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17.おばあ様のお友達

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 寮へ戻り、長期休暇も終わりを迎える頃、私はアデム殿下が住まう屋敷に招待された。
 ライムント先生と私から早速話を聞きたいらしい。
 
 殿下の屋敷は学院からとっても近い。歩ける距離だけれど歩いて行ったら不審者扱いか、良くて働き口を求めて来たと思われるだろう。殿下が「うちの馬車が迎えに行くよ」と言ってくれたのでお願いすることになっている。

 屋敷へ行く方法は解決したけれど、私には重大な問題があった。
 着ていくドレスがないのだ!
 殿下よ? 正装すべき? 制服でいい?
 招待状を持って来てくれた殿下の従者の方は、わざわざ「普段着でかまいません」と言ってくれたのだけれど、本当に信じていい?
 
 寮はあと数日で学院が始まるとはいえ、誰もまだ帰って来ていなくて聞く人がいない。悩んだ私は大学の図書館に行ったら、ライムント先生がいるかもしれないと思って行ってみることにした。

 ライムント先生には会えなかったけれど、フィデリオがいた。彼も上級貴族の子弟だ。うってつけの人だと思って相談すると「友人の家に行くのに正装なんて必要ありませんよ。今の服でも十分だと思いますが」と言われてしまった。
 着古した麻のシャツにベージュのふくらはぎ丈のスカート。これで本当にいいと?

 フィデリオに女性の服装を聞いたのは間違いだったかも。フィデリオの言い方は、私への優しさからというよりも、服装に興味がなくてわからないんだと思う。
 
 とりあえずお礼を言って私は、街に出た。
 普段着だとしても、少しでもマシな服を探そうと思ったからだ。
 大通りに出ると、交通量が増える。音を立てて走り抜ける馬車が何台も私の横を通り抜けた。
 その度に舞う土埃に辟易しながら古着屋を目指して歩いていると、私の数歩先に馬車が停まった。
 バルーシュと言われる街で使う用の馬車だった。
 二人掛けの屋根のないオープンなボディで、暖かい今の季節はよく見るものだった。

 横を通り過ぎようと思ったら、馬車からローザリンデ様が顔をのぞかせた。
 桃色のドレスを身にまとい、同じ色の帽子には大きな花が飾られている。普段、学校では見る事のないような華やかな恰好だ。

「どこへ行くの?」

 自然に話しかけられてのけぞるほど驚いてしまったが、慌てて膝を折って礼をする。
 ローザリンデ様とはカフェで話した後、特にかかわりなく過ごしていたので話しかけられるなんて思わなかった。

「古着屋に……」
「古着屋?」

 首を傾げたローザリンデ様に、隣に座っていた使用人の女性が何かを耳打ちする。
 「ふぅん」と相槌を打つと、私を見つめた。

「どうして古着屋に行くの?」

 これは、「何で仕立屋に行かないの?」もしくは、「仕立屋を呼ばないの?」と言われているのだろうか?
 それとも古着屋がわからない?

 どうこたえるのが正解?
 私はとりあえず笑顔を張り付けた。

「ええと、訪問着を買いにです」

 ローザリンデ様の白い肌にサッと朱が走る。

「わたくしだって、お洋服を買いに行く場所だって存じていてよ! わたくしが聞いたのは、古着屋じゃ流行りのドレスは見つからないわよ! って言いたかったのよ」

 ローザリンデ様は眉を吊り上げて語気を荒げた。
 私は思わず「申し訳ありません」と謝るが、ローザリンデ様はすぐに「別に」と言って元の仏頂面に戻った。
 口で言う程、気分を害しているわけじゃないらしい。
 
「あの、でも流行りは関係ないものを選ぼうと思っているので……」

 訪問着だもの流行に影響されないのあるわよね?
 
「そうなの? あなた、型遅れを選んで悪目立ちしてしまいそうよ」

 ぐっ、と言葉につまる。
 悪気はなくても、言葉に遠慮がない。

「わたくしも今から仕立屋に打ち合わせに行くのよ。今からならダンスパーティーに十分間に合うもの。あなたもそうした方がいいわよ。よければわたくしの行き付けを紹介してあげてもよろしくてよ」
 
 私は目をぱちぱちと瞬かせた。
 顔を見ると、ローザリンデ様は頬を少し赤らませて私を挑むような視線で見ている。
 ローザリンデ様の使っている仕立屋を紹介してくださる?
 なんだか、とても嬉しいことを言われた気がする。
 
 公爵令嬢の行きつけなんて、拝み倒しても私程度じゃ相手にされないだろう。
 現実はお金が足りなくて仕立ててもらうことなんてできないだろうけどね。
 でも「紹介してあげる」と言ってくれたのは含みや嫌味じゃなくて、ローザリンデ様の純粋な好意だ。もしかして、最初からそのつもりで声をかけてくれたの? 私は彼女の不器用な親切に思わず顔がほころんだのだった。

 でも、それよりも。

「だ、ダンスパーティー?」
「そのために古着屋へドレスを買いに行くんでしょ?」

 だから訪問着です……。じゃなくて。

「ダンスパーティーがあるんですね」
「さっきからそう言っているわ」
「あの、ちなみにいつあるのでしょうか?」
「冬の長期休暇前よ」

 何を当然。と言わんばかりの表情。

「知りませんでした」
「あら、そうなのね。なら今知ったのだもの十分間に合うわよ。それで、どうするの?」
「あ、ええと」

 紹介していただけるのは光栄だ。
 でも本当にローザリンデ様行きつけの仕立て屋で作るなんてできない。そんなお金はない。
 それに、今日はあくまで訪問着を探しているわけで。
 私はどう断ればいいのか苦心しながら言葉を探した。

 しどろもどろな言い訳だったけれど、ローザリンデ様の隣にいた使用人の女性が時折耳打ちをローザリンデ様にしていて。
 何を言ってくれたのかわからないのだけれど、最終的にはローザリンデ様の機嫌を損ねることなく別れることができた。
 古着屋の場所まで親切に教えてくれて。

 やっぱりローザリンデ様、思っていたよりもずっと優しい方のようだ。
 
 * * *

 当日。
 服装は上下揃いで、上着は丈の短めなジャケットにフリルのついたブラウス。下は踝丈までのスカートだ。色はボルドーで同じ色の帽子もかぶっている。
 髪型はサイドにボリュームを持たせて、後ろで三つ編みを作り先日もらったリボンで結んだ。
 なかなか良い出来じゃない? いっぱしのお嬢様になった気分だ。
 
 昼過ぎ。寮の前にある馬車の停留所で待っていると、屋根のある箱馬車が停まった。タウンコーチというタイプで上流階級の人には一般的の馬車。外装に目立った特徴はなかったのに、中は座面と壁面がベルベットで仕上げられ、屋根は革張りの贅沢な馬車だった。当然だけれど、私が故郷から王都に出てきた時に乗って来た駅馬車とは全然違う。

 馬車で驚いている間に、あっという間に殿下の屋敷の門をくぐっていた。
 門から玄関ポーチまでの距離は短いけれど、王都にある学院のほぼ隣に敷地を用意することができるお方なのだ。
 
 屋敷に入り、殿下のいる部屋へ案内されるとそこにはもうライムント先生がいた。
 殿下へ丁寧に招待のお礼と挨拶をする。
 一通り挨拶が終わると、庭の見えるテラスへ案内された。
 
「せっかく天気が良いから、庭が見える場所でお茶を飲もう」

 取っ手のないチューリップ型のようなくびれのあるカップに赤い紅茶が注がれる。

 どこからか鳥のさえずりと、水の流れる音がする。
 さんさんと降り注ぐ陽光を浴びている庭は、この国とアナトリア国の庭園の様式を組み合わせたもののようだった。
 庭には舗石が敷かれ、その両側にギボウシやアスチルベがひっそりと咲き、奥に立葵等の背の高い赤や青の大ぶりの花が咲いているのが見える。
 
 花と木の隙間から金の鳥かごが見えるが鳥はいないようだから、遊びに来る鳥たちを愛でるためのものか、庭園を彩るために置かれているのだろう。
 
「立派なお庭ですね」
 
 言われ慣れているだろうに、殿下は嬉しそうに微笑んだ。

「後で庭も案内するよ。自慢なんだ。それで、久しぶりの故郷はどうだったかな?」
「数か月しか離れていなかったのにいろんなことが懐かしく感じました」

 私の言葉に楽しそうに頷いてくれる。

「我慢できずにライムントから聞いてしまったんだけれど、伯母上に会ったんだって?」
「ええ。おばあ様の娘ですからいろいろ知っているかと思って。でもあまり……」

 私はポケットから宝石箱を出し、中からブローチを取り出した。
 さらりと石の表面を撫でながら言葉を考える。
 
 白いテーブルの上に置かれた陶器のカップから湯気が漂う。

「進んで話したい様子ではなくて……。でも別れ際、ブローチは大切なお友達から頂いたものだと聞きました。アデム殿下は、ブローチは殿下のお国のハレムの妃の持ち物だったんじゃないかとおっしゃっていましたよね? つまり、その、言い辛いのですが祖母とその方は親しい関係だったんでしょうか」

 私の祖母と友好国の妃が親しい間柄だったなんて、聞くことも身の程知らずと言われてもおかしくないのではないか?
 そんな気持ちでびくびくしていたけれど、殿下は予想外に優しい声色で声をかけてくれた。

「僕はね、そうだったらいいなぁって思ってるんだ」

 顔を上げると、優しさの色を浮かべた瞳と目が合う。

「妃はね、僕のおばあ様だと思う」

 目を見開く私に殿下は可笑しそうに笑う。

「びっくりした?」
「はい、もちろん。驚きました……」

 私のおばあ様が殿下のおばあ様とお友達だった?
 驚きに口をぽかんとあけている私に、殿下は畳みかけるように言った。
 
「僕ね、もう10年以上国に帰っていないんだよ」
「えっ!」

 思わず声が出てしまった。
 隣のライムント先生は落ち着いているから知らなかったのは私だけだ。
 そんなに長い間ひとり異国にいるのか。心がぎゅっと締め付けられるような気持になった。たった数か月で懐かしい気持ちになるのに。
 殿下はそれ以上長い間ここに住んでいるのか。
 
「昔だけどね、ここに留学に来るのを勧めてくれたのはおばあ様だったんだ。その時はなんでかなってわからなかったけれど、ようやくわかった気がするよ」

 最後は独り言のように小さな声色だった。
 私が何か言おうとすると、殿下が明るい声で口を開いた。

「それで、魔術の方は何かわかった?」

 私は背中をぴんと立てて、隣のライムント先生をちらりと盗み見る。
 実は先生に言おうと思っていたのだけれど、今日まで言えていなかった。
 家に帰ったらエンベルが居て話すタイミングもなかったし……。
 翌日からは先生の買い物で忙しくて……っていうのは言い訳だ。
 結局、私は先生に軽蔑とか、何かしらのマイナス感情を向けられることが怖くて言うのを先延ばしにしていただけだった。

「ええっと、伯母は魔術は知らない。かかっていないはずだと言っていました」
「伯母上は知らなかったんだね」

 殿下があっさりと言う。
 私はチラチラと先生を横目で確認するが、何か言うつもりはないようだった。
 言い辛いけれど、先生の身に起きたことを言うべきだ。でもそれは私をうっかり抱きしめた話を蒸し返すことになる。それを殿下に言う?

 ふぅ、と私は息を吐きだした。

「あの、ライムント先生はブローチの魔術にかかっているのだと思います」
 
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