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6.走って

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  翌朝、陽が上る前に騎士のディランが外へと出て行き、程なくして鍛錬をしている声が聞こえてきた。
 そして陽が上った頃に残りの二人が奥の小部屋から出てくると、年若そうなロイがしきりに寒い寒いと言いながら暖炉に火をくべる。
 さすがのディンも朝方は寒く感じていたが、寝る前にオリヴァーが女神像にかけてあったストールのようなものを貸してくれたので案外暖かく過ごしていた。

 三人は黒いパンにヤギのチーズをはさんだサンドイッチを食べ終わると、早速山へ向かうようだった。
 どのように探すのか、まさか手あたり次第?と不安になったディンだったが、どうやら昨日ディランが帰って来た時に、既に捕まえてた密猟者から罠を仕掛けた場所を聞いてきたようだった。
 
 足の痛みもマシになったし、一緒に自分も帰ろう。帰り道でまた罠に引っかかっても嫌だし。そう考えて三人の後を着いていくことにした。



 
 雪山で目印もないので手こずりながらも、三人は確実に罠を回収して歩いていた。
 全て回収できた頃にはすっかりと陽が上りきっていて、厚手の防寒具を着ていた三人の顔は厚さで赤くなっていた。
 子どもくさいロイや騎士のディランはともかく、貴公子のように隙のないオリヴァーの真っ赤な顔が面白くて、内心笑っていたディンだったがオリヴァーに「ご機嫌だね」と目を細められて無意識に動いていたしっぽが止まる。
 
 三人は罠を回収してくれた恩人だし、昨日見た暖炉の炎のように赤くなっていて可哀そうだし。ディンだけの秘密の場所、夏でも涼しい洞窟が近くにあるから招待してやってもいい。そんなことを考えていた。

「雪山を歩くって疲れますね。ちょうど昼ですし、どこかで一休みしながらご飯を食べませんか?」

 ロイが襟元を寛げながら言う。
 ディランも罠を回収した袋を背負いなおし言った。

「さっき平なところがありましたから、そこで昼の休憩をしてから山を下ってもいいかもしれませんね。オリヴァー様どうでしょう?」
「いいですね。私も休憩したかったところです。昼を食べたら教会に戻り、明日の朝に街へ戻りましょう」
「はい!僕、お昼にパンとチーズを持ってきたんですよ」
「朝もそうだったろ」
「そうですけど、お昼は特別にチーズは2種類なんですよ!ディラン様には僕たちの倍の量を作ってきましたからね」
 
 2倍じゃ足りない。なんて会話をほのぼのと会話をしている人間たちを横目に、ディンは不安な気持ちになっていた。
 
 まだ小さいけれど、どこからかひび割れるような音が聞こえているのだ。
 人間の耳には聞こえていないらしい。のんびりと立ち止まって話している。
 
 「ねぇ」そう話しかけたつもりだったが実際には「クゥン」という鳴き声が小さく響いただけだった。
 罠を回収してくれたことは嬉しいけど、そろそろここを動こうよ。そう言いたいのだが生憎言葉が通じない。
 その間にも音がどんどんと大きくなっていっているようだった。

 ここに居たら大変なことになる。
 本能的にそう悟ったディンは、オリヴァーの服の裾をかじると引っ張った。
 
 迷っている時間はもうない!

「わぁ!?」

 ディンの急な動きについてこれず、よろめくと困惑した表情になった。

「ど、どうしたのです?」
「あ、コラ!オリヴァー様の服を離してください!」
 
 同じく困ったように、でも手は出せないのか声だけで注意を促すロイ。
 困りながらもその様子を見ていたディランだったが、急にはっと顔をあげると叫んだ。

「雪崩です!」

 ディンはぱっと口を離すと斜面を横切り走り出した。立ち止まり、振り返るとまた走る。
 その様子を見た三人も、ディンの意図に気付いたらしく後をついて走って来た。
 
 もう雪崩から逃れることはできないだろう。それなら。
 
 ――あの洞窟に急げ!
 
 白煙をあげて雪の塊が滑り落ちてくるのが見えた。
 人間の足のなんと遅いことか。ディンは焦りながら大きく吠えた。
 
 ――こっちに早く!

 三人が洞窟に飛び込むと、間もなく恐ろしい音を立てて雪で洞窟の出入口がふさがれたのだった。
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