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5.行先はどこ?

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 宿屋でジュストの預かった手紙を開けた。
 ジュストのひとり部屋だと狭いので、私とカーラの部屋で打ち合わせをする。
 椅子がないので私とカーラはベッドに腰をおろし、ジュストは手紙を読み上げるため窓辺に立っている。

「――なお、周辺で聞いた噂話は以下の通り。『水の上を歩く女』『首無し騎士の幽霊』『城から聞こえるすすり泣く声』『妖精に連れ去られる娘』……『未亡人の美しい男爵夫人』場所は近郊の漁村、それから――。以上となります」

 手紙を読み終わると私たちは口を閉ざして視線を合わせた。
 すすり泣く声に幽霊?
 
「なんだか趣旨と違うものが入っていたようですが?」
「私たちに悪魔祓いでもさせようと思ってる?」

 じとりとした目でジュストを睨んでしまった。
 ジュストは慌てて手を振って否定する。

「何故かわからないが勘違いされてるみたいだ……。おかしいな?」

 頭をかきながら首を捻るジュスト。
 私は手紙を見せてもらうと指で気になった文面をなぞる。

「この『未亡人の美しい男爵夫人』は噂を集めた人が会いたいんじゃないかしら」
「そんな願望が透けて見えますね」
「あー……」

 ジュストはとぼけるように空中を眺めている。
 
「首無し騎士なんて出会ってもどうにもできませんね」
「襲われたらどうするの。私たちの方が助けて欲しいくらいだわ」
「あー。幽霊は俺も斬れないだろうしな」

 頷きながら剣を振り下ろす仕草をしてみせる。
 その動きが滑稽でわざとらしくて、私はクスッと笑いをこぼした。
 ジュストをからかうのが面白くてついつい調子にのってしまった。

「嘘。調べてくれてありがとう」

 カーラもにっこり笑っている。
 私たちの様子をみて、ジュストは「なんだよ、わざとからかってたのかよ」とぼやいたが、ほっとした顔をしている。

「この中で可能性がありそうなのは『水の上を歩く女』かしら。過去にもね、水の上を歩く奇跡を起こした聖女がいたのよ」
「そうなのか?」
「ええ」

 大聖堂には一般の修道女には使えない書庫がある。
 聖女や司教、院長等一部の人しか入る事のできない書庫だ。
 そこには歴代の聖女の手記が保管されている。
 短ければ1年もいない聖女でも手記がきちんと残されている。もちろん、私もいつか誰かに読ませるための手記を書き綴っている。

「他は……、『妖精に連れ去られる娘』は取り替え子のことでしょうか」
「そう考えるのが自然だと思うけれど、誰でも知っている伝承よね。わざわざ書く意味がわからないわ」
「じゃあ他の意味があるのかもしれないな」

 取り替え子は目を離した隙に人間の子どもと、妖精の子どもが交換されているというこの辺りに広く伝わる伝承だ。
 今さら言われるまでもなく、誰もが知っている話。

「他の意味って?」
「例えば、いらない子どもを殺したのを妖精のせいにするとか」
「あり得ますね」

 カーラも考えこみながら同意する。
 横顔に浮かぶ表情が悲し気に見える。
 多分、カーラとジュストは自分たちの故郷の事を思い出したのだと思う。
 
 カーラとジュストの生まれ育った村は、私が知っているどの村よりも貧しい村だったそうだ。
 ふたりは村長の6人いる子どものうちの3番目と4番目の子どもだった。
 
 その年は日照りと害虫による被害で作物の収穫量が見込めず、苦しい選択を強いられていたそうだ。
 このままだと村は全滅する。
 村人全員で餓死をするか、少数の犠牲で大多数を助けるのか。
 
 ちょうどその時、隣国へ商売の手を広げようと考えていた私のお祖父さんが、従者たちと共にたまたま村へ立ち寄ったらしい。
 荒廃していた村の様子に随分驚いたそうだ。一泊したかったけれど、村の不穏な様子を感じ取り休憩だけして早々に移動することにしたらしい。
 
 このままだと人買いに売られる。
 そう思ったカーラは弟のジュストと共に、出て行こうとするお祖父さんに自分たちを売り込みに行ったそうだ。
 「私たちは村長の子どもで、読み書き計算ができます」と。
 
 お祖父さんも初めは嫌がったそうだったけれどカーラのしつこさと、ジュストの幼い愛らしさに離れている孫のことを思い出したそう。
 
 それに平民の子どもで読み書き計算ができるのはとっても珍しい。特に女性の識字率は低いから。
 お祖父さんは試しにカーラに簡単な文字を読ませてみたら、本当に読めたので驚いたらしい。それからカーラの物おじしない度胸と人を見る目にも感心して、見込みがあると思ったお祖父さんはふたりをうちの商会で雇うと決めたそうだ。
 
 私はその時のことは曖昧にしか覚えていない。ただ、私の兄たちは幼いせいで乱暴で意地悪だったし、妹は生まれたばかりで一緒に遊ぶことが出来ない。そんな時にお祖父さんが遊び相手を連れてきてくれてとても嬉しかったことだけは覚えている。
 その日からジュストもカーラもいつも私の側にいてくれた。

「子殺しであれば私たちでは何もできません。自警団の役目でしょう」

 そう言ったカーラの声に私は遠い過去から現実に引き戻された。
 私はふと視線をさまよわせる。
 カーラの切れ長の瞳がジュストに向かって鋭く光っている。

「どうだろうな……」

 ジュストが言葉を濁して瞳をふせた。
 彼の青い空のような瞳が見えなくなる。
 この表情は以前も見た。確か指輪を泥棒していた占い師の時に。
 私は小さく息を吐きだすと、努めて明るい声を出した。

「ね、とりあえず場所がわかってる『水の上を歩く女』へ会いに行かない? 他のはまた後で考えましょ」
「……アリーチェ。すみません、なんだか他人事と思えなくて熱くなってしまいました」
「いいの。カーラの気持ちもわかるもの。でも今は、出来る事しましょ」
「そうですね」

 手紙を折りたたんでジュストへ返す。
 
「場所はこの街から馬車があればすぐの漁村だ。借りられたら明日早速行ってみるか」

 ジュストはもたれかかっていた壁から離れると、颯爽と私たちの部屋から出て行った。
 たぶん、馬車を借りられるか確認に行ったのだろう。それと騎士団の人と今後の行程について打ち合わせもあるのかも。私が一緒に旅をしてもいいって言ったから。

「ではアリーチェ、私たちは少し休みましょうか。この宿はベッドも柔らかくて良いですね」
「そうね。藁のベッドみたいにチクチクしないし。かび臭くもないし……。寝る前に宿の人にお湯を用意してもらえるかしら」
「頼んできますね」

 カーラもそう言うと、部屋から出て行った。
 私はベッドにほんの少しのつもりで横になると、急速に訪れた眠気に身体が重くなっていくのを感じた。
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