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・踏んだり蹴ったり(2)

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 けれど本当に体調が悪かったのは私じゃなくてカーラだった。
 カーラは馬車で村から帰る間に熱を出してしまった。

「カーラ、もうすぐ宿屋に着くわ」
「ええ……。あの、お願いがあるんですが」
「何? なんでも言って」

 カーラはジュストとカルロの上着も借りて、座席の上で小さくうずくまっている。

「あの、私を教会に連れて行ってください……。宿屋じゃアリーチェにうつしてしまうと困るので……」

 大きな街には病院があるのだが、病院がないところでは教会が病院の役割を担う。
 修道女が看護をして、教会で育てている薬草園の薬を分けてもらえるのだ。
 慣れない街で医者を探して宿屋に連れてくるよりは、早く薬が貰えるかもしれないけれど。
 
「大丈夫よ。うつらないから私が看病するわ。こんな時くらい頼って欲しいの」
「いえ、そういう訳には……」

 カーラは目を閉じて、辛そうにしている。
 看病はしたことはないけれど、されたことならあるから多分出来ると思う。

「でも教会にお願いするの心配なの。たくさんの患者がいるからきっと看護なんてしてもらえないわ」
「ええ、でも私は寝ているだけですから……」
 
 か細い声に不安になる。
 私は視線をさまよわせた。
 するとカルロが遠慮がちに口を開いた。
 
「聖女様、心配かもしれませんが私も一緒の部屋は賛成しかねます」

 いつもへらへら笑っているカルロも真面目な顔で馬車を操縦している。

「自分だったら仕えている聖女様に風邪をうつしたくありませんよ」
「そんなこと……」
 
 私は唇をかみしめた。
 
「アリーチェ、姉さんも気を遣うから教会で看病してもらった方がいいと思う」
「ジュスト」
「俺も姉さんの看病とお前の警護の両方はできない」
「……わかった。教会に行きましょう」
「ああ」
「じゃあ全速力で突っ走りますから、しっかりつかまっててくださいね。ちなみに、アリーチェ様も俺につかまってくれてもいいですよ! なんて」
 
 行きにも聞いたカルロの調子の良い言葉に、こんな時だけど少しなごんでしまった。
 カーラもほっと息を吐いたような気がした。

 * * *

 翌日、カーラのお見舞いにジュストと教会へ寄った帰り、私はひとりで孤児院に来ていた。
 しばらくこの街に滞在するので、奉仕活動と情報収集のためにここへ来たのだ。
 正直、情報収集には期待していないけどね。
 
 私は聖女として力がない分、孤児院や救護院、病院での活動に力をいれている。
 きっかけは能力のない私が大聖堂で居場所を手に入れるための下心からだったけれど、今では使命感を持っている。
 修道女以外の人と話すのも楽しいしね。

「ようこそ。どうぞこちらへ」
 
 事前に話をしておいたので、すんなりと通される。
 年嵩の修道女、ここの院長が事務室から子どもたちのいる部屋へ私を案内する。
 数日来たいと伝えたので、簡単に案内をしてくれるようだ。

「今日は天気が良いので洗濯の手伝いをまずお願いしようかしら」
「はい」
「量が多くて大変だったのよ。助かるわ」

 笑顔で微笑まれると私のやる気も燃える。

「ここは綺麗な孤児院ですね」

 私もあまり酷い孤児院には行く事はなかったけれど、それでもここは建物の手入れも行き届いていると思う。
 雨漏りをしている天井や、壊れたままで放置されている階段なんかもないようだし。

「それはですね、亡きご領主さまの奥方さまがご理解があって」
 
 院長が階段の手すりに手を添える。

「昔はもっと手入れが行き届かなかったんですよ。この手すりもボロボロで。本当に奥方様には感謝してもしきれません」
「そうなのですね」

 つまりたっぷりと寄付をしているらしい。
 貴族の義務として慈善活動と寄付をするのは当たり前だが、十分に義務を果たしている人は多くない。
 奥方様は熱心な女神様方の信者なのかもしれないと思った。

「奥方様は、孤児院を出た後の子どもたちも気にかけてくださってるのですよ」
「そうなのですか」

 院長のお話は止まらない。
 どうやら奥方様に感謝しているようで、その方について話したいようだった。

「ええ。男の子だけじゃなくて女の子にも奉公先を見つけてくださるんですよ。時には男爵家で使用人として雇っていただいたりしているの。孤児院の子どもがですよ、本当にありがたい事です」

 下女としてだろうか。
 台所仕事や洗濯は重労働だから重宝されるのかもしれないと思った。
 
「容姿の綺麗な子はね、小間使いで雇っているそうですよ! その中からご縁があって結婚した子もいるそうです」
「へぇ、それは……すごいですね」

 小間使いは奥様やお嬢様付きのメイドだ。
 常に側に控えるしお客様の目もあるので、見た目が良くて機転がきいたり朗らかだったりする子が人気らしい。
 容姿端麗な子が選ばれるのはわかる。けれど宝石やドレス等の誘惑も多いため、ある程度身元がしっかりしている家の子が雇われると思っていたから孤児院出身者を置いていることに私は驚いた。

「ええ。奥方様の慈愛とお心の大きさに女神様方もきっと満足されていることでしょう」
「素晴らしい方なのですね。私も見習わなくては」
「あら、あなたも巡礼旅の途中なのでしょう? 女神様方の御心に添う素晴らしい行動です」
「とんでもないことです」

 私は控えめに笑顔を作る。
 こういう時は謙虚が良いのだ。

「ところで、男爵夫人とおっしゃいましたか?」

 男爵夫人って、最近聞いた未亡人の男爵夫人?
 
「ええ。どうかされました?」
「いえ、それほどお心の綺麗な方でしたらきっとお姿もお美しいのでしょうと思っただけです」
「まぁ!」

 院長は大きく目を見開いて口を開けた。
 しまった、普通の修道女はそんな下世話な事は聞かないのかな?

「その通りですよ! 男爵夫人はお心だけじゃなくてお姿もとても美しいんです。人は見かけでは判断してはいけませんが、あの方は別です。女の私でも驚く美しさですよ」

 やっぱり『未亡人の美しい男爵夫人』のことよね?
 微笑み、絶賛する院長の隣で私はカルロのにやけ顔を思い出していたのだった。
 カルロ、喜ぶだろうなぁ。
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