーサー……になる前の大学生だった琴吹悠が作った馬鹿ゲー「3日間だけ生き延びろ!」の世界だ。

 * * *

 馬鹿ゲー「3日間だけ生き延びろ!」はゲーム配信を見るのが好きだった悠が、何となく思い立って作ったゲームだった。
 悠は文学部に通う普通の大学生で、ゲーム制作知識は全くなかった。
 ただちょっとだけ人よりもイラストが得意だった。
 だから得意のイラストをふんだんに使った、でも初めてだから30分もあれば終わる簡単なビジュアルノベルゲームを作ろうと思った。

 ネットで無料で作成して公開もできる制作ツールを選んで、シナリオを考える。
 ストーリーを複雑にすると分岐も増えて混乱するから、設定としてある程度は書いていても、ゲームには反映させていなかった。
 キャラの事情や背景は作りこんでない。
 そういうのは次回作を作る時に頑張ろうと思った。

 ストーリーは本当に単純に『立太子の儀式を3日後に控えた兄が、王位を狙う弟に殺されかけるがどうにか生き延びて無事に儀式を終える』というものにした。
 ただただ弟に命を狙われる兄の話。
 死のトラップを回避するだけのゲーム。
 
 その世界のはずだった。
 それなのに、この世界は悠が作った世界と微妙にいろんなところが違っている。

 まずイラスト。
 兄のアルバートは悠の理想と、プレイヤーウケを考えて描いたイケメン細マッチョでこれは正しい。
 
 ――兄上、想像以上のビジュの良さだった! ヤバすぎるっ。ミリ単位で修正して完璧を追求した甲斐があった!
 
 問題はルーサーだ。
 次期国王の命を狙うような卑屈な弟というイメージで、暗く鬱陶しい外見になるように描いたのに全然違う美少年になっている。

 ――こんな美少年描いてないし。僕の描いたルーサーはどこいった?
 
 兄との関係も違う。
 兄弟はお互いに無関心を装った冷たい関係だったはずだ。そうじゃないと暗殺ゲームなんて作れないから。
 それなのに、記憶の中のアルバートはルーサーにとても優しかった。
 
 例えば幼い頃、狩猟の日に熱を出した弟が可愛そうだと、その日獲れた中で一番大きな獲物だった狐を見せに来てくれたり(ただし、初めて見た動物の死体にルーサーは失神してしまったけど)、アルバートの稽古している姿が見たいと言ったルーサーのために、部屋で剣の型を見せてくれたりした(ただし、調子に乗って振り回してルーサーのベッドの天蓋を破った)。

 今だって難色を示すニールをなだめると、一緒に遠乗りへ行こうと厩舎へ向かっているところだ。
 
 優しいというか、アルバートはルーサーにずっと甘かった。
 それは多分、ルーサーが病弱なことと関係しているのだろう。

 ――僕がここに来た理由はよくわからないけれど、きっとこのゲームをクリアすれば元の世界に戻れるんだよね? アルバートが死ぬと強制的に時間が巻き戻る。ゲームはログアウト出来ないみたいだし、どっちにしろ立太子の儀式の日まで進める必要があるよね。立太子の儀式でエンドにしてたから、そこまでいけばクリアになるはず……。多分。
 
 王宮の渡り廊下を並んで歩く。
 横目で見るアルバートは機嫌が良さそうだった。

「兄上、今日は天気が良くて良かったですね」
「そうだな。ああ、昼は現地で調達する予定なんだが肉と魚どっちが好きだ?」
「現地調達?」
「狩りをする予定だ」

 王宮の裏には広大な森がある。
 王家の持ち物で、管理を任された者と王族以外は立ち入り禁止だった。
 毎年そこで王家主催の狩りが行われているのだが、ルーサーは一度も参加したことがない。

 ルーサーは目を輝かせた。
 
「狩り、見るの初めてです! 僕はから揚げが食べたいなぁ」

 ――あっ、から揚げなんて存在するの? もしかしてマズった?

 ぎゅっと口をつぐんで兄の反応を待つ。

「俺もから揚げは好きだぞ」

 ――から揚げあるんかい。

 さすが、悠が作ったオリジナルゲーム。
 作りこんでいない背景や詳細な部分は、まぁまぁ悠の都合の良いように出来ているようだった。
 から揚げ大好き。あってよかった。
 
「だがあれは油をたくさん使うから野外では難しいな。衣も作れないし」
「ちょっと言ってみただけだから大丈夫です」
 
 兄弟仲良く話す後ろからは、ルーサーが気に入らないニールからビシビシと強い視線が飛んでくるが無視だ。
 だって時間的にはそろそろのはず。
 というか、自分はどんな死因を用意していたんだっけ? 初めてのゲームで混乱しながら何度も修正とテストを繰り返していたので、このタイミングで何が起きるか忘れてしまった。

 ルーサーは周辺をきょろきょろと見回した。
 綺麗に整えられた庭を庭師が大きなはさみで刈っている。
 あのはさみが壊れて飛んでくるんだったっけ?

 空には悠々と飛ぶ鷹の姿が。
 あの鷹がうっかり落とす亀が頭に当たって死ぬんだっけ?

 馬に乗るのだから落馬だったか……。

 全然思い出せないまま庭へ出る。
 建物に添って庭を眺められるように作られた小道をアルバートと歩く。
 夏になる前の爽やかな季節。
 花盛りにはまだ少しだけ早いけれど、春から夏にかけて咲く薔薇たちが遠くで美しさを競っている。
 
 ――薔薇の棘が原因の死因も作ってたっけ。ってか、今考えると薔薇の棘で死亡じゃ即死しないからゲームに合わないかも……。戻ったら作りなおそう。
 
 そんなことを考え込んでいたから反応が遅れてしまった。
 気が付いた時にはアルバートは走り出し、建物の真下で庭掃除をしていた使用人を突き飛ばしていた。

 響き渡る、陶器が割れる音。
 
 倒れ込む兄と使用人。
 その後ろには砕け散った花瓶と無残にも散らばった花たち。
 
 花瓶が降って来たのだ。
 地面に倒れ、呆然としていた女性の使用人をアルバートが助け起こすと、実感がわいたのか彼女は声を震わせた。

「あ、あ、アルバート殿下、助けていただきありがとうございます……」
 
 ――そうだ、花瓶もあった!

 今はよけられたけど、安心するにはまだ早い。
 
 花瓶が落ちるのが1回だけだと定番すぎてつまらないよね。と、血迷った悠が花瓶が落ちてくる回数を増やしたのだ。
 
 ゲームでは2回目がある!
 
 微笑み合うふたりにルーサーは声を張り上げた。
 
「に、逃げて!」
「無事でよか――」

 アルバートは全てを言う事は出来なかった。

 再び響き渡る陶器が砕け散った音。
 上を見上げると、白い手が窓の中に引っ込んでいくところだった。

「あ、あに、うえ……」

 よろよろとルーサーが駆け寄った先には、自らが流した血だまりで絶命しているの姿があった。
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