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蛙の王子様10

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 ステファンは、地面を見たまま進んでいるのでディンの足が止まったことに気が付いていない。

「私達とは住んでいる世界が違うのでしょうね。あぁ、それは殿下もそうでした」

 王子の事を思い出したのか、ふふっと笑いをこぼす。
 ディンが着いてきていないことに気が付いたようで、足を止めると振り返る。
 高原の爽やかな風がディンの髪を揺らす。
 
 「先ほどはすみませんでした。ここは、神の住まう地であなたは神子だ。ここで話すことは神に届いていると考えた方がよろしいのでしょう。それなのに虚偽とは申しませんが、当たり障りないことで濁そうとしていました。神の御前と言っても良い場所なのに」

 ディンは止めていた足を動かすと、ステファンの隣に並んだ。
 
「気にしないで。話したくないこともあるよね」
「話したくないといいますか、やっぱり他国の方には受け入れられない部分といいますか、恥とも取られかねませんので……」

 結婚後にも恋人がいるって話ね。
 ディンのいるこの国では不倫は褒められた行為ではない。相手がいたとしても公然と話すようなことではない。
 考え方が違うのだ。
 
「あぁ……」
「これも理由があると言えばあるのです。結局、貴族の結婚は愛情というよりも、家同士の繋がりですので」

 結婚相手に愛を求めない代わりに、他の人に愛情を求めるということだろうか。
 そう言われると、なんとなく心理としては理解できなくもないかもしれないけど……。

「あれ? じゃあ王子様と婚約者さんも家同士の繋がりってやつで婚約したの?」
「そうですね……」

 ステファンが少し考えるように空を見上げる。
 
「おふたりは違うかもしれませんね……」

 知識のない他国の人間に、どういえばいいか言葉を探しているようだ。

「殿下は優れた容貌をお持ちで、殿下に近づく女性たちもご自分に自信のある方々ばかりなので勘違いされがちなのですが、殿下自身は女性を姿かたちでは判断なさっておりません」
「ん?」
「この婚約は、公爵様から陛下へお願いしてまとまりました。殿下と公爵家には血のつながりがございます。本来ならつながりを強くする必要もありませんので殿下のお相手には選ばれないのですが」
「でも婚約することになった?」
「はい……。公爵家のクリスティーネ様はこう言ってはなんですが人気のないご令嬢でした」
「人気のない?」

 曖昧な言葉で濁していて、ディンにはぼんやりとしかクリスティーネのことを思い描けなかった。
 察しの悪いディンにステファンが苦笑する。

「どうか私がこれ以上クリスティーネ様について言う事はご容赦ください。殿下へお聞きくださいませ」
「わかった。そういえば王子様は結婚前だと言っていたけれど、それは恋人がいてもいいの? 結婚相手は不愉快じゃないのかな」
「クリスティーネ様は何もかもご存じです。自国の文化ですし、仲良くお過ごしには見えますね。それに愛人はどこまでいっても愛人ですので。妻とは比べるべくもありません。もちろんクリスティーネ様のお心の中までは計り知れませんが」
「そうだよね」

 ステファンが心を配る人間はあくまでも王子様なのだ。
 それに先ほどの話を聞くと、王家に頼んだのは公爵家で立場的にも王子の方が強いのだろう。

「とはいえ、行き過ぎた殿下の恋愛は少しばかり私達も頭が痛いところでして」

 王子の行動について放任しているのかと思いきや、そうでもないようだ。
 ステファンが額を抑える仕草をする。
 
「殿下は来る者拒まずでして……。一応、殿下にも口を酸っぱくして結婚前の娘には手を出さないようにお伝えしているのですが……」
「えっ」

 マルグレーテは? そういえば、あの話を聞いてから蛙になった王子がやって来たので、すっかりマルグレーテのお相手は王子だったと思っていたのだが、違う可能性だって当然ある。
 マルグレーテは名前を教えてくれなかったのだから。
 どうしよう、違う人を蛙にしてしまった?

 ほんの少し顔色を悪くするディン。
 悪いとは、思っているのだ。一応。

「私や護衛も殿下に未婚の娘が近づかないように気をつけているのですが、やはりかいくぐって殿下に近寄る者はおります。殿下も、一貴族の娘がいちいち結婚したかどうかなど気にしていません。先月までは未婚でも、今月式を挙げた者だっております」
「うん」
「中には自分は既婚者だと嘘をつく者もおります」
「えっ、どうしてそんな嘘をつくの?」
「さぁ、何故なのでしょうね。私も知りたいです」

 疲れたように笑う。
 登山だけの疲れではないようだ。
 顔を上げて、風景を見つめるステファン。
 目的の神殿のある洞窟はすぐそこだった。

「……なんだか殿下の株を下げるようなことばかり話してますね。もしよければ殿下の名誉挽回のチャンスをいただけませんか?」
「いいよ」
「ありがとうございます。私も殿下には早く人間に戻っていただきたいですからね。良いところをエーディン様へお伝えしなければいけませんね」

 くくっと笑うディン。
 
「そうだね。頑張って」

 ステファンは腕を組んで空を見上げた。
 空は青くどこまでも突き抜けている。
 
「そうですねぇ……、殿下は人の良いところを探すのが得意な方ですね」
「うんうん」

 それは素敵な特技だろう。ディンもそう思う。
 
「人が好きなのだと思います。相手のことをよく観察していて、相手がどう思っているか何をして欲しいかがわかるようです。女性にもおもてになってしまう原因のひとつですが……」

 結局そこに繋がってしまうのか。
 ディンはおかしくなって笑い声をあげた。
 王子様擁護どころか、いかに王子がモテるかを聞いただけだった気がする。
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